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Alexandrite  作者: 宮原 ソラ
マリー兄小話
37/39

一夜の恋(※ルーフレイン視点)

しょーもない小話第二弾。

鋼の精神力をお持ちの方のみ、先にお進み下さい。


 妹のマリーが、ついに嫁に行くことになった。

 マリーは、俺の妹なだけあって顔は悪くないが、如何せん言動が変だ。しかも本人にそれを改める気は毛頭なく、色気も乙女心もどこかの川に捨てて流してきたかのような……まぁ、ありていに言えば残念な女である。

 そのマリーを喜々としてもらってくれたのが、俺の学生時代のご学友ユージン様だというのだから驚きだ。

 国王陛下の甥であり、公爵閣下であり、左大臣でもあらせられるあの御方は、それこそ国中の美女を自由に侍らせることのできるお立場だろうに、マリー以外の女に興味はないと言う。その理由が、


「面白いから」


 面白さで公爵妃を決めて良いのか。

 いや、野暮は言うまい。俺は、兄として、友人として、二人を生温かく祝福するだけだ。

 末永く幸せに……なんてありふれた台詞をくれてやる気は、俺には無い。

「適当に、それなりに、やってくれ」

 結婚なんて、気合いを入れ過ぎたら負けなのだ。何となくゆるく続く関係の方が上手くいくに決まっている。


「兄さんは、やっぱり兄さんだよねぇ……」

「学生の頃から、本っ当に変わらんな……」


 うるさいよ、お前ら。

 せっかくの兄上様からのありがたい祝言なのだから、四の五の言わずにもらっておけ。






 厳かな式は華やかな披露宴へと続き、そして無礼講な二次会で幕を下ろした。

 酒は強くはないが祭りは大好きという俺は、勝手に三次会を開き、日付が変わる寸前まで飲んで食って大いに騒いだ。

 とりあえず心行くまで羽目を外して弾け飛んだので、後は気持ちよく帰るだけだ。

 その前に締めの一杯にありつこうと、鄙びた通りで看板を畳みかけていた屋台に立ち寄った。

「もう店仕舞いなんだけど」

「そこを何とか。あと一杯だけ。友人らにこの屋台宣伝しておくからさ。飯は美味くて親父はいい奴だって」

 調子のいい奴め、と言いながらも、屋台の親父は俺のために最後の一杯を作ってくれた。

 フェルディナンドの有名な屋台料理と言えば何と言ってもトルテラだが、俺は小麦の麺にだし汁と大量の葱をぶっ掛けただけのこの一品(フォルという)が、実はトルテラよりも好きだった。

「あら。いい匂い」

 ずるずると麺を啜っていると、物好きな客がもう一人来た。

 屋台の親父が息を呑む。俺も思わず手を止めた。

(うわ……。すげーいい女)

 髪も瞳もくっきりと漆黒だ。身なりもいい。胸もでかい。……の割には、腰が細い。二十代の半ばくらいだろうか。

 このいい女が屋台で麺に食いつくなんて想像も出来ないが……と思っていると、女は俺の隣に腰を下ろし、

「大盛り一つ。麦酒もあるなら付けて」

 俺以上に男らしい注文をした。

 フォルは、もともと異国クヴェトゥシェ発祥の料理だ。シサ、という二本の細長い棒を駆使し、摘まんで啜るのが正しい食べ方とされている。

 料理は全てナイフとフォークで口に運ぶのが主流のフェルディナンドにおいては、そうそう上手にシサを使いこなせる人間がいるはずもなく、多くがフォークで苦労しながら食べていた。

 が、この女は。

 ずるずるずる、と豪快にシサで啜りやがった。

 何者だ、彼女。クヴェトゥシェ人か。

「……半分だけ」

 と、女は笑った。

「貴方は典型的なフェルディナンド人なのに、シサの使い方、上手ですね」

 俺もマリーも金髪碧眼。これは、フェルディナンド土着民族の色彩だ。

「麺はこうやって食うのが一番美味いからな」

 ここの屋台の汁は少し濃い目だ。咽が渇いてきた。麦酒が恋しくなったが、ジョッキ一杯はあきらかに今の俺の許容量を超えている。

 全部飲んだらぶっ倒れるかもしれない。美女の前でそれはちと情けない……。

「飲みかけだけど、いります?」

 彼女が、半分に減った麦酒の器を俺の方に差し出した。

 飲み口に微かに付いている口紅の跡が、何というか……色っぽい。


 そのわずか、たった半分が、ことのほかよく効いた。


 この先から記憶が無い。

 どうやって家に帰ったのかも。


 いや、そもそも家に帰っていなかった。目覚めて真っ先に視界に飛び込んできたのは、自宅にはない洒落た一輪挿しの花瓶だった。

 本棚に入りきらず、ついに床を圧迫し始めた蔵書の群はどこに行った。それに、目に染みるような壁の純白はどういうことだ。住み慣れた我があばら家は、全室味気ない剥き出しの石だったはず。

