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見えない不安

空に消えない傷あとのような物が現れた翌日の朝。つまり、時間は少々遡ることになる。

 神楽坂三咲かぐらざか・みさきは東高新聞社の休憩室で一杯のコーヒーを飲みながら新聞に目を通していた。

 新聞の一面トップを飾っていたのはテレビ局の取材用のヘリが墜落した記事である。大きな見出しは他に大した事件が無いことも理由の一つだが、不思議な気象現象を取材中に起きた爆発炎上事故、しかもそれが生放送中に起きた事故であることも話題となる要因であった。

 同様にテレビの朝のワイドショーでも、この話題で大いに時間を割いていた。

 現在の東京の空には昨日と同じ場所に今も消えずに一筋に伸びた雲のようなものが見えている。このミステリー性に加えて取材用のヘリの墜落事故。話題にならない方がおかしいとも言えた。

「原因不明の墜落事故。謎の爆発炎上……。なによ、謎……謎って結局分からず終いじゃないの。あれだけヘリを使って空を大捜索しておきながら、何も分からないなんてあいつらは無能の集まりと違うの?」

 神楽坂は眉をひそめながら呟いた。

「はははっ……それは仕方ないっすよ。空には何も無かったと言うじゃないですか」

 山田はコーヒーを片手に神楽坂と同じテーブルについた。

「地上から見える物が上空に上がるとなぜ見えなくなるのか……山田、あなたの意見を聞かせて頂戴よ」

「えっ? さぁ……分からないっすよ。テレビでも光の加減とか言っていたじゃないですか……」

「私は、あなたの考えが聞きたいの。もし、あれが雲であるなら上からでも確認できる筈でしょ?」

「そんなぁー、僕でも簡単に分かったら、こんなに話題になるわけないでしょ?」

「うーん……それもそうかぁ……ゴメンネ山田」

「酷いっすよ先輩。最初から分かってて聞くんだから……」

「でもねぇ……何か引っかかるのよねぇー、ヘリが爆発する前にアナウンサーやスタッフが何を見たのか……あの空に浮かんでいるのが本当に雲なのかどうかも怪しいものよ……」

「雲でなかったら何だと言うんですか?」

「山田、私達は何なの? 記者というものは足で稼いだ情報で真実を見つけ出しそれを世間に伝える者……他人から聞いた答えを鵜呑みするんじゃなくて、自分で見つけ出しなさい」

 神楽坂はスクッと立ち上がった。

「あのーっ、僕は只のカメラマンなんですけど……て、神楽坂先輩何処に行くんスか?」

「取材よ取材。10時からアポ入れてあるの。山田あなたも一緒に来る? どうせ暇で何もしてないんでしょ?」

「えー、酷い言われようだなぁー、まぁ一緒に行きますけどね」

 山田は休憩室をさっさと出て行く神楽坂の後を追った。


 神楽坂と山田は某有名私立大学の付属病院に取材に訪れていた。

 二人はこの大学病院の応接室に通されて、病院の関係者が現れるのをジッと待っていた。

 やがて扉をノックする音と共に二人の男性が部屋に入ってくる。

 この病院の総務課の課長と医務課の者であった。

 彼らはお互いに名刺の交換と挨拶を終えると、事の本題である取材へと入った。

「では、前もって電話でお話させていただいた件――意識不明の患者が大勢病院へ運ばれている事について、詳しくお話を聞かせて頂きたいのですが……」

 神楽坂はICレコーダーの録音ボタンを押して取材を開始する。

 彼女の質問に対して医務課の鈴木という者が返答した。

「確かに、異常とも言える数の患者が運び込まれているというのは事実です。しかも、どの患者も意識不明の昏睡状態……しかし、原因を特定できる物が何一つ無いのです。原因となる外傷もどこにも見られません。勿論、CTスキャンで調べてみても何処にも異常は見られませんでした。血液検査でも原因を特定できる因子はありません。そして患者で意識を取り戻した者は未だ一人も居ないのです……」

