国境の地、アルデント03
リンネとクウラが甲虫型の怪物を仕留めて程無く、町中に大きなエンジン音を響かせて三台のバイクが到着した。
先頭を走るシリウス、それに続くギースとレントンの三人である。
「これは……」
副隊長のシリウスは倒れて動かない異形の怪物に目をやった。
「うわぁ、ヒデェー」
レントンが魔導機動歩兵と怪物の戦いによって壊された建物の残骸を見て口を開いた。
「おい、何があった! この怪物は何だ!?」
ギースは魔導機動歩兵ゲルケンの胸部搭乗スペースに居るクウラとリンネに向かって叫んだ。
「そんなの私が知るわけ無いじゃない!! 来たら町が怪物に襲われていたのよ!」
双子の姉のクウラがギースに怒鳴り返した。
「怪物はまだ他にも居るのです! 空に見たこともない何かが飛んでいて、町の中央からは黒い煙が出て……とにかく、大変なのです!!」
普段は大人しいリンネが声を荒げる。その必死な態度から尋常でない事態であることが分かった。
「あれが怪物だと言うのか? 風船か何かじゃないのか?」
上空の高い位置に浮遊している多数の黒い物体にギースは目を凝らした。
だが、それを裏付けるように響くライフルの発砲音、そして爆発により伝わる僅かな振動。この町で戦闘が行われているのは確実であった。
「!?」 「むっ!?」 「えっ?」
シリウス、ギース、レントンの三人は同時に大きな音が聞こえた方向を振り向く。
「おいおい、本当に町の中で戦闘か!?」
「人の姿が見えないけれど町のみんなは?」
「町の人達は大丈夫! 森の中に避難しているのを見掛けたわ!」
レントンの問いにクウラが答えた。
「戦闘が行われているのは町の中心部だな!」
シリウスが強めの口調でクウラに聞く。
「ええ。黒い煙が上がっていたから間違いないわ」
「よし、クウラとリンネはゲルケンと伴に一足先に飛べ! 我々も直ぐに向かう!」
「分かったわシリウス! さぁ、リンネ 覚悟はいい? 戦いのど真ん中に飛ぶわよ!」
「オーケーなのですよ。さぁ行きましょうゲルケン、急ぐのです!」
「イエス、マイマスター」
魔導機動歩兵ゲルケンは、その巨体をフワリと浮上させ一気に大空へと舞い上がった。
「よし、ギースとレントンはツーマンセルで敵を迎え撃て! 相手の力は未知数だ、気を抜くなよ」
「へっ、分かってますよ シリウスさん。さぁ行くぞ、レントン! 怪物狩りの始まりだ!」
「はい。 では、僕達も急ぐとしますか どうやら緊急事態のようだ」
三台のバイクは後輪をキュルキュルと鳴らし町の石畳の道を走り抜けて行った。
空高く浮上したゲルケンは直ぐにその高度を落とす。群れを成して飛行する怪物の姿が目前に迫っていたからである。
「クウラ、あれ見て!」
「いけない! 低く飛ぶのよゲルケン!」
その光景は異様なものであった。
クラゲのような姿をした巨大な物体が何体も集まってひとつの固まりとなって飛行しているのである。
建物から上がる黒煙、視界が悪くなる反面、
町の中心部に近付くことで空を飛ぶ怪物の数が尋常でないことが分かった。
「なんて数……いったい何処から集まってきたのかしら……」
リンネは不安そうな表情で呟いた。
「大丈夫よリンネ! これくらいの数、私達とゲルケンで充分なんとかなるわ! こんな訳の分からない物は一気に排除よ!」
「うん……」
妹の手前、強気な発言をするクウラであったが、今までに一度も見たことがないモンスターの襲来に不安を覚えない筈がなかった。
「見て、クウラ! アルデントの中央広場よ!」
彼女達の前方の景色が開ける。
「ゲルケン! あそこの中央に陣取りなさい!!」
国境警備隊のクラウゼン達の戦いは今も続いていた――
だが、数で圧倒する怪物の前に、13名居た隊員達は徐々にその数を減らし、クラウゼンと4名の部下だけになっていた。
空を埋め尽くすように飛び交う怪物に対してアサルトライフルや魔導ガンで応戦するものの、やはり圧倒的な数の前には無力に等しかった。
空中に浮遊している怪物はクラゲのような姿の割りには動作が俊敏で、突然降下しては隊員達に襲い掛かった。それは鷹などの猛禽類が獲物に襲い掛かる姿に似ていた。
そして一体の怪物が隊員のひとりに襲い掛かった――
突然降下した怪物は触手を広げ体全体で隊員を包み込んだ。
「ひぃぃぃぃーー!! クラウゼン隊長ーっ!! 助けてぇーーーー」
「ちぃっ!! この化け物めーーっ!!」
クラウゼンは手にする魔導ガンを怪物に向けてトリガーを引いた。
炎の弾丸が炸裂し怪物の体の一部を吹き飛ばす。怪物は触手で抱え込んだ隊員を放し、仰け反るようにして大地に転がり動かなくなった。
「おいっ! 大丈夫かっ!!」
クラウゼンは倒れている隊員のもとに駆け寄った。
