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入学式会場の講堂は古臭い建物だったが、その分伝統校らしい雰囲気も感じさせた。
金ボタンに黒い詰襟学生服の新入生達が緊張した面持ちで足を踏み入れる様子は、ビデオに撮ってセピアっぽい色を付ければ何十年も昔の映像だといっても通用しそうだ。
されど今年の花は去年の花にあらず。というより今年はかつてなかった種類の花が咲いた。それも一度に二輪。
周囲から浮きまくっているかといえば実は意外とそうでもない。黒に近い濃紺のセーラー服はアナクロくも清楚なもので、講堂との取り合わせも悪くない。着用しているのも片や日本人形のような色白で整ったおもざし、片やいにしえの花の女神もかくやという愛らしいかんばせと、タイプは対照的ながら、都会の喧噪の中にあるよりはゆったりした時の流れにあってこそ一層魅力は引き立つだろう。
つまるところ彼女らの姿はその場にあって大層絵になった。それは即ち誰の目をも惹き付けたということであり。
もう勘弁してくれ。
かつてチンピラ六人に囲まれた時にも思わなかったことを哲平は心の内で呟いた。
右脇には白瀬直巳、左脇には花之舞実咲人。
一見すれば両手に花、健全な十代男子が夢見てやまないシチュエーションだ。
しかしここは本来は男子校、哲平に集まる視線は羨望などという生ぬるいレベルを軽々と越えている。そのうえ美少女の片方は文字通り自分の死命を制する力を持ち、もう片方にいたっては実は男(?)だったりするとあっては逃げ出したくなるのも当然といえた。
「俺ちょっと」
哲平は一計を案じた。まずは二人から離れることだ。このままでは式が終わる頃には髪の毛が全部抜け落ちてしまう。
「便所行ってくる。お前らは」
先に会場に、そう続けようとしたのだが。
「そうね、それなら私も。ここなら女子用もあるから。ミサトは?」
「うん、だったらぼくも」
「…………」
失敗。
だがまだだ。
哲平はトイレの手前まで来ると二人を振り返った。
「別に待ってなくてもいいよな?」
「ええ。哲がお漏らししているのでなければ」
「してるわけねぇだろ」
「昔はよくしてたじゃないの。そのたびに私に泣きついて。ああ、そういえば小学校の入学式の時にも」
「へぇー、そうなんだ、テッペイ」
哲平は速やかに男子トイレの中に飛び込んだ。
ふぅ。奴らもここまでは追ってこれまい。
他に人の姿がないのは幸いだった。これなら何もせずに出ても変に思われることはない。女のトイレはただでさえ時間がかかる。確実にタイミングをずらせるだろう。
「良かった。すいてるね」
「そうだな」
答えて次の瞬間哲平は絶句した。
「どうしたの?」
セーラー服姿の実咲人が当り前のようにそこにいた。