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空の傷跡

 東京都杉並区――ある学校の校庭に生徒達が集まっていた。

 学生達は空を見上げ、大勢の者が友人達と語り合っている。校舎の中にいる者も窓を開けて空を眺めていた。

 皆が注目をしているのは空に一直線に伸びる線。飛行機雲のように見えるそれは、今朝の雷鳴のような音と伴にできた物である。

 生徒達は教室に入ることも忘れ、この不思議な現象を眺めているのである。

沙樹さきっ!! お・は・よう・さーん!!」

 一人の少女が友人の背中を強く叩く。

「きゃっ……なんだ、かえでか。痛いなぁーもう……」

「はははっ……ゴメン・ゴメン。それより、こんな所でぼーっと空を眺めていたら遅刻になっちゃうよ?」

「別にぼーっとなんてしてません。皆が真剣に空を眺めているから、私もつられて空を見上げていただけよ……」

「フフフフッ……どっちでも良いのですよそんな事は……ただ、せっかくの美人さんが台無しだと思って忠告してあげたのですよ、私は……」

「だからぁー、ぼーっとなんてしてないって言っているでしょ? もうっ……」

 この少女の名前は神那沙樹かみな さき。この学園に通う一年の生徒である。

「ははははっ……冗談よ冗談……さぁ、早く教室に行きましょ」

 そして、沙樹の親友の吉野楓よしの かえで。二人は校舎の二階にある自分達の教室を目指した。

 生徒達の声でざわめく教室の中――話題は、やはり空にできた傷あとであった。

 一見、それは飛行機雲のように見えるが、時間が経っても形を変えずにずっと同じ場所にある。その不思議な現象に、アレやコレやと話に尾ひれを付けて会話を楽しんでいるのである。

