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闇夜の襲撃

雲の無い大空を一筋に伸びる亀裂がある。

一見すると気象現象の類にも思えるが、これはそのようなものではなく、何らかの力によって切り裂かれた次元の裂け目であった。

 彼らは本国である魔導国家イリテリアの地より飛行艇に乗ってやって来た。この次元の裂け目をくぐり抜けてこの地へと来たのである。

 四聖武帝メーサード・グランカー、ヴァルディアスより怪物の殲滅という重大な使命を受けてのことであった。


 国の最高指導者である三賢者サージュフィラメントと元老議会の者達は、これらの怪物のことを『予言の書』に出てくる魔族かもしれないと考えていた。

 『予言の書』の魔族――それは神話の時代に神々と戦った魔族のことで、人の命を喰らってそれを力とし、その世界の人間を喰らい尽くしたら別の世界へと渡るという生きとし生けるものの天敵のような存在であった。


 アルバナード達はアロワの亡骸を土の中に埋めて弔った。

 夕刻となり、周囲は段々と薄暗くなっていった。彼らは、この地に留まって相手の出方を窺うことにした。

 アルバナードは確信していた。アルフォンゾの体を奪った者は再び彼の前に現れると――

奴が何もせずにこのまま姿を消す筈がない。

奴は自分の力に絶対的な自信を持っていた。そんな奴が一時的にでも引かなければならなかった事は屈辱以外のなにものでもない。だから絶対に態勢を整えてやって来るはずだ。 ――彼はこう考えた。


彼らの拠点はこの異世界へと渡ってきた飛行艇である。正式名称を機動揚陸型飛行艇『アタマンザー』と言う。

 飛行艇の第一格納庫には魔導機動歩兵マシーニ・クラスターを四機分を収納するスペースがある。現在、シルフィーとジェンカの二機が収められており、戦闘待機状態の現在はスリープモードに移行している。

 そして、アルバナード、アデラ、イーダの三名はブリーフィングルームに居た。彼らは計器とモニターで囲まれた部屋で周囲の状況を探っていた。

 飛行艇から放たれた数機の球体状の小型無人航空機が周囲の状態を撮影して情報を彼らに送っているのだ。


「静かだな……」

 アルバナードはモニターを見詰める。そこに映し出されているのは怪物に襲われた後の街の姿である。そこには壊された建物や乗り捨てられた車がそのままに残っていたが生きている者の姿が一切無い。まるで時が止まってしまったかのようだ。


「怪物の姿は、どこにも無いな……綺麗サッパリ消えちまっている」

 アデラはモニターに映し出されている上空の映像を見ながら言った

「あの場に居た敵の大半を倒したとは言っても、影も形もなく消えるというのはかえって不気味だよな。奴らいったい何処に姿を隠しやがったのか」


「この都市の住人も避難を開始している様子です。その一方で、このエリア外に数箇所に分けて戦力を集結させているわね。結構な数よ」

 イーダはモニターでこの世界の人間の動きを観察していた。

この世界の人間と怪物の戦いに自分達が介入している以上、その戦力が自分達に向けられる可能性もある。なにしろ、互いに未知の存在であることから分かり合えることなどは大変に難しい。

ヘタをしたらこちら側が排除されることも考慮に入れておかないといけないのだ。

「へっ、何が戦力だ。怪物が暴れている時に力を行使しないで何の意味があるだよ」

「でもアデラ、相手の正体が分からないのに戦うのは結構難しいものよ。それも相手に奇襲を受けたわけだし、ここは力を立て直して戦うのがセオリーと言うものじゃないかしら」

