ぬるま湯に浸かる者へ
エンドアを無理やり引っ張ってきたプラナ。しかし、その強引な手段は功を奏したのか? 彼はかなり好意的に接してきた……
「君の話は、隠遁暮しだった僕の耳にも届くほどのものですからね」
「そ、それは光栄ですわね」
「こちらこそ、名門貴族の中でも誉れ高きあなたにお会い出来たことは、光栄の極みです。しかも、こうして声をかけて頂けるなんて思いもしませんでした」
そう言って、エンドアは爽やかに微笑む。しょっぱなからあまりに好意的だったため、プラナはなんだから肩透かしを食らったようだった。そして、彼を勝負事に勝つために利用するなんて申し訳無い気持ちがちょっとだけ芽生えた。ほんのちょっとだけではあるが。
「まあ、随分と見る目のあるお方ですわね! ミトルスカのお家も、あなたのような方が後継ぎならば安泰でしょう」
「いえ、勿体ないお言葉で……ところで」
「何かしら?」
「あなたは、騎士……しかも<アウルファイン>に所属しておいででしょう?」
「ええ。それが何か?」
「随分とご活躍されているようですね。時に前線にも赴き、沢山の戦果をあげているそうじゃありませんか」
エンドアの話が思わぬ方に向いたので、プラナは少し違和感を覚えた。誉められているようなのだが、何かが胸で引っ掛かった。
「お、おほほ! これでも私は<疾風の燕>と呼ばれ、敵からも一目置かれておおりますからね!」
「それも、聞き及んでおりますよ。優雅に空を舞う鳥のように美しい貴方を直に見て、それが相応しい通り名だとわかりました」
エンドアはフフと笑った。しかし、その笑顔はプラナにとって何の魅力もなかった。なぜなら、何かが「違った」からだ。その違和感は次の彼の言葉で確信に変わる。
「しかし……燕はいつかは巣に戻るべきものなのです」
「エンドア?」
馴れ馴れしくいきなり名前を呼ぶプラナに青年の向けた視線は何かを憂うようだった。
「あなたは、戦うべきでは無いのですよ」
「なぜ? 唐突にそんな事をおっしゃいますの?」
「貴方は騎士として優秀なお方だ。しかし、それ以上にあなたは貴族なのです」
「意味がわかりませんけど?」
「あなたは、カイザーウォーク家の長女。一族の当主になるのは、一番上の人間がなるのが貴族古よりのしきたりなのはわかっているでしょう?」
「ええ、それはわかっておりますわよ。ただ、お父様が健常でいらっしゃる今、そのような考えをするのは失礼にあたります」
「しかし、いずれは家督を継ぐのでしょう? このままでは、それが叶わなくなります」
「随分と決めつけますわね……どうしてそこまで言えるのかしら?」
「あなたは、アウルファインの一員なのですから帝国の力をわかっておいでですよね。どれだけ、相手が強大なのかを」
「……むっ」
「あんな、敵を相手に前のめりで戦い続ければ、いくらあなたとて……死にますよ?」
「親切のつもり? 悪いのですがそんなお気遣いは無用でございますわよ!」
「やれやれ、強気な御方だ」
エンドアがそう言い放った時の表情は、何か軽々しかった。それを見たプラナの怒りの感情はグングンと急上昇をはじめる。
「むむむ……」
「いいですか? 貴族と言うものは国民の上に立ち指導すべきなのです。あなたのように有能ならば得にね」
「むむむむ」
「帝国との戦いは、他の者に任せればよいのです」
「むむむむむ……! あの状況を、他に任せるですって!?」
「ええ、あのような仕事を我々がする必要はないのです。あなたが出ずとも怪力なドワーフ族の戦士や、武勇に長ける一般人上がりの騎士達がいるはずだ。<星乙女>だって、あなたの他に沢山候補はいるでしょ……ぶぷっ!?」
そして、その怒りはここで頂点に達し、プラナは思いっきりエンドアのみぎ頬をにボカンと鉄拳をお見舞いしたのだった。