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茶菓子

あの土曜日から美香は平常心を取り戻したようで




落ち着いた生活を送るようになりつつあった。




ただいつも頭の中には達也のことがあり




気が付くと決まって達也のことを考えてしまう。




そんな中、達也と会える貴重な日曜日に美香は




上条恭子との約束で京都駅にいた。




夕方には必ず大阪に帰って達也さんと会う。




行きの電車の中でも駅に着いてもやはり達也のことばかり考えていた。




ふと目の前に一際上品な女の人が歩いてくる。




銀座プルメリアのママ、上条恭子だ。




「美香ちゃん、待たせてしまったかしら?ごめんなさいね」





「いえ、そんなことないです」




「まずはお昼、食べましょうか?」




恭子はそう言うとこ慣れた手つきでタクシーをつかまえ




予約しておいたとある京都料理の店まで向かった。




庭付きの立派な料亭で中に入るともっと素敵な座敷に案内された。





「お料理もおまかせで頼んでしまってあるけどいいかしら?もし食べたいものがあったら教えてちょうだいね」




「はい……」





それから目の前に運ばれてくる色彩豊かな上品な料理を味わいながら





一時間余り恭子の話に耳を傾ける。




京都の人でも普段から味わえないような新鮮な京野菜に




鯛の炊き込みご飯。




美香はその豪勢な食事をゆっくりと噛んで堪能した。





食事が終わると恭子はまた行きつけであろう





小さなお茶屋に美香を連れて行った。





そこで二人は水のせせらぎを聞きながら桜の木から覗く小さな若葉を目にし




美味しい抹茶と茶菓子を頂いた。




恭子は美香について色々と尋ね始める。




美香が自分の事、達也との出会い、学校について、




一通り話し終えた時に恭子が口を開いた。




「私にも生きていれば美香ちゃんと同じ年くらいの娘がいたの。




でも、色々あってね…私の商売のこともそうだし




それで絵里香は自分で命を絶ってしまった」




美香はどう相槌を打ってよいか戸惑った。




「ごめんなさいね。こんな話を聞かせて…美香ちゃんを見た時に




なんだか絵里香に似ていたものだから。思わず誘ってしまったの。




たっちゃんとは少し離れてしまうけど きっと心配ないわ。




そうだ美香ちゃん、卒業したらうちのお店でアルバイトしない?




金曜日と土曜日だけ。新幹線代も出すわ。泊まる所も用意する。




そうすれば毎週、たっちゃんに会えるじゃない?ねえ?」




「え??でも うちなんか……」




「美香ちゃん、あなたは美人だわ。これからもっともっと美しくなる。まだ18だもの。




今のままでも銀座で十分に通用するわ。若くて可愛いからただ座って笑顔でいるだけでも大丈夫。




きっとあなたの生活をもっと豊かにしてくれるお給料が舞い込むから。




それに何よりいい社会勉強になるわよ。色んな業界のお客様とお話をする一番の機会。




でもこれこそ、たっちゃんの許可が必要ね。うふふ。




私は美香ちゃんの顔が見られると嬉しいわ。」




思いがけない話の展開に美香は驚いた。




「でも、まだ卒業まで一年もありますし…」





「あら、一年なんてすぐよ。本当にあっという間。たっちゃんを一年かけて説得すれば最後には折れてくれはるかしら?きれいなドレスを着て、髪だって毎回 美容院で結ってもらえるわ。悪い話ではないと思うの。どうかしら?」




「………」




「気長に返事を待っているわ」




「私、まだ就職するか進学するか決めてないんです。弟もいるので私が就職すれば弟は大学に行けるだろうし…。達也さんはこれからは学歴やって言うけど



うちは父親が再婚してますから二人とも進学するのは無理だと思うんです」





「あら、銀座のバイト大で学費だって払えるのと違うかしら?ボトルバックの関係もあるけど一晩で3万6千円は必ず稼げるわ」





「そんなに…?」





「そうよ。この世界は辛い事もあるけど華やかでやりがいはある。





辛いと言っても、本当に辛いのはこの仕事を本職にしている女の子。




週末なら色んなお客様が来はるから営業をかける必要もないわ」





口の中で甘い餡子あんこがざらざらと溶けてゆく。




ほろ苦い抹茶が本当に美味しい。




桜の木の枝から顔を出す新芽の様に少しだけ新しい道が開けそうな予感がした。





美香はお昼をご馳走になったこと、美味しいお茶とアルバイトの話を頂いたこと、




全てに対して丁寧に礼を言った。





「私はもう少しだけぶらぶらして東京へ帰るから




美香ちゃんまた会いましょう。」





恭子はお茶屋のお土産、和菓子の詰め合わせを美香の手に持たせた。





「頂けません。食事もご馳走になったのに…」





「いいのよ、うちの気持ちよ」





美香は返って申し訳ない気すらしてタクシーに乗り込んだ。





流れる夕暮れの景色を見ながら





自分の進路についてぼんやりと考えた。




やっぱり進学しようかしら…。フランスの雑貨が好きで




大学でフランス文学が学べることをなんとなく知っていた。




もし、大学へ行くならばフランス文化を学びたい。





実はそんな小さな希望もあったのだ。





大阪駅につくと公衆電話から達也に電話を入れた。





達也を待っている途中に変な男に2人組にしつこく声を掛けられたので





美香は恐くなって場所を変えて立った。





この時間に大阪駅に着いたことが、変な男に声を掛けられたことが、





立ち居地を変えたことが…いくつもの偶然が重なり





大学の友人と夕食にと駅で待ち合わせをしていた二村が





美香の姿を見かける。





二村は息を呑んだ。





薄い薄いグレーに濃いピンクの小花と青緑の草柄が映える胸元の開いたロングワンピースに同じくグレーのニットカーディガン。





なんて大人っぽいのだろう…。





学校で見せている顔とはまた違った顔で二村は声を掛けることなんで出来なかった。





うつむき加減に丸い支柱の前で立っていた美香の前に髪の毛を金色に染めた男が現れ





その瞬間に彼女は無邪気な笑顔を男に見せた。





美香の横顔もサングラスを上げた男の横顔も文句なくいい笑顔だった。





そのことが二村の胸にぐさりと突き刺さる。






二人を目で追うと手を繋いで向こう側に行き





停めてある黒いセドリックに乗り込み他の車の流れに沿って視界から消えていった。





信じられなかった。佐藤はあんな年上の男と付き合っているのだろうか?





親戚の兄ちゃんかなんかであって欲しい。




そうだ、従兄弟かも知れない。





自分の都合のいいあらゆる可能性を並べた。





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