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Alexandrite  作者: 宮原 ソラ
番外編・過去
34/39

すれ違った再会1(※ルーフレイン、ユージン視点)

(※ルーフレイン視点)


「第百八十七回王立学院祭、男だらけのむさ苦しい我が理数学部、しかも変人率が異様に高い博士課程の出し物が決定した!」

 チョークがみるみる磨り減る勢いで、俺は、黒板に堂々とその「出し物」の名称を書いた。


「肝試しかよ……」


 あちこちから不満そうな声が上がる。

 文句があるなら手前で考えろと言うと、ありません、と、居合わせた男どもはふるふると首を振った。

 実験には並々ならぬ情熱を傾ける理系学生だが、それ以外の事にかけては基本的に面倒くさがりが多い。着ている服の味気なさや素っ気なさにも、それが如実に表れている。

 学院祭の出し物の提案など、そんな手間暇のかかることをするのは、連中にとって論外だった。よって、文句は出るものの、俺の押しの一手で大方は決まる。

 俺は、とにかく、一刻も早く学院祭実行委員なるお役を御免したいのだ。こちとら実験で忙しいのに、こんな役割を押し付けられて、はっきり言って迷惑千万である。

「学院に隣接している教会が、幸いにして、墓地と建物の一部を貸してくれるそうだ。そういうわけで大道具はいらん。お化け役が適当にうろついて、入ってきた女子生徒をそれなりに脅かせばいい」

「女子生徒って、えらく限定な……」

「男子生徒を脅かしてもつまらん」

 うむ、それは確かにな、と、理系学生たちは頷いた。変人率は高いが、彼らも一応健全な男子であるので、俺の言わんとしている事は理解しているようだった。

「……」

 突き刺さるような視線をふと感じ、教室の中を見回すと、隅の後ろの方の席にその主を見つけた。

(うわ。やべ、ユージン様)

 隣には、既に何かを諦めきったような目つきのカイルが座っている。

(問題起きても知らんぞ、って顔だな……あれは)

 まぁいいじゃないか、と俺は思う。俺たちは博士課程の最後の学年、六年生。つまり来年卒業なのだ。 羽目を豪快に外せるのもここまでである。

 肝試しで女の子を驚かせて喜ぶなんて真似、今回を逃したら二度とできない。間違いなく出来ない。

「おーし! この勢いのまま、誰が何やるかも決めちまうぞー。公平にくじ引きだ!」

 ユージン様もカイルも、何やら物言いたげな顔をしつつ、くじを引いた。

 カイルはともかくユージン様は、その身分の高さ故、公爵閣下であることを伏せて学院に籍を置いている。知っているのは、側近のカイルと一部教授を除いては、俺くらいのものだ。

 あんな目立つ色の瞳、すぐにそうと判明してしまうのではと心配していたら、意外に何事もなく騙しおおせているから不思議なものだ。「変わった目の色だな」と話しかけられて、「色素異常なんだ」としれっと答えていたユージン様の図太い神経に、俺は心からの賛辞を贈りたい。

 それはともかく、公爵閣下に肝試しの手伝いなんかさせて良いのだろうか、俺。

 ……いいか。

 なんだ、あれだ、何事も経験というやつだ。

「ユージン様、何引きました?」

「お化け役・吸血鬼……」

 ぶは。似合いすぎる……!

「カイル、お前は?」

「お化け役・狼男……」

 こっちもいいぞ……!