「ねぇねぇー、沙樹はあの空に浮かんでいるのは何だと思う?」

「……雲でしょ?」

「えー、ツマンナイよー。沙樹のリアクション面白くない」

「じゃ、何て言えば面白くなるの? 地震雲……それともオゾン層の裂け目かしら?」

「えー、恐いよそれじゃぁー……もっと女子高生らしい、夢のある発想は出来ないのかね?」

「あのね……それでは、夢見がちな女子高生の代表そのものである楓さんは、どうお考えですか?」

「えー、私ですかぁー、そうですねぇー……

天国の扉が開いて、天使様が地上へと舞い降りて来たりして……」

「……さてと、チャイムが鳴る前に席に着きますか……」

「あ、ちょっと酷いよ沙樹ぃー、ちゃんと突っ込んでよぉー……」


『キーン・コーン・カーン・コーン……』

 授業の四時限目の終了を知らせるチャイムの音が鳴り響き、担当の教師が教室を出て行った。これから昼休み時間の始まりである。

 生徒達は席を離れ昼食の用意に動き出す。

 購買部に弁当を買いに行く者や、食堂へ食事に行く者など色々である。

 沙樹は人数の減った教室の自分の席で、購買部へ買い物に行った楓を待つ。

自分の席からは外の青い空が良く見えた。そして、噂の雲みたいな一筋の線は、今も変わらずに同じ場所にある。

「……ホントに何だろう……雲って同じ場所にあり続ける物なのかしら……?」

 いつもと違った稀有な出来事に、次第に沙樹の心にも不安が広がり始めたのである。

「へへへへっ、沙樹おまたせーっ……」

 牛乳とサンドイッチを持って楓が現れた。

「あらっ、早かったわね楓……」

「うん。スムーズに買えてラッキーだったわ。後数分遅れていたら混みだして戦場になるからねアソコは……」

 楓は沙樹の前の席に腰を下ろして食事を始めた。

「うわーっ、沙樹のお弁当美味しそう……それ、本当に毎朝自分で作っているの?」

「うん。楓も自分で作れば良いじゃない。購買部のパンやお弁当じゃ飽きるでしょうに」

「私には無理でーす。料理なんて、そんなスキル持っていませんから……何でも出来て沙樹が羨ましいよホント……」

「何言ってんの……楓は面倒くさがって作らないだけでしょ? お弁当なんて自分の好きなように作ればいいんだから、簡単よこんなの……」

「うーっ、何でも出来る沙樹には、不器用な人の気持ちなんて分からないんですーぅ……」

「もう、拗ねないでよ……ホラッ、この卵焼きあげるから」

「ワーイ、だから沙樹好きーっ……うーん、美味しい……」

「ヤレヤレ、卵焼き一個で機嫌が直るなんて、随分とお安いお方ですなぁ楓は……」

「フフフッ、良いのだよ。美味しい物を食べている時、人は幸せな気分に浸れるのだから」

「まぁ、私の作った料理を美味しいと言って食べてくれるんだから悪い気はしないけどね

……ところで、楓さぁ……」

「ん!? なあに……?」

「ホラッ、あの空。楓は気にならないの? あの一筋に伸びた雲みたいなもの」

「んーーー、気にならなくもないけどさぁ…………ほらっ、私の悪い頭で考えたって分かる筈ないでしょ?」

「…………そっか」

「ちょっとぉー!! 優しく否定はしてくれないわけぇ? ここは『そんなことはないよ』

とか言ってくれる場面でしょ?」

「はいはい……ちょっとメンド臭くてスルーしてしまいました。ゴメンなさい」

「そう言えばね……クラスの男子が噂してたよ」

「噂!? それって、どんな噂なの?」

「空に浮かぶアレは雲じゃなくて蜃気楼じゃないかって……」

「蜃気楼……?」

「うん。雲の隙間から街みたいのが見えたって……天文部の子が望遠鏡を使って見たという話よ」

「へーえ、蜃気楼か……だから、いつまでも形を変えずにあの場所にあるのね」

「あくまでも噂よ噂……実際の所、それが本当かなんて分からないからね。こんな所に蜃気楼が出るという話も変でしょ?」

「うーん、言われてみればそうよね。じゃ、やっぱりただの雲?」

「分かりませんなぁー、私には……でも、分からないからこそミステリアスで素敵だと思わない?」

「楓は『お気楽』だなぁー、あの状況を見て不安な気持ちにはならないの?」

「何を言うのか沙樹は……『お気楽、極楽』が私のモットーなのよ」

「ですよねー…………」


「ただいまぁー」

学校から帰宅した沙樹は、居間にあるテレビの電源をつけてソファに腰を下ろす。

 リモコンでテレビのチャンネルを変える。そして、彼女の指がワイドショー番組で止まった。

 その番組の中では、突然空に湧いた正体不明の雲を『空の怪現象』と銘打って放送していた。

 沙樹はマジマジとテレビを覗き込む。

 すると、キッチンから彼女の母親が顔を出した。

「あらっ、沙樹帰っていたの?」

「うん。今帰ってきたところ……」

 真剣な表情でテレビを見詰めている沙樹。母親の由美子ゆみこはそれが気になって、彼女の横に立って一緒にテレビを見詰めた。

「今日は朝からずっとその話題ばかりね。只の雲に何でこんなに騒いでいるのかしら……?」

「本当に只の雲なのかな……? 朝からずっと同じ場所にある雲なんて聞いたことが無いよ。だから、テレビだって騒いでいるんだと思うよ」

「ふーん……でも、あれが雲じゃなかったら何だと言うのよ?」

「私にも分からないけどさ、学校でも今日一日ずっとこの話題ばっかりだった。でも、只の雲で何も起きなければ、それが一番良いんだけどね」

「騒いでいるのは暇な学生と話題に乏しいテレビ番組くらいよ。逆に羨ましいわ、珍しい雲一つでそんなに熱く語れるなんて、これも若さ故なのかしらねぇー?」

 由美子ゆみこは沙樹の顔を見詰めてニヤリと笑った。

「あーっ!! 今、馬鹿にしたでしょ? 私のこと失笑したよね」

「あら、失礼……でも、そんなつもりじゃないのよ? 若さが羨ましいって言っただけよ」

「嘘つけーーぇ!!」

『今、私は千代田区にある三島平和記念公園に来ています……』

 テレビから聞こえる女性アナウンサーの声――どうやら現場から実況中継を行うようである。

沙樹と由美子ゆみこの視線はテレビへと移った。

「ご覧ください。私たちの上空に細長い一本の飛行機雲が見えます。しかし、どうやらこれは只の飛行機雲ではないかもしれません…………」

「へぇー、只の飛行機雲じゃないなら何なのかしら……」

「お母さん、シーッ。黙っていてよ……」

「――と言うのも、この雲らしき物が現れたのが本日の朝の七時くらい。そして、現在午後の五時過ぎですが、十時間過ぎた今も形を変えずに同じ場所にあるのです。本日の朝方から突如現れたこの謎の現象、目撃者の情報によりますと突然一筋の閃光が空を引き裂いたという話なのですが、言われてみれば確かに何かによって引き裂かれた痕のようにも見えます。しかし、これが何なのか分からないというのが今の現状なのです。この不思議で珍しい気象現象の解明に、今後に注目したいと思います……」

 テレビ局では、これが気象現象の一つという見解らしい。

「……結局、何であるのか分からないのか……でも、不思議よね。あれが雲じゃないとしたら何が考えられるのかなぁ?」

「はいはい。あなたの頭で考えたって答えが見つかる筈が無いでしょ? それよりも、早く制服を着替えてきたら?」

「酷いなぁ、自分の娘だと言うのに……」

 沙樹は小さい声でブツブツと呟いた。

「ん!? 何か言ったぁ?」

「ふぁーーーい、今着替えてきまーす……」

 沙樹はソファから立ち上がりテレビを消す。そして、自分の部屋がある二階へと階段を上がって行った。

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