プールサイド
月曜日の昼過ぎ、達也は新幹線で東京に帰っていった。
美香が学校から帰ってくるまで待っていた方が良かったかも知れないけど
やっぱり泣き顔を見るのがそれなりに辛い。
だから中途半端な時間に大阪を出た。
美香が学校から帰って来て夕食の支度が整った頃、東京に着いた達也から電話が入る。
「今、もう東京に着いた。また明日から元気にやろな!」
「うん……ホンマに色々ありがとう」
「またすぐに大阪に帰るから、また何かそっちに送るし」
とてつもなく寂しかった。
でも必死に堪えた。電話口で泣かなかった。
からっぽの心で夕食を作り、宿題と復習、お風呂…一晩眠っても心はからっぽのままだった。
翌日は1限目と2限目が体育で水泳の授業があり、
生理が始まった美香はプールサイドの屋根つきベンチで数人の生徒と一緒に見学をする。
夏休み直前だからなのか、プールで1kmの流し泳ぎをする皆が生き生きと見える。
輝く水しぶきに時々上がる女子の楽しそうな声と笛の音。
そんな光景をぼんやりと目にしてる間に またしばらく達也と会えない寂しさ、進路と将来への不安、まだ父親に電話を入れていないこと、達也があらためて遠くへ行ってしまったような恐怖感…。
様々な不安に襲われやっぱり自分は幸せにはなれないんじゃないか…ずっと前から抱えていた一番大きな心配事にぶち当る。
下腹部の重い小さな痛みと腰のだるさ、気が付くと目の前が涙で見えなくなっていた。
「美香ちゃん、どないしたん?しんどい?」
隣に座っていた久美子が美香の異変に気が付き声をかける?
親切に声をかけてくれた久美子に返事ができなかった。
もういやや…。どうしてこんなに不安で悲しくて寂しいのだろう?達也さんからたくさん元気をもらったはずなのに、前よりも寂しい…。どうしてもっと強くなれないのだろうか?自分が本当に嫌い。
「佐藤、しんどい?」
二村がベンチまで駆けつけた。
「すいません……」
「保健室で休もうか?」
保健委員も泳いでるから俺が連れて行きます。もう一人の体育の教師九条にそう言うと
二村は美香を立たせた。
保健委員の女子に頼めばその生徒が彼女を保健室まで連れて行くのだが、泳いでいる最中なのを理由に自らが付き添うことにしたのだ。
プールサイドの柵にある出入り口の鍵を開けてプールを出ると、靴箱から美香に自分の靴を取らせ
二村は彼女をおぶった。
「早く涼しい所で休んだら楽になるから」励ましの言葉をかけながら炎天下の運動場の端を歩いて保健室へと向かう。
二村の背中でも美香の涙は流れ続けた。激しい自己嫌悪に襲われ、何もかもが嫌に思える。でも、一番嫌なのは自分自身。弱くて、寂しがり屋でいい所が何もない。もしお母さんが生きてくれていたら私はのん気で平凡な普通の高校生だっただろうか?
自分は何の為に生まれて来たのだろう。もし幸せになれない人生だと分かってしまっても生きてゆかなければならないのだろうか?ネガティブな発想が止まらない。
美香をおぶって歩く二村は、こんな風に彼女をおぶって永遠に歩き続くことができたなら…。
僕の首に巻きつく彼女の腕に 僕への愛情が通ってくれたなら…。
伝わるはずのない切ない想いを抱えていた。




