プロローグ
毎日繰り返されるいつもと変わらない日常。だが、そんな平凡な毎日が、ある日を堺に一変してしまった。
『ある出来事』がこれまで繁栄し続けていたこの世界を変えてしまうことになる。
これは、その世界の終焉の始まり過ぎなかった。
それは朝日が眩しく、雲ひとつ無い快晴の朝の出来事であった。
皆どこか慌ただしく足早に通り過ぎてゆく朝の光景。街の雑踏の中をすれ違う人々――誰もが先を急ぐように歩き、空を眺める余裕など無い。そんな中で、どれ程の人が気づいたであろうか、真っ青な空を切り裂くように走る一筋の光りを。
突然響く大音響。大気が振るえ、その振動がビルのガラスを小刻みに揺らし、爆発のような衝撃波が人々を襲った。
間近に落ちた雷のような音に、人々は驚き反射的に振り向いた。
――空に残る一筋に伸びた痕。それはまるで空を切り裂いた裂け目のようにも見えた。
人々は驚き、それぞれが自分の思いを口にした。
「何だ、今のは…………」
「雷か? こんな天気が良いのに……」
「今のは何? いったい何が起きたのかしら?」
「ビックリしたなぁー。心臓が止まるかと思ったよ。でも、何だったんだろう今の……」
「あの雲は……まさか、隕石でも落ちてきたのか? 恐いねぇー、物騒な事件多いよなぁ、最近は……」
何が起きたのか、誰一人として理解している者はいなかった。それもそのはず、この東京の空に傷跡を残した出来事は、異世界で起きた事件であるからだ。誰も想像すらできないのも当然と言えた。
やがて人々は歩き始める。今起きた事が自分達に大して関係が無いと判断した為だ。
だが、それは間違いであった。この出来事により、いつもの日常が終わりを迎えることになるからだ。
しかし、人々がそれを知るには、まだ数日という時間を必要とした。
魔導国家イリテリア――三大工業都市のひとつであるインダステートを中心に栄えるこの国家は、科学技術と魔術を融合させた独自の文化を形成していた。
インダステートの中央には、この国の最高権力者である三人の宰相『三賢者』が居城するペキドスタン城がある。
そして、この城の一室に一人の男が呼ばれた。彼の名前はラナーク・アルバナード――この国を護る十二魔導将と呼ばれる地位にある者だ。
「ラナーク・アルバナード参りました……」
ラナークは右手を胸に当て、男に会釈をして礼を交わす。
彼の目の前の男の名はヴァルディアス・トゥーリー。四聖武帝と呼ばれる地位にある者で、この国の最高権力者である三賢者を補佐する役目にある。
「来たか、ラナーク。来て早々で悪いのだが、お前に頼みたいことがある」
「ここに呼ばれた理由は、なんとなく見当が付いております。あの空に出来た亀裂のことですね……ちらりと聞いた話だと、あれは次元を裂いた痕だとか……」
「さすがに噂を耳にしていたか。いや、話が早くて助かる。情報によると、隣国のヴァリアンティスを襲った怪物どもが、あの裂け目の向こう側に消えたという報告があるのだ。お前に頼みたいのは先遣隊として亀裂の向こう側に渡り、怪物どもを殲滅して欲しい。もちろん後から増援部隊も送るつもりだ」
「ヴァリアンティスを襲った怪物が……しかし、現在の我が隊の半数以上は、隣国支援の為ヴァリアンティスの王都スフィルヘイムへ向かわせています。今、ここに残っている者は私を含め五名だけ……」
「だが、事態は火急の問題なのだ。一刻の猶予も許されない……しかし、この状況下において動かせる部隊は多くはない。だからこそ、十二魔導将であるお前に頼みたいのだ」
「……わかりました。元より、閣下の頼みごとならば断れるはずもございません。我が部隊で出来る限りのことをするつもりです」
「無理を言ってすまんな。早急に増援部隊も整い次第、そちらに送らせるつもりだ」
「ただ、問題が一つ……あの裂け目の向こう側が敵の本拠地であった場合、あのヴァリアンティスを手こずらせた相手に、我が隊だけでどこまで戦えるか……」
「その心配は無用と思ってくれていい」
「!? と言いますと……?」
「既に、元老の『先覗衆』に裂け目の向こう側を透視能力により覗かせた。そこは怪物どもの世界とは違い、我々と同じ『人』が暮らしている世界であった……」
「そうですか、我々のような人が住む世界ですか……」