 用意する物は、牙にマントに……。狼の耳や尻尾もあった方がいいか。

 ぶつぶつと呟く俺の隣で、変更は出来ないのかと往生際の悪い事を二人が言うので、俺は満面の笑みと共に次の一言をくれてやった。


「無理」


 そう。何事も経験なのだ。

 肝試しのお化け役だって、長い長い目で見れば、人生の何かしらの足しにはなるはずで……。


「ならんだろう……」

「なりませんね……」


 面白みのない奴らめ。

 恨むなら、俺ではなく、イカサマくじだったと見抜けなかった己の不甲斐なさを恨むがいい。






(※ユージン視点)


 学院祭の開催期間は三日間。

 ルーフレインが思いつきで決めつけた肝試しは、教授たちの反対にあうこともなく、滞りなく準備が進められた。

 もっとも、墓場も教会の廃墟も、それに横付けされている雑木林も、全てが借り物なので、さほどやる事はない。道に迷わないよう案内板を立て、順路の紐を張り巡らせる程度である。

 肝試し初日、意気揚々とルーフレインに渡されたのは、牙と黒いマントだった。黒いマントはいいとして、何の材質で出来ているかもわからない正体不明の付け牙を口の中に入れる気にはどうしてもなれず、丁重に断った。

 じゃあせめて唇の端から血を滴らせる化粧でも、ととんでもない事を言うので、今度は本気で殴り倒した……。この件に関しては、俺は悪くない、と自信を持って断言できる。

 カイルの方は、付け耳と尻尾を渡されて、俺以上に呆然としていた。いつも冷静なあの男が、これほど引き攣った顔をしたのは、後にも先にもこの時だけだったように思う。

 十分ほど、彼らの間で押し問答が繰り広げられた。

「ほら付けろよ」

「嫌です」

「付けないと狼男だってわからんだろ!」

「わからなくても、脅かし役としては困りませんから!」

「その何の変哲もない恰好で出て行っても、驚かせるどころか、そもそもお化けだって気付いてもらえないだろ!」

「わかりました。とにかく変な恰好をすればいいわけですね。これでも被っていますから大丈夫です!」

 と、どこかの部屋からテーブルクロスを引っさらってきて、それを頭から被った。狼男にはとても見えないが、それなりに幽霊らしい形にはなった。

 というか、墓地に出没するなら、かえってこの方が良いのではないだろうか。

「ちっ……。つまらん」

 ルーフレインは悪態をつきつつ、自分の持ち場に戻って行った。

 彼は幽霊役ではなく、出入口付近に立って客の会場入りを調整する案内役だった。自分だけ無難な役に納まったあいつに、理不尽極まりないものを感じないでもなかったが……。

「イカサマだったように思います……。あのくじ」

「だとしても、証拠がないしな……」

「吐かせますか。締め上げて」

「お前が言うと冗談にならんからやめておけ」

 カイルは長年俺の側近をやっているだけあって、護身術の類がかなり使える。関節を外したり、自分よりも体格のいい大男を投げ飛ばしたり、そこまで頑張らなくてもいいという相当過激な技を会得している。

 特に武術に秀でているわけではないルーフレインがそれを食らったら、一溜まりもないだろう。


「まぁ仕方ない。割り当てられたからにはやるさ」

「公爵閣下が肝試しのお化け役ですか……」

「その一の側近がテーブルクロスを被っているのも、どうかと思うぞ」

「付け耳と尻尾を回避するためには、他に選択の余地が無かったんです……」

 

 とりあえず二日間、俺たちは律儀に「お化け」をやった。

 三日目、いよいよこれが最後だとほっとしたのも束の間、妙な話を聞いてしまった。

 理数学部主催の肝試し会場で、痴漢が出た、と。

 ルーフレインが怒り狂い、脅かし役の学生らを集め詰問したが、どうもこの中に犯人はいないようだった。

 客か、それとも完全に外から侵入してきた通りすがりか。いずれにせよ、どさくさと暗闇に紛れて許されざる不埒を働いている輩がいるらしい。

 お化けなど悠長にやっている場合ではない。これを何とかしなくては。


「楽しそうですね、ユージン様……」

「人聞きの悪い。犯罪者だぞ。捕まえて当然だろう」


 うきうきしながら……いや違う、これ以上の被害者を出さないために気を引き締めて、俺は痴漢退治に乗り出したのだった。




学生時代の思い出話。

ユージン、カイル、ルーフレイン(マリー兄)21~22歳。6年生。

後半登場マリーは16歳くらい。1年生。

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