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一時間掌編\お題モノ

作者: HaiTo

朝という一日の始まりを感じる。窓から差し込む太陽の光がベッドから飛び出ている 顔を照らす。 眩しく目を開けることままならないまま、活動を開始する。布団を蹴りあげ身を外界 に晒す。レースのカーテンを突き抜けてきた光に全身を明け渡す。横転、横転、床に落 ちる。二回転出来るほど広くないベッドから小さな音を立てながら、わざと落下する。

「いてぇ......」

カーペットも無く、フローリングの床に落ちるのは毎朝恒例だがしかし未だになれる ことはない。這うようにして椅子へ歩み寄り、支えにして立ち上がる。ちらと目に入る 机の上の初音ミクの耽美なフィギュア。

「今日は、国語――」

教科を確認しつつ大きなあくびをする。カバンに乱雑に放り込むノート群。机の上に 散らばった筆記用具をひとつに纏めて筆箱へ叩き込む。昨晩書いていた。絵を片手でま とめながらiPhoneを確認する。時間と、彼女からのメールは、無い。

「昨夜そういえばメール切ったのはこっちだったか。返信しとくか」

寝てしまったのだ。恐らく。内容はおはようだとかそういう他愛ない内容をフリック しながらパソコンの電源を入れる。厳密にはスタンバイからの復帰だ。

「毎朝もうこれが日課だなぁ。惰性はよくない」

が、まともなコンポがあるわけでも無く、かといってiPodをスピーカーに接続して、 などということもどうも好かないので、結局パソコンにつながった大きめのスピーカー から目覚めの一曲を流すことになる。曲名は――Ritaの午前10時17分――朝一番にこ の曲を選ぶ自らのセンスを讃えたい。

曲もサビに入ったところで、椅子からゆっくり立ち上がり、着替えを開始する。パ ジャマから高校の制服へ。一度すべて脱ぎ捨ててベッドに投げる。クローゼットをあけ て下着を急ぎはくと、次はシャツ。白い衣装をまといつつズボンを取り出し、腰まで持 ち上げてベルトを締める。ネクタイはせずにブレザーを羽織る。まだ暑くない春。ブレ ザーを着たところでむしろ快適になる。

「さて、降りるか」

部屋に備え付けている小型冷蔵庫からペリエを取り出し、コップに注ぎ一杯だけ飲み 下す。炭酸がまだわずかに眠気が支配していた身体を一気に現実へと導く。さすがペリ エだ。素晴らしい。授業の準備を完成させたバッグを手に部屋から出る、っと。窓を開 け放つことを忘れていたのでクローゼットが閉まっているのを確認した後、左右に散ら しながら窓を開く。春の僅かに肌を刺す寒さを感じながら、今度こそ部屋を後にする。

「おはよう」

リビングで母親に挨拶し、食卓に座る。

「おはよう啓太」

 母親が挨拶を返してくる。続けざまに新聞を読みながら珈琲を啜っていた父親が顔を あげ、声をかけてくれる。ぶっきらぼうな父だが、確かに毎日朝は声をかけてくれる。

「今日はー?」

母が俺の前に目玉焼きと味噌汁、ご飯を並べながら予定を聞く。

「普通に学校。部活やってくるから帰るのは七時すぎるかな。一年生も入ったしさ」

高校の学年もすでに二回上がり三年。新入生のことは二年生にほぼ任せっきりだが、 美術部部長としてしっかりやっているところを見せ無くてはならない。

「はい。お弁当はもうできてるからそこね」

はいはい、と答えながら目玉焼きを割りながら醤油を少量垂らしながらご飯とともに かきこみ、お味噌汁でゆっくりと流していく。ソースは邪道。滅ぶべし。

「珈琲、いるか?」

「――貰うよ」

珍しく父親が挨拶意外で声をかけてきたため、一瞬挙動が遅れたが、確かに父の淹れ る珈琲は格別に美味しい。本当に気まぐれだが、なぜか自分や母が淹れたものよりも確 かに美味しいのだ。ちょうど用意された朝食をすべて食べ終わり、食器を洗いに置いた ところで珈琲が置かれる。

「ミルクと砂糖は」

「ん、要らない。ありがとう父さん」

あぁ、と小さく頷き、父は自らのカバンを持ち上げてリビングを後にしようとする、 それを追いかける母を見ながら珈琲を口に流しこむ。

「なんでかな、わからん」

いってらっしゃい。いってきます。というやり取りが玄関で行われている。このやり とりは俺が起きて、時間通りに朝食をとっている時にはいつもやっていた。よくも飽き ないものだと思ったが、そんなものなのかもしれないな、とも彼女と俺とのやり取りを 自ら振り返り納得する。

「確かに、よく飽きないよな」

彼女は美術部三年、たった二人の部員の片割れだ。自分と彼女しかこの代は部員が居 ない。彼女は彫刻や陶芸、人形制作といったキャンパスの外の芸術を、俺はキャンパス に描かれる絵を描き続けていた。最初の一年間は先輩が三年生しかおらず、9月の文化 祭を境に二人だけの部屋になった。

「確かに、こんな関係になるのは当たり前なのかもな」

などとひとりごちる。いつも部室に行けば、相手に会える。居場所だったのだ。俺に とっても彼女にとっても。教室が居心地悪いわけではない。友達もいた。だけれどあの 高校で特別な場所は確かにあの美術室だった。放課後の誰もいない美術室。そこに一歩 踏み入れ、彼女を油絵を描きながら待つ。彼女が先に来ていたときは、木を削っていた りした。時には良くわからない粘土をこねていたり――パテ、だとか、クレイだとかいうらしい――した。

そこに行けば二人で、お互いの作業だけの音が響き、時折小さく話 す。そんな場所。付き合うのは必然だったのかもしれない。

「さて、それじゃ俺も行って来るよ母さん」

今日も彼女に会いに行く、というわけではないが、確かにそれも大きな要因の一つ だ。あの寂しかった、だけれども充実していた部室は今や十数名の人間が毎日創作を重 ねている部屋になった。少し寂しい感情があるのも確かだが、それでもよかったと思 う。ともに様々な作品を作り上げ、お互いに認め合う。そんな空間があって、とても救 われているのだから。

「行ってらっしゃい啓太」

玄関まで見送ってくれる母親。これも確か毎日やってくれていたな。なんて思う。 行ってきます、と声を放ちながら扉を開け、春の僅かに肌を撫でる暖かさを感じながら 外の世界へと一歩踏み出す。さあ、一日が始まる。



2485文字


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