だが、隊員はぐったりとして動かない。残念なことに既に彼は事切れていたのである。
「ぐっ…………」
クラウゼンは空を仰ぎ見た――
空を埋め尽くすように飛び回る怪物の群れが、彼を絶望の底へと突き落とす。
そして、それと同時に一つの疑問が生じた。
「……こいつらの目的は何だ……?」
その時であった、彼の頭上をひとつの黒い塊が勢い良く通り過ぎたのである――
それは突風を伴い、地面を削りながら着地をした。
「なっ…………魔導機動歩兵だとっ!?」
彼らの目の前に現れたのは魔導機動歩兵ゲルケンである。
重量級の魔導機動歩兵――二列五段の10射式の多弾射撃用ポッドを装備しているそれは砲撃タイプの長距離援護型であった。
そして何よりも彼の目を引いたのは、機体の胸部に居る女の子ふたりであった。
簡易的に取り付けた搭乗スペースは足場と柵だけの簡素なものであり、この状態で彼女達は敵と戦おうとしているのである。
「子供が二人……あんな子供が魔導機動歩兵のマスターガーディアンだってぇーー!?」
彼が驚くのも無理がなかった。魔導機動歩兵の原動力は魔力構成元素と言われる『マナ』であり、それを常時供給できる魔導士でなければ魔導機動歩兵の主『マスターガーディアン』になれないからである。
「ゲルケン、駐鋤を打ってこの位置に固定! 射撃準備!!」
クウラが大きな声で叫ぶ――するとゲルケンは、両足に装着している駐鋤を地中に打ち込み、背中の多弾射撃用ポッドを両肩の上に移動させ攻撃準備を整えた。
「攻撃は私が担当するから、リンネ あなたは防御をお願い!」
「うん。任せて!」
リンネはそっと目を閉じ右手を前に差し出す。
掌を中心に現れる光の魔法陣――彼女は魔法陣の術式により己の『マナ』を魔術の力に組み立てる。
「闇の底に沈む真なる闇、光をも穿つ魔王の爪……出でよダークファング!!」
呪文の詠唱は魔術発動のトリガー。彼女が叫ぶとゲルケンを中心として二つの黒い球体が現れた。
「むっ! そこです!!」
リンネの手の動きに合わせて、球体の一つがゲルケンに近付く怪物を捉える。球体は怪物の体の一部を抉った――それは触れた部分を鋭利な刃物で切り取ったかのようにスッパリと切り離し、黒い球体に飲まれた部位は跡形もなく消滅した。
怪物はそのまま地面に激突してやがて動かなくなる。
リンネ・パーパス 彼女は魔導士の中でも極めてまれな闇の魔術の使い手であり、それに対して姉のクウラ・パーパスは、これも非常に珍しい光の魔術の使い手であった。
「いくわよゲルケン! 目標は空中の怪物 片っ端から叩き落とすわよ!!」
クウラは掌をゲルケンの胸に接触させる。
――ゲルケンの足元に光り輝く魔法陣が広がった。
「湧き立て数多の光の粒子 射抜け光速の刃! レイズスピア!!」
彼女が叫ぶと同時にゲルケンの両肩の多弾射撃用ポッドから光の閃光が飛び出した。
二列五段の10射式のポッド二基から放たれた閃光は空中の怪物を一直線に貫き、その砲撃軌道上の敵を一瞬で撃滅した。
この両肩の多弾射撃用ポッドは実弾用の兵器ではなく、魔力構成元素『マナ』をエネルギー弾として撃ちだす魔導ガンと同様の物であり、マスターガーディアンの魔術を増幅させる為の装置でもあった。
クラウゼンは呆気にとられ、戦うことも忘れ彼女達をジッと見詰めた。それは彼だけでなく彼の部下達も同様であった。
「すごい……あの子達は何者だ? まさか軍隊が動いているのか?」
「クラウゼン隊長、援軍が来てるなら勝ち目があるかもしれませんよ」
「ああ、ほんの少しだが希望が見えてきたぜ……」
彼らは油断をしていた。突然現れた僅かばかりの希望の光に周囲の警戒を怠ってしまったのだ。
――それに気が付いたのはクウラであった。
「あんた達何やっているのよ!! あたまの上っ! 怪物がっ!!」
クラウゼン達は咄嗟に見上げた。
滑空して迫る怪物が既に目前に――何も反撃が出来なかった。彼らは恐怖という名の鎖で体の自由を拘束されたかのように動けなかったのだ。
だが、目の前で奇跡が起きた。
怪物は寸前の所で、砲弾のような氷の固まりに貫かれ吹き飛んだ。
その衝撃波が土煙を上げて彼らに吹き付ける――
彼らは何が起きたのか分からなかった。
やがて視界が晴れ、クラウゼンは自分達の許に近付く三台のバイクに気が付いた。
彼らを救ったのはシリウスの放った氷の魔術であった。
シリウスの乗るバイクは後輪を滑らしてクラウゼンの目の前で止まった。
「この町に居るのはおまえ達だけか?」
シリウスの質問にクラウゼンが答える。
「あ、あんた達が助けてくれたのか 助かった……あんた達は元老議会の機甲兵団なのか?」
それに対して彼女は言った。
「いや、私達は宮廷護衛隊だ……」




