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早退

早退




保健室の牧田先生はとても優しかった。




美香の不安定な心までは読めないが、熱を測り 生理時の過ごし方のアドバイスもくれた。




ベッドに横たわり自分の為に仕切られた白いカーテン。




腰のだるさがどんどん増してくる。




一時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ってしばらくすると二村が優を伴って様子を見にやって来た。





「美香ちゃん具合悪いん?」





「ごめん…なんかしんどくて……」




涙で濡れた耳元の髪や、少し乱れた三つ編み、心細そうな表情を見ていた二村は





「早退して家で休むか…?」と口にした。





「うちはおとんが忙しくて迎えに来れないので僕が家まで送るか、タクシーを呼んでもいいですか?」




家庭の複雑な事情を知られたくない優が思わずそう口走る。




「親父さん忙しいんか?そうか……」





「おとんの会社には俺から電話入れます」




美香には優が父親の件に触れたくない気持ちが痛いほど分かり申し訳ない気持ちでいっぱいになった。優くん迷惑かけてホンマにごめん…。



牧田も悲しそうに泣く美香の表情を見て早く家で休ませてやりたいと思い話に割って入る。




「佐藤さん、やっぱり今日はおうちでゆっくりしたらええよ。ここで寝てても安心して休まれへんやろうし」




「ほな、佐藤(弟)は親父さんの会社に電話を入れる。で、僕が自宅まで送って行きます」




牧田が机に向かい早退届けを書き始め、優は職員室前の廊下にある公衆電話まで電話をかけに行った。二村は教室へ出向き美香のカバンや机の中身をまとめて荷造りをした。




「ホンマにしんどい時は無理せずにゆっくり休んでね」




優しい牧田の声掛けに美香はありがとうございますと蚊の泣くような小さな声で答えた。





二村は駐車場から自分の車を校舎端の保健室の入り口の前に停めると美香を助手席に乗せてアパートまで送った。




再び彼女をおぶって3階の階段まであがる。




シルクの絹子は常連客との賭け事の話に夢中で美香の早退など気が付く余地もなかった。




姪ではあるが愛情をかけたり世話をするよしみもない。正直、他人の子供同然なのだ。





アパートの扉を開けるときちんと片付いた居間が視界に入り、左の部屋ですという美香の声を聞いて彼女をセミダブルのベッドに降ろした。




「ホンマにすいませんでした…」




「ええねん。今日はゆっくり休み」




「悪いけど水を一杯もらってええかな?喉が渇いてしまって」




「先生、冷蔵庫の中にお茶があります。飲んで下さい」




「おう、すまんな」




二村は台所に入り冷蔵庫を開けた。




麦茶の入っているガラス製のボトルを取り出して近くにあるグラスにつぎ一気に飲み干した。




二杯目をついで、ゆっくりと飲み始めた時にふと冷蔵庫にマグネットで留められている写真が目に留まる。




それは達也と美香の写っている写真だった…。




カツラなのかと思うほど大きく立てられた金色の髪に真っ赤な口紅、じゃらじゃらのアクセサリー、笑顔の美香の肩に手を回して自信満々に微笑む。




あの男だ!駅に迎えに来て、美香を車に乗せていったあの男だった。




こんなチャラチャラした男のどこがいいのだろう。こういう奴は絶対に女の子を泣かす。そうに決まっている。




二村は達也のことが腹立たしくなった。




少しばかりやるせない感情で美香を見つめ「今日はよく休むように」と言うと二村はアパートを後にする。




美香は鎮痛剤を飲み、しばらくベッドの中で腰を指で押しながら休んだ。




鎮痛剤が効き始めたいぶ楽になった頃、ベッドを出て椅子を窓際に寄せて空を眺めた。




水色の雲にゆっくりと流れる白い雲。




何でもない空だった。




机の引き出しを開けると達也が置き忘れたいくつもの吸いかけのタバコのパッケージがあった。




その中から一本を取り出して一緒に入っていたライターで火をつけてそっと口に運ぶ。





それは美香の知っている達也の臭いだった。




机上には、まだなんとなく洗えずに残してある灰皿があり 達也の残した吸殻がそのままだ。




会いたい…。




ただ会ってハンバーガーを食べたり、ドライブに行ったり、食材の買い物について来てくれたこと、また急にそういう日々が懐かしくて恋しい。



もう戻れない日々への気持ちの折り合いはどうやって付けたらいいのかしら…?




折り合いが付くどころかますます恋しくなってしまう。




美香はぼんやりと夏の空を眺めて二人の思い出や達也の匂い、感触、ライブの光景を振り返った。





抱かれたばかりなのにまた抱いて欲しい。体のつながりではなくてただ側にいて欲しいのだ。横で添い寝をしてもらえる時の幸福に満ちた安心感。この途切れない安心感を渇望していた。




ふと洗面所に置いたままのフェンディのバレッタを思い出す。




今日は三つ編みにして達也さんのバレッタを使わなかったから頑張れなかったのかしら?




もう三つ編みはしないでおこう。




やっぱりあのバレッタの身につけていないと私は元気でいられない…。




そんな他力本願の念に駆られる。




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