「ようは臆病なのさ、その証拠に奴らはこのエリアに入ってこようとしない、仲間が大勢殺されているのにだ」


「二人とも、これを見てくれ」

 アルバナードは大きなモニターに映像を映した。

「街の映像か……まるで、廃虚じゃないか。誰も居やしない。でも、アルバナード隊長、これが何か?」

「アデラ、この映像を見て気が付かないか? あれだけ転がっていた死体がどこにも無い。変だと思わないか?」

「そういえば……怪物どもが食べる姿は見たけど、それにしても一つも無いだなんて……」


 アデラは小型無人航空機を操作して街の隅々を探した。

「やっぱりだ、どこにも死体が無い。こんな事って……」

「そうね。これを見る限り、死体が消えてしまったと考えるべなのかも……」

「いやいや、イーダ……死体が自然に消えたと言うのかよ、そんな馬鹿な事があるわけないじゃん……」


「これは、いよいよもって閣下の言っていた事が真実味を帯びてきたな……」


「えっ、隊長は何かを知っているのですか?」

 ――イーダはアルバナードの呟いた言葉を聞き逃さなかった。

「おまえたちは『予言の書』を知っているか?」

「ええ、聞いたことがあります。竜族の代々のおさに伝わる書物のことですよね」

「そうだ。なんでも、神話の時代の事が書き記してある書物らしいが、その中の一節に未来に起きる予言めいたことも書かれているらしい。だから『予言の書』なのだ」


「ふぇー、神話の時代の話か、奴ら竜族も神族も俺達人間とは寿命が違うからなぁ……いまいちピンと来ないや」

「で、隊長はその予言の書が今回の件と何か関係が有ると言いたいのですか?」


「そうだ……その予言の書に記してある内容の中にヴァリアンティスの女神・聖慈母神アヌーシャと神々に敵対する混沌の魔王フォルティオスの話がある――」

「あ、その話なら知ってる。確か、ヴァリアンティは魔王フォルティオスを退けることができたけど女神様も命を失うという話だったよな」

「アデラでも知っているなら、ここの所は詳しく話す必要も無いか……」

「むっ、でもって何だよ……でもって!」

 ――アデラはむっとした顔でむくれた。

「だが、重要なのは予言の一節の方なのだ」


「隊長、もしかして、その予言って……」

 頭の回転が速いイーダは、いち早くアルバナードの言いたいことを察した。

「そうだ! 予言の書に書かれているのは、その魔族の復活のことだ! この書を記した氷竜王スピアブラッドは確実に魔族が復活することを予言している」

 アデラとイーダは息を呑んだ。自分達が相手をしている敵の恐ろしさを初めて実感するのだった。

「魔族は人や動物や草木の生命を奪って自分達の力にする。この街から消えた人々は、恐らく魔族に吸収された筈だ……これは最悪の展開かもしれん」


「隊長、そんな奴を相手に勝つことなんてできるのかよ?」

三賢者サージュフィラメントが一番恐れているのは、魔族がこの世界の生命を吸い尽くし、力をつけた上でイリテリアに戻ってくることだ。それだけは何としても避けたい」

「そうか、だから力をつける前に叩くってことか!」


「アルバナード隊長、ヴァリアンティスを襲った相手が魔族だとすると既にヴァリアンティスは……」

「分からない……だが、余計な事は考えるな。我々は与えられた任務を確実にこなすことだけを考えていれば良い」

「はい……」


 それから数時間が経過しただろうか、外は既に陽が暮れて闇に包まれた街を大きな月の明かりが照らしていた頃――

 個室で休憩を取っていたアルバナードは、大きな警報音によって操舵室ブリッジに呼び出された。

「なにごとだ!」

 そこには既にアデラとイーダが居て周囲の索敵をしていた。

「何者かの動きがあります。我々の警戒網を突破してこちらに近付きつつあります!」


「映像が来た。スクリーンに表示します!」


 そこに映し出されたのは空中の映像であった。スクリーンの中央にゆらゆらと動く黒い物体――ナイトビジョンカメラにより捕らえた映像である。

「なんだこれは……」

「数は分かりません。飛行する物体の群れです。恐らく昼間に見た敵だと思われます!」

「間違いないな」

 その黒い物体が近付くにつれ段々と大きくなり、やがて小型無人航空機を飲み込んだ。

 翼を持つ鳥のようなものの群れが凄い速さで移動していた。それは鳥の群れと言うよりは、大量発生をしてアフリカ、中東、アジアの農業に被害を与えるサバクトビバッタの群れに近いものがあった。広範囲に渡って集団で移動しているのである。

