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飛来する黒い影

 暖かな日差しは適度に教室を暖め、緩やかに流れる時間は生徒達を眠りの世界へと誘う。

 私立明成学園高等学校の一年の教室――現在、この教室では六時限目の授業が行われていた。

 この学校で一番の高齢の教師――彼の話し声はゆったりとして柔らかく、まるで子守唄のようにも感じられた。

 神那沙樹かみな・さき――彼女も眠い目を擦りながら、必死で眠気に耐えている者の一人であった。

 なぜ、こんなに眠そうにしているかと言うと深夜遅くまでテレビを見ていたからだ。

 昨日起きた取材用ヘリの炎上爆発事故。そして、空に浮かぶ一筋の謎の雲。この二つの事例の関連性についての討論番組が深夜遅くまでやっていたのである。

 他の生徒達も彼女と同様の理由で、こんなにも眠たそうにしているのである。


『キーン・コーン・カーン・コーン……』


 授業の終了をしらせるチャイムの音が教室に鳴り響いた。

 教師が教室を出て行くと同時に、生徒達の声が教室中に溢れる。

「はぁー、やっと終わったぁぁ……こんなにも辛い思いをするんだったら、もっと早く寝るんだった……」

 沙樹は机の上にうつ伏せになり呟いた。

「やっほ~、そんな所で何を黄昏れているんだね君はー。早く掃除を済ませて帰ろうよ」

「……楓は無駄に元気ね。その元気を少し分けて欲しいくらいよ」

「うん? そんなに分けて欲しいならいくらでも分けてあげるよ。ホラッ、ホラ~ッ……」

 楓は沙樹を抱きしめて頬ずりをする。

「キャッ、やめてよ楓ぇー、こんな所で変な事しないでよォーコラぁ……」

「ほぉー、じゃ沙樹の部屋なら変な事しても構わないという事ですかなぁ?」

『ゴン!!』沙樹のコブシが楓の頭をとらえた。

「いたぁーい……沙樹が叩いたぁー……」

「当たり前です。冗談でも言って良い事と悪い事があるんです。普段、温和な私でも度が過ぎた事をされると本気で怒りますから」

「もう怒っているじゃかぁー、沙樹のおこりんぼ……」

「別に怒ってません。至って冷静です」

「えー、本当かなぁ……本当に怒ってない?」

「本当に怒ってません……」

「本当に……?」

「本当です」

「本当の本当に……?」

「本当の本当です」

「本当の本当の本当に……?」

 沙樹は右手の拳を握り締めた。

「あーっ、ホラッ……右手がプルプルしてる……やっぱり怒っているんだぁー」

「もう……馬鹿やってると早く帰れないよ」

「テヘッ……そうでした。今日は帰りがけに買い物に行くんだよね。早く掃除を終わらせなくっちゃ」

「えっ!? 買い物……そうだっけ……?」

「えぇぇぇえ!? 昨日約束したじゃんかぁー。もう忘れちゃったの?」

「そういえば、そんな約束もしたような……」

「したよぉー、新宿にいいお店できたから一緒に買い物に行こうねって、ちゃんと約束したのにー」

「冗談よ、ちゃんと覚えているから……だから掃除をチャッチャと終わらせて早く帰ろ」

「もう、沙樹の意地悪……そんな性格だから彼氏の一人も出来ないんだぞ」

「彼氏は関係ないよね……『彼氏』は……」

 沙樹の笑えていない笑顔にたじろぐ楓。触れてはいけない何かに触れたような気がした。

「タハハッ、そうでした……じゃ、私は掃除に行ってきま~す……」

「まったくもう……楓ったら……」

 沙樹は教室の窓から空の景色を眺めた。空には一筋に伸びる雲。昨日から位置も変わらずにその場所にあるのだ。

「大丈夫よね。変なことなんて何も起きないよね……」

 沙樹の呟いた言葉――それは、自分の心の奥底に眠る不安な気持ちを掻き消す為に吐いた言葉であった。


「相変わらず人の多いい街だよね新宿って……人ごみの嫌いな私には堪えますなぁーホント……」

「好きこのんで新宿に買い物に来るくせに、どの口が仰っているのやら……」

 沙樹と楓は学校からの帰宅の途中で、新宿に立ち寄った。普段、通学に使っているJR中央線――楓の提案により、新宿駅で途中下車して買い物に付き合わされることも度々あった。

