ライブハウス 前半
恵と知り合ってから
まだ一週間そこそこしか経っていないというのに
美香はずっと前から恵と友達だったようなそんな気もする。
恵は美香の知らない世界をたくさん知っている。
彼女と話すことが彼女と見るものが全て新しいことに思えてワクワクする。
美香の笑顔も増えた。
この頃、
どの部活動に入るか決めなくてはならず
美香は茶華道部に決めた。
運動が苦手だった美香には吹奏楽部がこの茶華道部しか選択がなかった。
恵も茶華道部に入った。
運動部で土日や朝練習に拘束されるのが嫌で
一番、楽そうな部を選んだのだった。
中学校に入学して二週間目、
恵は美香をライブへと誘った。
姉が通い始めたライブハウス。
不良とはちょっと違ったまた別の世界。
そんな新しい世界の扉を美香と一緒に開けたくて恵はうずうずしていた。
「美香~ライブ見に行かへん?
姉ちゃんも一緒やで?
なんかええバンドらしいよ?金曜日やねんけど」
恵は気持ちを抑えきれず
朝の通学途中にもう美香を誘っていた。
「ほんまに??私…行ったことがないけど………」
美香の顔はまたしても弱々しい笑顔を浮かべていた。
「大丈夫や。姉ちゃんも一緒やし。
それに姉ちゃんな、服貸してくれるらしいねん。
ちょっと化粧も教えてくれる言うてはるわ!」
「ホンマなん??いいのん??」
美香は少し驚いた…。
そう言えばライブハウスなんて行ったこともないのはおろか
どんな所かも知らなかった。
それに出かけられるような洋服も持ってなかった。
でも加代子が大人の洋服を貸してくれること、おしゃれができることに
少しだけ期待の気持ちが膨らみ嬉しかった。
やっぱり恵ちゃんはいつも私に色んなことを教えてくれるのだと美香は思った。
なんだかドキドキした。
水曜日も木曜日も
美香の心はなんだか
そわそわしっぱなしだった。
父親が帰宅しない日が増えたことも気にならないくらいに……。
修は頻繁に外泊を繰り返すようになっていた。
妻の麻衣子を交通事故で亡くし
大阪への転勤。慣れない環境での新しい人間関係に
新規顧客の開拓…。
色々なことが彼の背中に覆いかぶさっていた。
美香は金曜日の朝に
いつもより丁寧に髪をとかした。
コームの先で生え際をきれいに分け二つにおさげ髪を結う。
とうとう今日が来たのね…。
そわそわした気持ちが一層高まる。
優は居間で二杯目のしそご飯をたいらげた。
「美香ちゃん行って来るー」とサッカーボールを手にしアパートのドアを勢いよく開けて飛び出していった。
美香は台所で食器を簡単に洗い
部屋を一通り見回してドアに鍵をかけた。
春の風が心地よくて
かすかに花のいい匂いが香る。
そんな小さな幸せを感じながら恵の家を目指す。
「おはよ~美香!」
恵は家の門から顔を出していた。
「今日やね!楽しみやわ」恵を興奮を抑えきれない様子で美香に話しかける。
五時間目の授業を終えるまで
一日が本当に長く感じた。
部活動の時間も何だか上の空で早く終わってくれることばかりを考えていた。
部活後は恵と早足で
恵の家に行く。
「あんたら遅いわ~…」
と加代子が待ちくたびれていた。
黒いワンピースを着てポニーテールに水玉のリボンを結んだ加代子。
ファンデーションにチーク、目にはアイシャドウとマスカラ、唇には赤いルージュ。
「加代子ちゃんとってもキレイ……」
美香は思わずつぶやいた。
このまだ16歳の誕生日も迎えていない少女が
美香にとっては完璧な大人に見えた。
見とれてしまう……。
「美香ちゃんもしてあげるさかい」加代子は微笑んで言った。
恵が押入れのふすまを開けて
「美香はどれがええ?」と
加代子の洋服を見せた。
押入れの中のポールにかかる洋服はどれも大人が着る
上品で可愛い物に思えて美香は感激した。
「美香ちゃんこれがええんちゃう?着てみ~?」
加代子がレース地の青紺色のコットンワンピースが掛かったハンガーを引っ張った。
大人のワンピース……。
試着してみるとぴったりで、夜は肌寒いからと上に羽織るカーディガンも貸してもらえた。
恵はベージュに大きな黒水玉のカーディガンに
黒いミニスカートを合わせ同色のハイソックスを履いた。
「恵ちゃん可愛い。なんてお洒落なの……」
美香はまたしても恵から衝撃を受けた。
加代子は恵の目に茶色のアイシャドウを薄くのばし
マスカラをつける。
オレンジの口紅を引く。
恵がより一層キュートに見えた。
「次、美香ちゃんいこか~」加代子が手招きをする。
美香は緊張しながら加代子の前に座って目をつむった。
薄い紫ともピンクとも言えないきらきらしたアイシャドウを
加代子は美香の瞼にすっと広げた。
開いた美香の瞳はそのきらきら光るアイシャドウよりも眩しかった。
マスカラを重ね、ほほにチークを乗せる。
それからピンクの口紅を塗って完成。
美香は初めての化粧に大人への扉を開けたような
なんだか恥ずかしい気持ちも入り混じり不思議な気持ちだった。
美香は加代子の化粧道具を少し見せてもらった。
真っ赤な正方形の箱の中には
マニュキュア、ファンデーション、アイシャドウ、口紅にチーク、マスカラとビューラー…
一通りの化粧道具。
それはまるで宝石箱のようだった。
「服に合わせてアイシャドウも口紅も色を選ぶねん。分かる?」
加代子が声をかけた。
美香は黙ってうなずく。
「さあコロンして行こか?」
加代子が小さな香水の瓶を取り出した。
それは大人の花の香りがする香水で
資生堂むらさき
美香が生まれて初めて目にした香水だった。




