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Alexandrite  作者: 宮原 ソラ
番外編・過去
35/39

すれ違った再会2(※マリー視点)


 痴漢にあった、と友人のヘザーから聞いて、驚いた。

 ヘザーは私と同じ王立学院の一年生だ。彼女は数学、私は語学、学部は全く違うが、共通講義で何度か会ううちに、妙に気が合って仲良くなった。

 ほとんど癖の無い真っ直ぐな赤ワイン色の髪に、透けるような白い肌。青みがかった柔らかいグレーの瞳。

 お世辞抜きにヘザーは美少女だ。

 本人は鼻の付近に散っているソバカスを嫌がっているが、かなり間近から確認しないとわからない程度で、そんなもの彼氏でもなければまず気付かないと思う。

 特筆すべきは、十六歳という年齢にはそぐわない豊かな胸だろう。重くて邪魔くさい、なんて台詞、私も一度は吐いてみたいものである。……くっそう羨ましい。

 ヘザーの他に、もう一人、痴漢に遭遇してしまった子のことを聞いた。二人とも胸が大きく、赤毛だった。痴漢のくせに好みが色々うるさいらしい。とんでもない奴だ。

 これは天誅を加えるしか……。

「ちょっと、やめなさいよ、マリー!」

 ヘザーの制止を振り切り、私は髪を赤く染めた。やや色味を間違えたらしく、赤ではなくピンク色になってしまったが、どうせ墓場は暗いだろうし、良しとする。

 次に、胸に詰め物をしてみた。かえって動きにくいのでやめた。特別大きくはないが、平均値はあるはずなので、このまま行くことにした。

「じゃ、ちょっと行ってくるわ!」

 意気揚々と肝試し会場に乗り込んだ私だったが、肝心なことを失念していた。

 私はもともと幽霊が怖いのだ。墓場を一人で徘徊など、あり得ない話である。

 墓場の手前の雑木林で早くも足が竦んでしまった私を、ぶつくさ言いながらヘザーが助けに来てくれた。昨日の痴漢の被害者を再び危険な目に遭わせるわけにはいかないと、私が勇気を奮い立たせて彼女を帰そうとすると、

「あんた馬鹿!? 今更一人で帰った方が、かえって痴漢に遭うわよっ」

 もの凄い剣幕で叱り飛ばされた。

「ううっ。ごめん、ヘザー。でも、私、お化けだけは。お化けだけは……」

「お化けは私が退治してあげるから、あんたは痴漢を何とかしなさいっ」

 その立派な胸を殊更に揺すりたてるように堂々と歩くヘザーの後ろを、へっぴり腰な私が、よたよたと付いて行く……。






 その時、ちらりと、白い物体が視界の端を過ぎった。

 ぎゃあああ、と、絹を裂くような悲鳴を上げて尻餅をついた私には目もくれず、

「そこの幽霊! 待ちなさい!」

 ヘザーは事もあろうに幽霊を追いかけて行った。

 いやいやいや。昨日の痴漢の被害者が一人で行くか!? お化けが怖い友人をこんな林のど真ん中に一人残すか!?