「この群れの行き先はどこだ!?」

「分かりません――ですが、まもなく我々の上空を通過します!」

「くっ、やられた……奴らの目的はこの世界の人間の方だ。奴らは生き物の命を奪って自分達の力にする……俺達は後回しってことなのか」

「アルバナード隊長、俺達はどうすれば……」

「機動揚陸艇アタマンザー発進!! 戦闘準備だ、魔導機動歩兵マシーニ・クラスターを起動させろ!」 

「了解!!」

 アデラはコクピットのシートに飛び移り、

操縦桿そうじゅうかんを握り締め、発進シークエンスに従い各出力機関を起動させ、メインエンジンの出力を上げた。

 この艦の操縦はメインコンピューターの擬似人格プログラムがサポートしてくれる為、操縦技能に乏しい者でも難なく操艦することができる。


「でも、アルバナード隊長! 私達だけでこの数を相手にするのですか!? いくらなんでも無茶が過ぎます!」

「今は少しでも相手の情報が欲しい。目の前にしている物が何であるのか見極めたいのだ」

「なに? イーダは怖気づいちゃった訳? 安心しなよ、あんなの俺の力で焼き払ってやるからさ!」

「アデラ……私はあなたのその気楽さが、たまに羨ましくなる時があるわ」


 飛行艇は浮上して高度を上げる。

 本当ならば、夜空に浮かぶ明るく輝く月が大地を照らしている筈であったが、今は無数の飛行する敵の群れによって暗さを更に増し、そして視界さえも悪くした。

 飛行艇は群れの中を飛行するが、敵に襲ってくる様子は無い。まるで眼中に無いように何も手を出してこなかった。


「なぁ、アルバナード隊長。敵は何で俺達を襲ってこないんだと思う?」

「さぁな……ひょっとすると、襲いたくても襲えないのかもしれんぞ?」

「え、それってどういう意味……」


 その時、イーダが2人の会話に割って入った――

「アルバナード隊長、これを見てください!」

 彼女は大型モニターに画像を投影した。

 映し出されたのは黒い霧に沈む街の様子であった。先行して移動する小型無人航空機から送られて来る映像である。

「く、黒い霧……? これって、まさか……」

 ――アデラは目を大きく見開いた。

「ああ、その『まさか』だ。現在、艦の周りを飛んでいる小さい奴の更に小型にしたやつだろう……これでは対処方が無い。それこそ、都市ごと消し飛ばさなくては……」


 モニターには大勢の人間が道に倒れている姿も映し出された。おそらく、避難をしている人達が怪物に襲われたのであろう。

「ひでぇ……手当り次第かよ……」


「よし、出るぞ! 艦はオートに切り替えて空中で待機だ!」

「はい。魔導機動歩兵マシーニ・クラスターは起動完了して出撃待機状態です」

「よし。第一格納庫に集合だ」

「了解。へっ、腕が鳴るってもんだ!」



 第一格納庫のハッチがゆっくりと開き、格納庫の中から外の状態が確認できた。

 魔導機動歩兵マシーニ・クラスターはフレイムウエポン装備にしてある。それは敵があまりに小型な為に実弾装備の銃火器では威力を発揮できないと判断した為だ。


 アルバナードは帯刀している剣を鞘から引き抜いて眼前に構えた――

「戦闘モードに移行!」

『オーケー、戦闘モードに移行します』

 彼の頭の中で戦闘サポートシステムの擬似人格プログラムの声が響いた。


彼の持っている剣は聖剣ラグナリオン。

 この剣はアルバナードにリンクしており、戦闘時において体内のナノマシーンにより強制的に負荷のかかる体を管理・サポートするのが役目である。


そして、アデラとイーダの二人は互いに目配せをすると、目を閉じて呪文の詠唱を始める――

 すると足元に魔法陣が現れ、それが光り輝いた。

「我が身は疾風……我が力は千刃せんじん……我が心魂は鋼なり!  ライヴァニック・アーツ!!」


 彼女達二人は魔導戦士ソルニクス・クラスターである。魔術により体内のナノマシーンを発動させ、人間の限界を超える超人的な身体能力を手に入れるのである。

 体内のナノマシーンはアルバナードと同じ物であるが、戦闘サポートシステムを有する聖剣ラグナリオンを持たない彼女達は呪文によりナノマシーンを発動させる必要があった。


 アルバナード達は格納庫から甲板へと移動した。

 彼らの周囲を飛び交う敵は小鳥サイズの大きさであった。彼はそれを素手で掴み取った。

「えっ、隊長なにを!?」

「それを素手で掴んで大丈夫なの!?」


 彼は二人の言葉を尻目にそれを握りつぶした。するとそれは砂のようにサラサラと崩れ落ちた。

「やっぱりな……」

「やっぱりって、何を一人で納得してるんですか。俺達にもちゃんと説明してくださいよー」

「こいつらに俺達を攻撃する力は無い。だから先ほどから何も仕掛けてこないんだ」

「でも、それじゃ何で地上の人達は……」

「この世界の奴らと今の俺達の違いは何だ? 言ってみろイーダ!」

 アルバナードの言葉にイーダはハッとした。

「あ……魔法障壁!」

「そうだ。戦闘モードのこの体は強大な力や俊敏な動きだけではない。防御力を上げる為の魔法障壁が施されている。こいつらは、人の体に触れて侵食するように相手を襲う。だが、この魔法障壁を突破するだけの力は無かったようだな」

「だから、同じ様な術式の施されているアタマンザーにも攻撃してこなかった……そういう事ですね」

「そうだ。こいつらの目的は、この世界の人間だ。広大な範囲に手を広げる為に力を分散させているのだろう」

「あ、だから体がこんなに小さい奴らばかりなのか! でも、攻撃して来ないと言っても逆に厄介だぞ。こんな奴らを少しばかり焼き払っても全くダメージにならないんじゃないか?」

「そうだな……だが、ここで傍観しているわけにもいくまい。下に降りるぞ!」

「了解!」

 アルバナードは甲板からダイブするように下に飛び降りた。


「くそー、自由に飛ぶことの出来る十二魔導将メーサーシェード様は余裕か。飛べて当たり前か!」

 ちなみに、アデラは飛翔系の呪文は苦手であった。

「あらあら、別にジェンカに抱えてもらって下に降りても構わないのよ。それとも、お留守番する?」

 イーダは飛行を補助する円盤状の魔法具を両手に抱えてピョンと下に飛び降りた。


「ちっ、自分だって魔法具を使うくせに……

行きますよー、行くに決まっているでしょ!」

 彼女はスケートボードに乗るかのように魔法具に飛び乗って滑空しながら降りて行った。



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