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真夜中の攻防

動く物の無い新宿の街――普段なら人や車で溢れ返る程であるが、今は時刻ときが止まってしまったかのように静寂に包まれていた。

 道路に倒れて動かない人の姿や乗り捨てられた車が、悲惨な出来事がそこにあった事を物語る。

 だが、状況は少しずつ変化しつつある。

道路に倒れている人の皮膚に黒い斑点が現れ、それが体全体へと広がってゆく。

 やがて、皮膚は崩れ、体が原形を留めない程ドロドロになる。そしてその黒い液状の物体は、黒い霧状の物を空中に吐き出し、跡形もなく消えていった。

 だが、それはこれから起きる更なる惨劇の始まりに過ぎなかった。


 小学校の屋上から見る景色は、沙樹の心に不安の影を落とした。それは太陽がビル郡の陰に沈み、やがて闇が訪れようとしていたからだ。

「随分と暗くなってきたわね。まさか、外で野宿する羽目になるとは……これはその為の毛布だったのね……」

 沙樹はタルタスの用意した毛布を抱えて溜息を吐く。

「沙樹、これを使うと良い」

 タルタスは彼女に皮袋を渡す。沙樹は皮袋を受け取り、中を覗いた。

「石? これをどうするの……?」

「それはカームナイトだ。使い方は分かるな」

「へぇー、これがカームナイトなのね。大丈夫、分かるわ……水が必要なのよね……」

カームナイト――それは水と反応して光り輝く鉱石で、タルタス達の世界では割とポピュラーに使われている鉱石である。

 沙樹はペッドボトルの水の中に少量のカームナイトを入れる。すると、それは眩い光りを放ち周囲を明るく照らした。

「結構明るく光るのね、この石……」

「今夜はここで過ごすつもりだ。沙樹は結界の魔法陣の中に入っていて欲しい。その場なら、力の弱い敵の侵入を防ぐことが出来る筈だ」

「うん。でも、その前に校内をチョット見て来るね。何か使える物があるかもしれないし……」

「近くに奴らは居ないと思うが、油断はしない方が良い」

「大丈夫よ! 私にはシェラ・サードも付いているし、それに直ぐに戻るから」

『マスターには私が居るから大丈夫なのです!』

「フフッ、頼りにしてるからねシェラ・サード!」

『はい。任せてください、マスター!』

「じゃ、行ってくるねタルタス。直ぐに戻るから安心して!」

 沙樹は明かりと聖剣を持って校舎の中へと入って行った。

「ヤレヤレ……シェラ・サードでは返って心配だ……」


 暗い校舎の中をペッドボトルの中の灯りが照らし出す。沙樹は階段を下へとに降りて行く。

「そうだ、職員室……あそこなら電話がある筈。それで連絡が取れるかも!」

 彼女は怪物に襲われた時に、学校の鞄と一緒に携帯電話を失くしてしまったのだ。

 今は何よりも自分の両親と連絡が取りたい。

その想いが彼女の足を速めた。

 沙樹は職員室の扉を開けて中を覗く。部屋の中は真っ暗で不気味に静まり返っている。

「ハハハッ……恐くなんかないわよ……」

 彼女は部屋の灯りのスイッチを入れるが電灯はつかない。どうやら付近が停電をしているようである。

「駄目か……電話は…………あった!!」

 沙樹は電話の受話器を手に取って耳にあてた。

「良かった。電話は使える……」

 彼女は家の電話番号のボタンを押す。呼び出し音が何度も響くが、電話が繋がることはなかった。

「家には誰も居ない……困った……お父さんの携帯の番号は分からないし、どうしよう……」

『大丈夫ですよマスター。きっと両親は避難してますよ! だから家には誰も居ないんです』

「そうよね……無事避難してくれていると良いんだけど……」

『用件は以上で終わりですか?』

「うーーん、テレビも使えないし……何か情報を得る手段は無いかしら……」

 ペッドボトルの灯りが職員室の机の上を移動する。そして、その光りはピタリと止まり、ある物を照らし出した。

「あった!!」

『マスター、これは何ですか……?』

「これは携帯ラジオよ! さぁ、これを持ってタルタスの所に戻りましょう!」