 私の心の中の虚しい突っ込みなど華麗に無視して、ヘザーは素晴らしい脚さばきを披露しつつ、暗闇の中に吸い込まれて消えた。

 詳しくは知らないが、結構いいところのお嬢様のはずなのに、何だろう、その勇ましい追跡者っぷりは。

 幽霊も少し慌てているように見えた。まさか追いかけて来るとは夢にも思っていなかったのだろう。

「ヘザー……」

 辺りの闇と、置いて行かれた心細さとで、私は完全に腰が抜けてしまった。座り込んだまま、動けない。

 固い地面の感触がお尻に直に伝わってきて、何だかひどく情けない気分になった。

 ここは学院敷地内の原生林で、危険な動物などいるはずもないのに、こういう時に限って狙ったように遠吠えが聞こえてくる。どこの犬だ。畜生め。

「君、大丈夫?」

 背後から声を掛けられて、跳び上がった。

 皮肉なことに、これで抜けていた腰が元に戻った。

 振り返った先に居たのは、私より二つ三つ上と思われる青年だった。長い淡い金髪を首の後ろで一括りにして、肝試しに来たにしては随分と立派な衣装を身に着けていた。

「女の子が一人で肝試し? 珍しいね」

 にこにこと人懐っこい笑みを浮かべる。

 これがむさ苦しい大男だったりしたら、私も警戒して距離を保ったのだろうけれど、何だか少女みたいに線が細くて綺麗なので、油断した。つい愛想笑いで応えてしまった。

「友達とはぐれてしまって」

「あらら。じゃあ僕と行く? 僕も置いて行かれちゃったんだ」

「あー……。でも」

 私はヘザーが消えた原生林の奥の暗闇を見つめた。

 彼女が幽霊追跡を諦めて戻ってくる可能性を考えると、動かない方が良い気がした。

「友達、もしかして向こうの原生林にいるのかい?」

「……たぶん」

「じゃあ、迎えに行こう」

「え」

 彼は私の手を取って、順路を示す紐を跨いだ。暗闇が口を開ける茂みの奥を、指した。

「そんなに深くないから大丈夫だよ。所詮、学校の敷地内だしね」

 それもそうだなと、私も紐を跨いだ。

 染めに失敗した自分よりも遥かに見事な赤毛で、胸も大きくて、明らかに痴漢に狙われやすいヘザーのことが心配だった。

 私の方から彼女を追いかけて捕まえることが出来れば、それに越したことはないと思ってしまったのだ。

「君、可愛いね」

 しばらく歩いてから、囁くように言われたその言葉に、心底ゾッとした。

 逃げようという意思が働くのと、男が私の足を引っ掛けて転ばすのと、ほとんど同時だった。

「珍しい色の髪だね。もうちょっと赤い方が好みだけど」

 大して女性に不自由していなさそうな顔貌なのに、人間、見た目だけではわからないものだ。

「何すんのよ、このど変態っ!」

 とりあえず、人生最大の危機を乗り越えるために、私は、林中に轟き渡るような大声で、盛大に悲鳴を張り上げたのだった。






 私の凄まじい金切り声を聞きつけて、間もなく誰かが助けに来てくれた。

 ちらっと見ただけだけど、妙に凝った意匠の黒いマントを羽織っていたから、客ではなくお化け役の人だろう。

 私の上に圧し掛かっていた男の首根っこを掴み、彼はそのまま引き倒した。間髪入れずに拳を振り下ろす。

 がっ、という凄まじい音がして、痴漢はすぐに動かなくなった。白目をむいたみっともない顔が視界に入り、助かったと安堵するよりも先に、急に蘇ってきた恐怖心で体が震えた。

「大丈夫か? 怪我は?」

 お化け役の彼が聞く。

 礼を言わなければと頭ではわかるのに、口が強張って上手く喋れない。服の胸元を大きく引き裂かれていて、顔を上げるのが居た堪れないのもあった。

 先程まではただ恐ろしかった暗闇が、今は無性にありがたく感じる。とにかく見られたくなかった。俯いたまま石のように固まっている私の異変に彼も気付いたのだろう、突然、頭の上に大きな布地が降ってきた。

「それでも着ていろ」

 彼が身に着けていた、黒いマント。

 呆然としている私のすぐ目の前に、彼が背を向けてしゃがんだ。

「ほら」

 私が動けないと思っているのだろう。実際、確かに足に力が入らなくて立てそうになかった。

 私の方をなるべく見ないようにしているのは、彼なりの女の子への気遣いなのかもしれない。ちょっと愛想の無い感じだけど、いい人だな、と思うと、自然と手が彼の方に伸びていた。

 おずおずと、広い背中に負ぶさる。

 重いかもしれないと、最近少し肉付きの良くなってきた自分の体重を危惧したが、彼は小麦の袋でも背負うかのような気安さでひょいと立ち上がった。

 鼻を、頬を、黒髪がくすぐる。初めて会う人のはずなのに、何故かひどく懐かしい気配がした。

 大きな森に、抱かれているような……。


「あの、ありがとうございます」

 やっと少し落ち着いてきて礼を言うと、

「……いくら肝試しでも、一人でこんな夜道を歩くな」

 ぴしゃりと怒られた。

「すみません……」

「まぁ、無事で良かった」

「はい。本当に助かりました。あの、ところで、重くないですか?」

「全然」

「そろそろ歩けそうな気がします」

 順路まで戻ると、彼は私を降ろしてくれた。他のお化け役が数人いて、私をその人たちに託すと、彼はまた林の中に入って行った。今度は痴漢を引っ張って来るつもりなのだろう。

 間もなくヘザーが血相を変えて現れた。

「もう、本当に襲われるなんて、何やってんのよ、あんたは!」

「ごめん」

「とにかく無事で良かったわ。ほら、さっさと帰るわよ。これ以上こんな所に長居は無用よ!」

 助けてくれたことには感謝するけど、元はと言えばこんな痴漢騒ぎを起こすような催し物をするから悪いのよ! と、何ともヘザーらしい一言をお化け役たちにくれてやると、彼女は私を引きずってその場を後にした。

 肝試し会場の出口に、ちゃんと馬車を待機させているということだ。……やはり彼女はお嬢様だった。

「ヘザーが無事で良かったよ。ヘザーも一人になっちゃったから、もしあいつに見つかっていたら……」

「それがねぇ……。幽霊の奴、私をおちょくっているのか、人の視界をちらちらと動き回るのよ。幽霊とずっと追いかけっこしていたから、幸か不幸か、一人ではなかったわ」

 それは、幽霊役の人が、ヘザーを心配してわざと一人にさせなかったのではと思ったが、それを指摘しても「んな訳ないでしょ!」と怒られるだけの気がしたので、私は口を噤んだ。


 ともかくも、こうして私の痴漢騒動は大して被害もなく終わったのだ。

 

 この日、何となく持ち帰ってしまった黒マントを身に着けていたのが、実はユージン様だった……と知ることになるのは、これより九年も後のことである。











「目の色でわかるだろ。赤い目なんてそうそういないぞ」

「暗かったから、よく見えなかったんですよ。お化けの役だし、そういうのも有りかな、くらいにしか思わなかったし。ユージン様こそ私だって気付かないなんてひどいじゃないですか」

「あんなどぎついピンクの頭で気付くか普通……」

「えー。顔は変わってないんだから気付くべきです。愛情が足りないと思います」

「……」


 最後の一言は余計だった。藪蛇だった。

 深夜に近い時刻、夫婦の寝室のベッドの上という状況で、「愛情が足りない」なんて台詞、口が裂けても言うべきではなかったのだ。

 が、既に後の祭り。


「そうかそうか。疑う余地が無いくらい愛情をたっぷりと示すしかないな、これは」

「あ。いや。今日は、寝たいな……なんて」

「もう遅い」


 二度と旦那様の愛情を疑うまい、と骨身に染みた夜だった。




すれ違った再会。お互い気付かぬままに。

そして最後はらぶらぶ?

相変わらずな二人です。幸せならいいかー……。

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