「そうだ。それに文化は違えど、かなりの文明を築いている種族みたいだ。このイリテリアのように機械文明がかなり発達している」
「ほう……ならば、我々が出向かわなくても、そいつらにも怪物と戦う手段があるのでは?」
「だが、そうも言ってられないのだ。あの怪物は人の命を喰らってそれを力とする。奴らは世界を渡り生命を喰い尽し、また違う世界へと移り住む魔物……。異世界の人の命を己の力として、こちら側に戻ってくることも考えられる。やつらが強大な力を手に入れてしまってからでは全てが遅すぎる。放っては置けないのだよ」
「……だから、事は急を要すると……閣下はあの怪物の正体が何であるのかご存知なのですか?」
「……恐らくだが、『予言の書』に記された魔族……少なくとも、三賢者はそう考えている」
「予言の書に出てくる魔族……神話の時代に神々と戦った『フォルティオス』のことですか? 馬鹿な……そんなことが……」
「私も間違いであって欲しいと思っている。なにせ、この世界には神はもう居ないのだからな……」
城の中庭――ラナーク・アルバナードの部下達が彼の帰りを待っていた。ショートヘアーの女戦士が壁に凭れ掛かり、退屈な様子で呟いた。
「遅いなぁーアルバナード隊長……出撃の可能性があるとか言っていたけど、そもそも俺達はこの城の護衛の為に残ったんじゃなかったっけ?」
「ふふふっ、アデラったら……シリウス達が出発する時、『俺も一緒に連れて行けぇー』
とかゴネていたくせに、今回はあまり乗り気じゃないの?」
彼女に笑いながら話し掛けたのはイーダ・エンシェンと言う名の女性。ショートヘアーで勝気なアデラ・バスラーと対照的で、ロングヘアーで物言いの淑やかな彼女は、性格も対照的に見えるが、実際のところは互いに気が合い、二人ペアで行動することが多かった。
「別に、そういう訳じゃないよ。ただ、これじゃシリウス達と隊を分けられた意味が分からねぇーて事と……戦況も碌に教えて貰わず出撃なんて……ホントに訳分かんねぇーよ」
「珍しく弱気ねアデラ。でも、戦況が変わっていくなんて珍しいことでも無いし、上からの命令ならば私達はそれに従うしかないのよ」
「分かっているよそんなの……戦うことは別に嫌じゃない。ただ、何と戦っているのか分からないと言うのが嫌なんだよ」
「そうね。敵が分からないというのは確かに不安よね。ヴァリアンティスに行ったシリウスも大丈夫なのかしら?」
「あいつなら大丈夫だ。簡単にくたばるような奴じゃない。なんせ、俺の姉貴様だからな」
「ふふっ、そうね。彼女ならきっと大丈夫よね」
「そーいうこと。最初から心配なんてしてねーし」
「ふふふふっ、私達にはアルバナード隊長も付いているのだから戦力的には全く問題無い。相手がどんな怪物でも、きっと何とかなるわよ」
「そーかぁ? 魔導機動歩兵ジェンカやシルフィーは別として、他が新米の二人組じゃ戦力になるかどうか……」
アデラは二人の隊員をじ~っと見詰めた。
「ひ、酷いっすよアデラ先輩。俺達だって宮廷護衛隊になる為に、一生懸命努力してやっと魔導士の称号を得たと言うのに……なぁ、お前だってそうだろ?アルフォンゾ……」
「はははっ……まぁ、足を引っ張らないように努力します」
「はぁ~あ? お前何言ってんの。そんな頼りないこと言っているから先輩達から不信の目で見られるんだよ。もっと堂々としてろ」
「ははははっ………………」
この二人の若き隊員『アロワ・ブルーニとアルフォンゾ・ドライト』は、ラナークの隊に所属してからまだ日は浅い。それ故に実戦の経験は皆無であった。
「待たせたな、お前達……」
城内から一人の男が姿を現す。ヴァルディアスとの会談を終えたラナーク・アルバナードである。
「アルバナード隊長……」
「出撃の命令が下った。直ちに準備を整えろ」
「よし、ようやく俺達の出番か。先にヴァリアンティスに出発したシリウス達に遅れを取るわけにはいかないもんな。腕が鳴るぜ」
アデラの闘志に火がつく。その自信に満ちた笑みから不気味な笑い声が響く。
「アルバナード隊長、それで私達はシリウス達の班と合流するのですか?」
「いや、我々は特務として別行動を行う」
「え~っ!? 何でだよアルバナード隊長……先行しているシリウス達と合流するんじゃないのかよ?」
「特務と言っただろ、我々の行く先は空の向こう側……目的は次元の裂け目に逃げ込んだ怪物どもの殲滅だ」