 沙樹は待ちかえった携帯ラジオのチューニングを合わせる。そして、そのラジオから流れ始めたのは災害時における緊急特別放送であった。

「沙樹よ、その機械は何だ?」

「これはラジオと言って、電波を受信して情報を音声で聴くことが出来るの。これで今何が起きているのか分かるのよ」

 ラジオから聴こえるのは東京23区及び、その周辺の住人の避難状況であった。

 それによると、住人の大規模な避難は現在も続き、完全に終了するのは深夜になる見通しだと言う。

 そして、何よりも彼女を驚かせたのは、自衛隊による大規模な奪還作戦が明朝五時に予定されている事であった。

 報道センターから伝えられる事件の報道は、更にショッキングなものであった。

 航空自衛隊百里基地より発進した偵察航空隊の偵察機二機がアンノウンの攻撃を受けて消息を絶ったこと、それに伴いスクランブルを掛けた戦闘機四機までも失ったという事実は沙樹を驚愕させた。彼女が思っていた以上に事件は大きなものであったのだ。

 明朝は陸上自衛隊の東部方面隊と航空自衛隊の中部航空方面隊及び北部航空方面隊との連携により行われる大規模なもの。

 住人の大規模な避難は、都内が戦火に飲まれる事を考えての決断であったのだ。

「大変……自衛隊による戦闘が始まる……どうしよう、このままだと戦いに巻き込まれるかもしれない……」

「自衛隊? この国の戦闘部隊がやっと動き出すのか……それがどれ程の力を持っているのか興味ある。ぜひ、この目で見てみたいものだ」

「なに呑気な事言っているの!? ここが戦場になるかもしれないのに!!」

「だが、奴らと戦うのなら仲間は必要だ。自衛隊とやらが伴に戦える相手かどうか見極める必要がある」

「もう、タルタスったらー。あなたが自衛隊の前に顔を出したら逆に攻撃されるかもしれないわよ?」

「心得ている。どこの部隊にも話の分からない奴は居るものだ……」

「たぶん、普通の人がタルタスを見ても驚いて腰を抜かすわね……」

 沙樹は呆れるように言った。

「むっ!?」

 突然、タルタスは空を見上げた。

 大きな月が夜空をぼんやりと照らす中、幾つもの黒い物体がある方向に向かって飛び去って行く。それは鳥のような翼を持つ怪物の群れであった。

「動き始めたか……沙樹は魔法陣の中に入ってくれ。そして、何があってもそこから出ないで欲しい」

「う……うん……」

 沙樹は淡い光りの文字と幾何学模様から成る魔法陣の中に入った。タルタスの作り上げた魔法陣は結界となって彼女以外の侵入を阻む。

『マスター、大丈夫ですよ。後は全てタルタスに任せましょう』

「シェラ・サード……私に戦う力は無いのかなぁ……あなたが聖剣なのは戦う為なのでしょ? それなら、私にも戦う方法が何かあるんじゃないの?」

『残念ですが、今のマスターには無理です。それは私とリンクした時点で、マスターには分かっている筈です』

「私に魔術が使えないから……魔力の源となる『マナ』が不足しているから……」

『そうです。マスターの体の中に注入されたナノマシーンは強大な相手と戦う為に肉体を強化する物。ですが、それには『マナ』が必要なのです。マナが不足していたらソレは発動しません……いえ、寧ろ恐いのはマスターの生命エネルギーを使ってしまうかもしれない事。マスターの命を縮めてしまったら意味がありませんからね……』

「つまり、無力なのね、私……」

『そんなに自分を卑下する必要はありませんよ。その為にタルタスが従者としてマスターの傍に居るのですから……』

「うん……それでも、ただ守られているだけと言うのは…………」

 その時、何かが地を這う音が聞こえた。

沙樹やタルタスがそれに気が付いたのは、周囲に騒がしい音が無かった要因が大きいが、何よりも移動する物体が巨大な物であったからである。

 ズササッ……ズササッ……と何かが校舎の壁を伝って上がってくる。

「何かが近付いて来る……」

「大丈夫だ。沙樹はそこから動くな!」

 突然、彼らの前に姿を現す怪物――それは胴体が丸太のように太い巨大なムカデの化け物であった。

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