引越しと父親
4月も終わりになるある金曜日。
学校が終わった優が帰宅してしばらくすると父親が帰ってきた。
それは実に1週間ぶりか10日ぶりだった。
「今日、夕飯を食べに行こかー?」
父親の誘いに優の顔はぱっと明るくなった。
美香の帰りを待ち
家族は中華料理を食べに行った。
優の学校の事やサッカーの話。たわいもない会話をして美味しい夕食を済ませる。
帰宅後には修から二人へ話があった。
居間のテーブルを囲む3人。
「絹子おばちゃん覚えてる?」
「うん。」
「絹子おばちゃんがやっている喫茶店の上のアパートが空いたらしいから引っ越そうと思うねん。お父さん忙しくてあんまり家に帰られへんし、
おばちゃんは夜は家に帰ってしまうけど昼間はそばにいてくれはるから何かあった時に安心やねん」
絹子とは修の姉ですぐ近所で喫茶店の経営をしている。
大阪に引っ越してきた時に一度だけ挨拶に行った事があった。
水商売上がりの絹子から未だに漂う強い化粧品の匂いを美香は思い出していた。
「いつ引越すん?」
優が口を開いた。
「6月の始めはどうやろか?」
何しろ今のアパートから歩いて10分とかからない所だし
商店街も近くなる。駅も近くなる。
転校の心配もない。
二人は安心して引越しを受け入れる事ができた。
修は修なりに子供の事が少なからず心配だった。
それでも仕事の忙しさととストレス、麻衣子のいない寂しさに押しつぶされそうで
たまたま上司と行ったあるスナックの女(順子)に身を任せた。
しだいに順子のマンションで寝泊りする日が増え
後ろめたい気持ちが募るものの子供達を置いてきてしまったアパートへは足が遠のく一方だった。
このままではいけない
このままではいけない
と悩む末に行き着いたのが
姉の絹子が1階で喫茶店を経営するアパートに子供達を住まわす事。
子供のいない絹子ではあるが
万が一何かがあれば助けてくれる。
そんな甘い考えもあった。
それから数日後の夜8時過ぎ
3人は不動産屋の社員と一緒に6月に引っ越すアパートを見に行った。
レンガ造りに見立てたオレンジ色の外観。
3階立ての3階の一室。
間取りは玄関を入ってすぐ右側に台所。
左手の手前にトイレとお風呂、奥に居間。
その向こうには5畳の部屋が二部屋。
今、住んでいるアパートよりも一部屋少なかった。
それでもこのレンガ造り風の外観のおかげで悪い気はしない。
春の夜風が温かく
少し開けられたアパートの窓から美香の頬を通り抜けた。
家に帰ると美香は
父親から新しい通帳と印鑑を渡された。
「お父さんが帰られへん時が多いから…お金はここから引き出したらいい。
新しい京都の銀行の口座やねん。
お父さんの給料から毎月この口座にいくらか振り込まれるから
頼むな…。」
「分かった……」
なんだかもう父親は
帰って来ないのではないだろうか……。
そんな予感がした。




