ガーネット
達也は夕食にパスタを食べた後
たまに顔を出す静かなバーへと美香を連れて行った。
この静かな場所で美香は今日あった出来事を達也に話した。
恭子のアルバイトの件である。
それからフランス文学への興味もあるけれど
以前消えない就職の必要性など。
「プルメリアのバイトやってみたら?
ママの言いはる通り俺もいい社会勉強になると思うで。
週末だけやろ?どっぷり水商売に浸かってしまうのは反対やけど
アルバイトならええんちゃうかな?
それに銀座で働けるチャンスも皆があるわけじゃない。
時給めちゃめちゃええんやろ?週末なら俺も顔出すこと多いし、条件もええやん」
達也は意外にも美香のアルバイトに寛大だった。
「なんぼか知らへんけど美香の大学の前期の学費やったら俺がいますぐ出すわ。
そうこうしてるうちに優の学費もなんとかなるんちゃう?」
目の前に2杯目のカクテル、ガーネットが置かれた。
ザクロのカクテルで赤く光るアルコール度の高い妖艶なお酒だ。
これを飲み終えた時、まだ9時過ぎだと言うのにふわふわ気持ちになった。
今は気分がいいから大学やアルバイトの話はもういい。
いずれ父親にも進路の件で電話を入れなければならない。
電話なんでしたくなかった…。
もう私たちの為に本当はお金なんて払いたくないのではないか…?
そう思っていたとしても修がそうはっきり言ってくるとは思えない。
それならば絵美子が電話で言ってくるのだろうか?
むせ返るような不愉快な考えが浮かび、3杯目のガーネットのグラスに口をつけた。
身体に熱を帯び、さらにふわふわするなか達也とバーを後にする。
「このままどこか遠くに行きたい。行きたいねん」
「何?佐藤さん酔っ払ってんの?」
美香は頬を赤く染めて達也を見つめた。
「どこに行きたい?ん?」
暗い車内で話しかけながら達也は美香にキスをして
そのまま唇を胸元まで這わせた。
「今日は俺が返したないわ・・・」
「うちも帰りたくない」
美香は達也に巻きついた。
二人は再びホテルに泊まる。
美香を激しく抱いた後には達也は深夜の仕事のためにホテルを抜ける。
一人になると酔いも覚め、忘れかけた心配事が自動的によみがえってくる。
枕をカッターライフでめちゃくちゃに裂いてしまいたいような破壊的衝動に駆られた。
でもそんな事は出来ないから冷蔵庫を開けみると偶然にシャンパンのハーフボトルを見つけ
美香はそれを飲み干してゴミ箱に捨てた。
酒を飲むことに全く抵抗がなくなった瞬間だった。
頭の回転がにぶくなっていく中、ずっと前に達也と行った水族館の魚を思い出していた。
大人になって自由な暮らしが始まったら、熱帯魚を飼うの。
そしてそれを毎晩眺めて眠る。きっと幸せ…。
アルコールが回っていてなんだか眠りにつきたいのか眠れないのかよく分からなかった。
夢うつつのまま肩を上下させる呼吸を繰り返すうちに達也が帰ってきた。
結局、その後は頭痛に襲われ おまけに生理も始まり
美香は優に電話をさせて学校を休んだ。
達也は美香のアパートで夕方まで眠っていた。
「今日、飯はもう外で食べたから。で、ずる休みやんな~結局」
達也が出かける用事があるので美香のアパートを後にして
かなり時間の経ってから帰って来た優が美香を責める。
「生理でお腹も痛かったし、お父さんに進路の事で電話せなあかんと思ったらひどい頭痛が始まったから…」
「今朝、酒臭かったねん美香ちゃん。あれはあかんわ」
「なんで?なんでそんなこと優くんに言われなあかんの?うちだって色々あるの。色々抱えてるの!優くん大学行きたいやろ?じゃあ、うちはどないすればいいの?働いた方がええよね!