「どこだ……ここ」

 誰かに疑問を投げかけたわけではない。自分の居所くらい見当が付いた。

 小奇麗な空間は、要するに宿だった。大人の男と女がよろしくやるためにもよく利用される。

「ん……」

 隣で、ごそごそと何かが動いた。

 俺は、恐る恐る掛け布をめくった。人の頭が現れた。何も身に付けていない、黒髪のよく映える白い裸身も。

 その剥き出しの首から胸にかけて、幾つもの情事の痕が生々しく残っている。……犯人は俺か。俺しかいないよな。

 我ながら感心した。あの酷い酩酊状態で、よくここまで頑張ったものだ。

 やべ。なんか徐々に思い出してきた。ああ、そうだ。とにかくすこぶる相性が良かったのだ。……体の。

 一度いたしただけでは飽き足らず、三回は彼女にコトを強いた気がする。覚えているだけでそれなのだから、覚えていないところでもっと凄い事を色々やっていたかもしれない。

 どうするよ……。

 俺は再び美女を見た。そして慌てて目を逸らした。

 最低だな、俺。

 今、一瞬、もう一度抱きたいとか考えた。……昨晩の今朝で。

「うー……」

 彼女が呻いた。そろそろと瞼が持ち上がり、昨晩も見た黒い瞳が妙に白く磨き上げられた天井を見上げた。ついで視線が俺の方に流れた。ゆっくりと起き上がる。

 目があった。

 見ちゃいかんと頭ではわかっているのに、たわわに実った果実のような胸の膨らみを、咎められないのを良い事に、じろじろと眺め回してしまった。

 あー。大きいな、やっぱり。

 形も申し分ない。

 これを昨夜は散々堪能したのか。……役得。じゃなくて!


「申し訳ないっ!」


 と、俺は、我ながら恥ずかしくなるくらい乱れに乱れたベッドのシーツに、頭を擦り付けて詫びた。

 いやもう。この状況では、他に相応しい行動が思いつかない。

 酔った挙句にこんな所に連れ込んで、記憶半分飛びながら、何をした!? 俺! まさか、嫌がっているのを無理やりとか……うあああ、否定できねぇ。

 とりあえず、自分が独身で良かったと心底思った。まずは名前を聞いて、素性を確かめて……って、そうか、彼女が人妻って可能性もあるのか。この美貌で独り身ってことはないだろう。男が放っておくはずがない。

 あー……。

「謝らなくていいですよ。合意の上です。私、こう見えても多少武術を齧っていまして。強要されたら相手を投げ飛ばして帰るだけです」

「はぁ」

 昨今の美女は男を投げ飛ばすことも出来るのか。すげぇな……俺より強いかもしれん。

「あ、あと、私も独り者ですので、不倫をしたことにもなりません。ご心配なく」

「いや、それはともかく! その……子供が出来たりとか」

 自慢にもならないが、避妊をした覚えもない。

 本当に自慢にならん……。

「そのくらいの自衛は私の方でしますよ。小娘じゃないんですから」

 着替えるので、むこう向いてくれます? と言われ、俺は素直にそれに従った。

 背中越しに衣擦れの音が聞こえる。思わぬ箇所に熱が集まりそうだ。盛りのついた十代のガキか、俺は!


「責任とか、そういうつまらない言葉でせっかくの夜を台無しにするのはやめましょう。私は幸せでしたし、貴方は楽しんだ。お互い良い夢を見たということで、終わりにしましょう」


 遠くで、小さく、ぱたんと音がした。

 部屋の空気が微かに揺らぐ。

 驚いて振り向くと、そこに彼女はいなかった。

 信じられなかった。本当に、名前も言わずに出て行った……!?

 俺は急いで寝台から降りた。廊下に出ようとして、自分が素裸なのを思い出し、さすがに踏み止まった。

 仕方なく脱ぎ散らかした服を着直した。ドアを開けると、当然、そこに美女の姿は既に無かった。

「嘘だろ……」

 何もわからない。名前も、年も。どこの誰かも。

 部屋の中を改めて見直したが、彼女を探す手掛かりになりそうな物は、何一つ残っていなかった。全部、綺麗に、謎の美女は持ち去ってしまっていた。

「くそっ!」

 責任?

 いや違う。

 単純に一目惚れだった。

 今、頭が冷えればはっきりと自覚できる。

 俺は、ただ、彼女との縁をこれっきりにしたくなかっただけだ。二日酔いの脳みそでは、こんな簡単な事実にも気付くことが出来なかったが。


(会いたい)


 これから数か月、ろくに仕事も手に付かないほど、その想いに悩まされることになる。




マリー兄のロマンスもどき。

お兄ちゃんアホだよ……!(汗)

彼が一目惚れした謎の美女が誰であるか……想像のつく方もいらっしゃるかな?

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