「ねぇ、沙樹は喉渇かない? 私は、さっきから喉がカラカラだよー、何処かで休んでいきたいなぁ……」

「そうねぇー、スタバにでも寄っていく? でも、買い物の方はいいの? そのために私達は来たんでしょ?」

「いやですなぁ沙樹さんは……お店は逃げたりしないから急がなくても大丈夫だって……でも、意外とセッカチだよね沙樹は」

「そうね……仮にお店が逃げたとしても私は困らないけどね。なにせ、私は付き添いだし……」

「あ~ん、そんなに剥れないでよ。今のは言葉の綾じゃんかぁー」

「別に剥れてないもん」

「嘘ーっ……起こっているじゃんかぁー」

「フフフフッ……じゃ、アイスコーヒー一杯で許してあげよう」

「うー、仕方ない……付き合ってもらっているのは私の方だから文句は言えないか……でも、それだけだからねっ」

「うん。じゃ、スタバに行きましょうか。楓のオゴリで」


 その時、遠くで大きな音と伴に地を伝うような振動が響いた。

『ドォォォオーーーーン…………』

 人々はその音に驚き振り向いた。歩いている人は立ち止まり、何があったのか心配そうな面持ちでその方向を見つめている。

「やだぁ……事故かなぁ……」

「それにしては大きな音だったよね。まるで何かの爆発みたいな……」

「爆発? こんな所で何が爆発するのよ? 怖いこと言わないでよ沙樹……」

「でも、この音や振動は普通じゃないよ……何か良くない事が起きたのかも……」

 大きな音がした方向――そこから、ビルの谷間を縫うように黒い物体が飛来する。それは円盤状の形をしており、沙樹達のすぐ真上を通過した。

 その物体が巻き起こした風は周囲の立て看板や店の商品などを吹き飛ばした。

「きゃぁぁぁっ!?」 

人々は悲鳴を上げる。風の衝撃は膝を曲げて屈まなければ耐えられるものではなかった。

「……何だあれは」「今のは飛行機じゃないよな……」「何なのよあれ……何であんなのが飛んでいるの?」

 人々は呆然となってその物体を見詰めた。 見たこともない黒くて巨大な円盤状の物体――それが機械なのか生物なのかも分からない。

 走っていた車はハザードを焚いて止まる。中から降りたドライバー達もその飛び去る黒い物体を見詰めていた。

 誰もが、その黒い物体はそのまま去っていくものだと思っていた。だが、意外なことにそれは方向を変えてこちらへと戻ってきたのである。

「うわぁぁぁっ……戻って来たぞぉー!!」

 誰かが叫び声を上げる。それを切っ掛けにして人々一斉に逃げ出した。

 手に持っている荷物を全て捨てて走り出す者や、他人を押しのけてでも前へと進む者。足の悪い老人が転んで蹲っても手を差し伸べてくれる人は居ない。その場は恐怖によりパニック状態となっていた。

「逃げよう沙樹、ここに居たら危険だよ……」

「そうね、逃げよう楓。私から離れないでよ」

「うん……」

 沙樹は楓の手を握って走り始めた。

 二人は何が起きたのか分からないまま走り始める。だが、この場所に留まっていたら危険だという事は確実に分かった。

 逃げ惑う群集の中で、二人は力いっぱいに走った。その時、閃光と伴に肌に伝わる強い衝撃、耳を劈くような大きな音――近くで爆発が起きたのである。

 気がつくと沙樹は道路に転がっていた。周囲を見回すと彼女同様に道に倒れている人々の姿。何が起きたのか即座には理解できなかった。

 唖然とする中で沙樹は楓のことを思い出す。

「楓……楓はどこっ!?」

 周囲を見回しても楓の姿は無い。とても嫌な予感がした。今、彼女と離れたら二度と会えないようなそんな気さえした。

 薄く立ち込める煙。倒れて動かない人の姿。そんな中で、黒く長い触手のような物が地を這って動いている。

 沙樹はその動く物に目をやった。その先には黒くて巨大な物体が四本の細長い足で立っている。それは先ほど空から飛来した謎の物体であった。

 その怪物のような巨大な物体が沙樹の頭の上に居たのだ。

「きゃぁぁぁぁぁあああ!?」

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