お父さんだって子供いるからうちらにもうお金出したくないと思う。達也さんがうちの前期の学費を出すからその間にバイトして優くんの学費も貯めたらって言わはってん。
けど、バイトって銀座のホステス。うちにちゃんとできるか分からへん。もう色々いややねん!」
「……俺は大学行かんでもええわ。就職でええねん。美香ちゃんは進学したいんやろ?」
「優くんの方が頭ええねんから進学よ。男だし頭のええ方が進学するんよ普通…」
優はそれ以上何も言わなかった。無言のまま自分の部屋へ立ち去る。
残された美香は、またあのとてつもない不愉快さに襲われ怒りが涙に変わる。
不確かな将来が恐かった。
どんな人生でもいいからお金を稼いで不自由ない暮らしをしてやる、人には雇われたくない!優のそんな思いはますます強くなるばかりだ。
怒りも峠を越えた頃、恭子からもらったお土産をやっと開けた美香は驚いた。
紙製の巾着の中にゼリーが6つとその上には今日はありがとうと書かれた可愛いポチ袋が。
中身は現金で3万円。
美香はあわてて恭子の自宅に電話を入れたが仕事に出ているせいか留守番電話だった。
二村は美香が月曜日に学校へ来ていないことを部活の時間に知った。
正式に新一年生のマネージャーが二人入部して
美香は最後の手伝いでその業務をもう一人のマネージャーと教える事になっていたのだ。
「今日、佐藤さんは……?」
「今日、具合が悪くて学校を休んでます。ホンマにすんません」
優の口から出た言葉と昨日の美香が重なる…。
今もあの男と一緒なのではないか?一瞬、最悪の想像が頭の中で組み立てられる。
あの男は本当に誰なんだろう?
美香のいないバレーコートは何だか色あせた景色にさえ見える。
自分の中で彼女の存在が大きすぎて苦しい。
彼女が男に抱かれて乱れている姿が勝手に浮かんできて握り締めている鉛筆をへし折ってしまいそうだった。
その日はどうしても気持ちの収拾がつかずに、なんとなく優に用事を言い付け他の部員が帰った後に遅くまで残した事を理由に個人的にご飯に誘った。
小さな中華料理屋で二人は餃子や天津飯、ラーメンを食べながら
さりげなく美香の様子を聞いてみた。
「佐藤さん大丈夫やろうか?熱とかあんの?風邪ひいたん?」
「大丈夫です。風邪って言うか…よく分からへんけど、頭も痛いし今日は学校に行かれへんって」
「学校一の人気もんやから色んな男子が心配したんとちゃうかな?(笑)」
「人気者ちゃいます、学校一のどんくさですわ(笑)あのどんくささは腹立つ。俺を怒らせる天才や(笑)」
「そんな風に見えへんけどな(笑)彼氏だったら全てを許してしまうやろうな…いや彼氏やなくても許すで?」
「あ~、彼氏も許すっていうか諦めてるんとちがうやろうか?ずいぶん気が長くなりはったと思います」
やっぱり佐藤美香には彼氏がいた…。
自分で悲しいニュースを捜して掘り当てたようなものだったが
その先をもっと知りたくて、自分を完敗の状況に追い込みたくて二村は更に聞き出した。
「佐藤さんの彼氏は同級生?年上の男?いや、俺の大学の同級生が他の高校に赴任してるけど難しい年頃だから、特に女の子は付き合う男によって成績も下がったり、外泊したり色々聞くねん。
うちの学校も例外ではないかも知れへんと思うなあ…」
「美香ちゃんの彼氏は年上でバンドやってはる人だけど、今度デビューが決まってもうすぐ東京に行きます。だから、いつまで続くか分からんけど…。まあええ人です。俺にも色々してくれはる」
「そうか……」
そいつが東京に行った後に別れてしまえばいいのに…そんな風に思った。
「にむさんはなんで大学進学しはった?就職は考えたことありますか?」
「俺は中学の時から教師になりたいって思って、実家が寺だけど兄貴が継ぐから 大学進学を選んだ。」
「へ~……。夢か……」
「佐藤は何か夢があるんか?」
「まだ色々考えてる途中です。」
「そやな~、まだ若いから焦らんでもええと思う。自分と向き合ってゆっくり考えたらええねん」
優を自宅まで送り届けた後、
二村は美香のことばかりを考えていた。
あの金髪の男はやっぱり彼氏だった。
でもあんな奴といつまでも付き合っていたって幸せになれるとは思えない。
別れてしまえばいい。
別れてしまえばいい。
美香の事を半分諦めたくて優に聞きだした事実が二村の想いをより強いものにしてしまった。