「これだけ大勢の患者が運び込まれているのに、その原因が全く掴めていないのですか……?」

「ええ、運ばれる患者はこの病院だけではありません。都内の至る病院とも連絡を取り合っているのですが、全く原因が掴めません……我々も、ほとほと困っているというのが現状なのです」

 神楽坂は、これ程の事が起こっていながら原因が全く掴めない病院側に対して、もどかしさを感じ眉をひそめる。そして、これを見ていた総務課の川口は病院側の弁明の為に口を挟んだ。

「我々としても簡易ベットを急遽増やして患者の受け入れに全力を尽くしています。ですが、このような状態の患者が次々と運び込まれて何処の病院でも収容限界まできていると聞いています……全く信じられない事です。異常としか思えません」

「そうですか……患者側に原因となる外傷が見られないのであれば、ガスなどの中毒性の事故は考えられませんか?」

「それは有り得ませんよ。一箇所の現場から大勢の人が運ばれてくるならともかく、患者は広範囲の別々の場所から運ばれて来ているのです。それに、警察でも現場検証していると思いますが、そのような話はこちらも一切聞いていません」

「そうですか……では、このような患者が運び込まれたのは、いつ頃からになりますか?」

「昨日からです。これほどの短期間で同じような症状の患者が大勢運び込まれるなんて、何か必ず原因があるはずなのですが……」

「昨日ですか……一つの現場から大勢の人が運び込まれれば重大事故として世間に知れ渡るところですが、実際はそうではない。たまたま、同じ症状の患者同士が重なっただけかもしれない……」

「考えにくいことですが、原因が掴めない以上そう考えるのが妥当かと……」

「そうですか……分かりました。取材は以上で終わりにしたいと思います。本日はお忙しい中を時間を割いて頂き、誠にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。明確な答えが出せないままに腑甲斐無い気持ちでいっぱいです」

「あっ……そう言えば、空に亀裂のような一筋の雲が現れたのも昨日ですが、何か関連性はあると思いますか?」

「はははっ……まさか。ただ単に時期が重なっただけの偶然でしょう。私はオカルト学者じゃありませんので、アレと結びつけて考えるのは馬鹿げているとしか思えませんよ」

「ですよね。今、言ったことは忘れてください……では、失礼致します」

 神楽坂が深々とお辞儀をしてこの取材は終了となった。


 この取材の後、神楽坂と山田の二人は病棟内を歩き回っていた。

胸には病院側の許可証となるバッジを付けている。これで病院内を自由に見学できるのだ。

「本当に昏睡状態の患者が多いわね……」

 神楽坂の言葉に、カメラで室内を撮影していた山田が振り返った。

「本当に驚いたっすよ。テレビのワイドショーとかは例の空の現象ばっかりで、この問題には全然触れていませんからね」

「まだ気がついていないだけよ。このまま患者が増え続ければ、いずれは大騒ぎになる。今はミステリアスな空の現象を見上げていて、自分の足元が見えていない状態なのね」

 四人部屋の病室には簡易ベットを入れて計七~八人で部屋を使用していた。

 それだけではない。普段病室として使用していない部屋にも簡易ベットを入れて病室として使用しているのだ。

それ程までに病院側も事態が急迫している状態であった。

「なんか怖いっすよね……新型のインフルエンザだったら大変な事になるんじゃないですか?」

「馬鹿ね。これが病原菌が原因なら私達に取材の許可なんて下りないし、立ち入ることすら禁止されるわよ」

「あ、それもそうっすね……」

「これが不気味なのは原因が分からないこと……そして、今も患者が増え続けている事なのよ」

 神楽坂は廊下の窓から外の景色を覗いた。

 空には不気味な雲が浮かぶ。全く位置も形も変えない一筋に伸びる雲。

これが普通の雲ならば何も問題無いし気にも留めないのだが、雲かどうかも怪しい状態であるからこそ、こんなにも懸念するのである。

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