進路の行方
暑い夏休み、東京からツアーを始めるTAKEを見に
美香と恵、加代子は一緒に上京した。
大阪から深夜バスに揺られビジネスホテルに2泊。
ライブ会場では3人とも良い場所でライブが見られて大満足だった。
メンバーを追うプロのカメラマンや雑誌のライターと思われる人や何かの関係者、
色んな特殊な人達が最前席端や柵よりも前にいる。
それは、あらためてTAKEというバンドがもうアマチュアではない事を強く印象付ける光景だった。
美香は一目達也に会ってまた抱きしめて欲しかったけれど
3人一部屋のホテルに泊まっていることやライブ後に達也が時間がない状況…
会うのは無理だった。
それでもライブを見るだけで十分、明日からまた頑張れそうなパワーをもらえ
特別な夜になった。
恵は早々と就職が決まり、ますますライブハウスに出入りするようになっていた。
内山とは男女のいざこざがあったようで別れたという。
今は他のバンドのある人に夢中で、その人のことを話す時の恵の生き生きとした顔が美香は好きだった。
加代子も月に数回のペースでライブハウスに足を運び、水曜日と金曜日だけ夜のスナックでアルバイトを始めたそうだ。
美香はプルメリア(銀座のクラブ)のこともあって なんとなく加代子に夜のアルバイトについて色々と聞いてみたりした。
8月の終わり、ついにTAKEがツアー終点の地 大阪に帰ってきた。
会場は懐かしいファンの人や新しくTAKEを知った人、関東から追いかけて来ている人、
色んな観客でひしめいていた。
美香や恵に加代子とその友達、優、優の友達…皆で作った白い横断幕に「TAKEお帰りなさい」と書いて広げた。
MCの時、一瞬達也がこっちを見て微笑んだような…そんな気がした。
ライブの後、美香は地下鉄で大阪のとあるシティホテルに向かった。
既に達也が美香の名前で部屋を取ったのでライブ後にそこに居るようにと言われていたからだ。
7階のその部屋に着いたのは午後10時を回ったところで
夜景の見える上品な部屋にぽつんと一人、なんだか心細かった。
深夜になっても達也は現れず、3時過ぎまでTVを見て待っていたけれど
そのTVの番組も少なくなり何も映らないチャンネルを不安な気持ちで眺めている間に眠ってしまった。
カチャンとドアを開く音がして美香はビクッと目を覚ます。
「打ち上げや何やかんやで遅くなってしまった。ごめんな」
達也はベッドのふちに座り、起きたばかりの美香に話しかけた。
美香は声もなくうなづき、達也の太ももに頭を寄せる。
着ている服を脱ぎ、達也はベッドに潜り込んだ。
左手で頭を支え再び眠りにつく美香を優しい気持ちで見下ろし そっと触れる。
それからまもなくして夜が明けた頃、人目を避けるようにして達也は美香をタクシーで家に帰した。
「もう佐藤さんの学費、用意できてるで~。あとはちゃんと勉強するだけや(笑)もう迷う理由がないねん」
「え?」
部屋を出る前にそんな風に背中を押してくれたことが本当に嬉しかった。
美香はまだ知らなかった。
彼女にとってこれが最後のTAKEのライブになるとは…。
早朝に煙る草木の匂い、静かな木々になんだか幸せを覚えアパートの階段を上った。
そっと自分の部屋に戻り、達也がツアーで訪れた北海道のお土産の紙袋をさっそく開けると
クッキーと瓶に入った2つのマリモ、TAKEのグッツがあった。
まりもは生きています というシールが貼られている。
北海道に行ったことのない美香は嬉しかった。
紙袋の底に茶色いもう一つの紙袋を見つけて手に取ると
それは二重の茶色い紙袋に入った現金だった…。
どういうことだろう…?学費が用意できているって 本気で言っていたのだろうか?
帯つきの札束が三つ。三百万円…。
美香は慌てて電話帳でホテルの電話番号を調べ 電話を入れた。
「大変申し訳ございません。721号室の佐藤様ですが既にチェックアウトをされております」
実際に達也の滞在している部屋番号を知らなかったので、もうTAKE一行がホテルを後にしたのか分からなかった。
後に美香は東京の達也のアパートにも電話を入れた。
留守番電話に緊張しながらメッセージを残す。
「美香ですけど…お金どないしたらええんやろう……とにかく連絡下さい」
数日後の深夜、達也からやっと連絡がきた。
「だから学費用意できてるって言うたやん。なんでビビッてんの?いつまでも家に置いといたら危ないでー。自分名義の口座を作って早く銀行に預けなさい。優と分けてもええで」
「ホンマにびっくりした。なんで現金…。でもこれは受け取れへんよ」
「もうあげたもんを返してもらっても困るでー。あとは美香が俺の期待に応えるだけやん。言っとくけど俺はこれからもっと大金を稼ぐねん。」
「…………」
この人はどこまでも先を見ている…。あまりにも自分との違いが大きすぎて美香は返す言葉が見つからなかった。
「とにかく今できる事を頑張りー。今年いっぱい頑張ってまたお金のことは来年になってから考えたらいいねん。俺も今できることをやってねん。それでええやん。また電話するから」
電話をきった後はどうしてが涙が溢れた。
優が起きてくると嫌なので慌てて自分の部屋に戻る。
消えない受験への不安や将来の心配、達也の優しさ…色んな思いが混ざり合って涙となって押し寄せてくる。
ふすまにもたれかかり座り込んで声もなく夜明けまで泣いた。
外が明るくなり夏の終わりを惜しむかの様に突き刺さる様に激しくセミが鳴く中、
でも私はやっぱり頑張らなくては…一生懸命に不安をかき消そうとした。
朝ごはんの用意をして、強制的に支度を済ませて自分を図書館に向かわせた。
「もう迷う理由がないねん…」
その言葉が美香を再び奮い立たせようとしていた。




