やっぱりキレました
自分で連れてきたにも関わらず、キレてぶん殴ったプラナ。もはや目的はそっちのけ……
「な、ちょっと……落ち着いて!」
座り込みながら、右手は殴られた右頬を覆い、左手は制止しようとパーの状態で左右にぱぱぱと振りプラナを見上げる美声美青年貴族エンドア。しかし、カイザーウォーク家随一の単細胞女の怒りは全くおさまらない。おさまるはずがないのだ。
「このバッキャローが! いま世界が置かれてる状態がわかっとるんかいボケェ!」
「それは、僕だって貴族だから世界の情勢くらいは……」
「その考えが甘っちょろいんじゃあでございますわっ! 私たちがこうしてのうのうとパーティーなんぞしている間にも、あるところでは人が死に、あるところでは拷問を受ける冤罪者があり、あるところでは飢えに苦しむ人がいる! そして、私の仲間たちはそのために命懸けで戦っているんじゃあ!」
「でも、君はそのパーティに来てるんじゃないか!」
プラナはガシッと大地を踏みつけた。ハイヒールのかかとがポキッと折れて噴水まで吹き飛んでぽちゃんと着水した。
「キー! このボンボンはどこまでアホなんでございますの!? 休みを頂いたから来ているのでございますんじゃこのボケカスがあ! ずっとあんな過酷な場所で休まず戦っていたら精神が壊れてしまうからと、共和国当主様が配慮して交代制の休暇をとることを義務づけてくださりましたのよ!」
「だけど、そんなとこにいたらやっばりダメですよ! いつかは、死んでしまいます!」
「うるさいっ! 人のこと死ぬ死ぬ決めつけよってこのハナタレコゾーが…私の心配をするくらいなら民の心配をするべきなんじゃないのかしら!?」
「プラナ……」
「エンドア! あんた、さっきドワーフや貴族じゃない者の事をまるで蔑むように言ったよね!? まるで、道具みたいに彼らに任せればいいなんてふざけんじゃねーでございますわ!」
「しかし、貴族と言うのは昔から彼らの上に立つ存在なはず……」
「てゃんでえ! 意味の吐き違えにも程がありますわ! 私たちは、国に住む人たちの飼い主じゃない! 私たちの命は民のためにあり民によってある! 上に立っているんじゃない! 立たさせてもらっているんじゃ!」
「……っ」
エンドアはまるで何かが胸に突き刺さったように表情を歪めた。
「プラナ……だめだ……まだ間に合う……僕と一緒に戦いのない世界を生きよう」
「じゃかあしいわっ! さっきあんたが言った台詞を返すようだけど、 私は騎士である以上に貴族、しかし貴族である以上に騎士なの! 私は<アウルファイン>の隊員なんだっ!」
「あんな、幼い女の子を危険にさらす虐待組織にこだわるなんて……」
「その、女の子に任せとけとさっき言ったのはお前だろうがあ!」
気が付けば二人のまわりにはギャラリー貴族でいっぱいになっていた。エンドアはそれに気付くと、ゆっくり立ち上がる。
「そうか、止められないんだね……わかったよ」
「私にあんな口たたくなんざ5万6千2百億年早いっキー!」
「この場を、去ることにするよ。さようなら、プラナ……では、また」
そう言い残すと、エンドアは人混みに消えた。プラナは彼を見失うと、プンスカしながら彼とは反対方向に歩こうとしたが、ハイヒールの片っ方が壊れていたためバランスを崩して倒れそうになった。それを、とっさに支えたのは、何と、ディアナだった。
「見せて頂きましたよ、プラナさん」
「つっ……いつから見てましたの!?」
「私は審査員ですから、陰から一部始終を拝見いたしましたわ。フフッ」
「……」
プラナここでは怒りを顕にしなかった。なぜなら、ディアナに公言した通りにアフターに持ち込めなかった……つまり勝負に負けたことを認めたからだ。こういう時は潔いのがプラナの騎士たるところである。
「土下座、させていただきますわ」
「いえ、それには及びません」
「は?」
ディアナが優しい口調で意外な言葉を発したのでプラナは驚いた。そして、眉をひそめて横で自分の体を支えている彼女を見る。
「どういうおつもりなの?」
「プラナさん。確かにあなたは私と交わした約束は果たせませんでした。しかし、それは敗北ではありません。あなたは、カイザーウォーク家の人間としても、アウルファインとしても恥じぬ事をしたのです」
「ディアナさん……」
「ですから、今回の勝負は勝ちとは言いませんが無かったことに致しましょう」
「けれども……」
「気にしないでください、当然の措置なのですから。あなたの選択は間違っていなかった……もし、あそこであの男の甘言を受け入れ、偽りでも睦まじくなるようでしたら、私はあなたを深く軽蔑していたでしょうね」
ディアナのその言葉が真剣みを帯びていたため、プラナはそれを承諾し、2人は呆気にとられる貴族たちを掻き分けて、屋内に向け歩きだした。
一気に鎮静化した細胞に反するように、プラナの背後ではアーチ状の噴水からは大量の水が吹き出し、放物線を描いた。淡い光に照らされたこの時の水粒達は、原始の水神が共に舞っているかの如く美しかった。




