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後楽園ホール

11月。




TAKEの兄貴分バンドであるFolgersがメジャーデビューをした。





達也と何度かFolgersを一緒に見に行き





打ち上げにも数回出たことがある。





CDの発売や春に後楽園でのライブが既に決まっているそうで





なんだか夢のような話に達也も興奮気味だった。





「CDやねん。ホンマにすごいわー、のりさんがパスからパス出してもらえるから 皆で東京に見に行こうや」





「すごいなー…」





「俺らももっと頑張らなーなあ!」





時代はCDの普及にまっしぐらで、光GENJI最大のヒットシングル「パラダイス銀河」が発売されたのもこの年であった。






その日、達也はバンドの練習の後にデパートに寄り





ケーキを買って美香の家を訪ねていた。





夕食に3人でカレーを食べ、ゲームをして





居間はいれたての珈琲の香りで包まれ





タバコの煙が静かに立ち昇る。





この珈琲すら達也が実家に山積みになっているお中元品の中から持って来たものだ。





何でもない日にケーキが食べられる。





それはまだ美香にとって非日常だった。






ファミコンをして無邪気にはしゃぐ二人を見ながら





ケーキを口に運び珈琲をすする。





どうかこの幸せが長く続きますように。




何年経っても達也が私を大事にしてくれますように。




そのためならば私はやっぱり何もいらない。




守のことなんてもう忘れます。




少しでも心が揺れてしまった私を許して下さい。




絵美さんに子供が生まれたから見に来てねと




病室から手紙をもらったのに無視してしまった事を許して下さい。





珈琲の苦さが美香にいくつかの事を懺悔(ざんげ)させた。





それからTAKEは京都や名古屋、東京でもワンマンができるようなバンドになっていった。




そうなるまでには色んな苦悩や悔しい思い、失敗と屈辱…。




沢山の弊害があったはずだが




達也はそれを美香の前では見せなかった。




美香のいない打ち上げの場で喧嘩を吹っかけられたり




心無い中傷や悪口と渦巻くうわさ…。




いくつもの苦い経験はぐっと胸にしまい不敵のふりを貫いた(つらぬいた)。




そうしていれば いつかは本当にそうなれるから。





人気のあるふりをしていれば人気はついて来る。




不敵のふりをしていれば不敵になれる…。




達也にはそんな思いがあった。




誰よりも強く望んでいれば手に入れたいものは全て手に入る




なりたいものに なることができる。




優もその言葉に影響を受け始めていた。





俺が手に入れたいものは…




なりたいものって…?




高校生ながらまだ形のない将来の構想を練り始めていた。






クリスマスの夜、ライブを終えた達也はその足で美香と




シティホテルに一泊した。




豪華な家具や素敵なじゅうたん、ふかふかの大きなベッド。





美香は、世の中にこんな素敵なホテルがあって





自分がそこに泊まるなんて想像したことがなかった。





実家の新聞屋組合の関係で取れたその部屋はゴージャスそのものだった。





生まれて初めてシャンパンを口にして





宝石のように散りばめられた夜景を窓越しに眺める。





幸せすぎて自分が自分でなくなりそうだ。





胸にはもらいたてのシャネルのネックレス。




「幸せすぎてなんか怖い……」




気が付くとまたネガティブな言葉を発していた。




母親が亡くなったあの日から




美香は自分がなんとなく幸せになれないと思い込んでしまっている。




いつかは達也とも別れる日が来るのでは…




愛された分だけ残りは辛い日々が待ち受けているのは…





いつも不幸せな結末しか想像できない。





「幸せすぎることなんかないねん。




これからもっと楽しい事が起きて幸せになるねん。




毎年だんだん幸せになってるやろ?ノンストップやねん」




達也は残りのシャンパンをがぶがぶと飲みながらそう豪語する。





でも達也は知っていた。




その憂いを帯びた潤んだ瞳が愛しくてしょうがないことを。




決して裏切らなれない安心感を。




連れて歩けばその美しさに皆が振り返る。




その心も体も完璧に自分のものであるという この上ない快感。




かーっと沸き騒ぐ血に任せ 無抵抗な彼女に激しく体を重ねてその夜は更けていった。






春休み、美香と優は達也の運転する車で後楽園ホールにFolgersを見に行った。




大きな会場、CDにグッツ販売。




何もかもがインディーズバンドとは規模が違う。




TAKEのメンバーにとってはいい刺激となった。





優は東京という場所に大きな影響を受ける。





全てのものが集まっている街。





僕はここで生きてはゆけないだろうか…。




なりたいものは まだ分からない。




でも人に雇われずに金儲けをしたい。




誰にも指図されたくない。




金を手に入れれば何の不自由もない生活が手に入る。





僕はそれが欲しいのだ。




優が小さな野望に触れた瞬間だった。





「たっちゃん、美香ちゃん 久しぶりやな~。




なんか懐かしいわ…。ホンマに来てくれてありがとう」




ライブ後、楽屋でリーダーの のりさんは噴出す汗を拭きながら




笑顔で皆を迎えてくれた。





「俺、ライブで泣いたねん…なんや色々ぶわ~と思い出してしまってな(笑)」





「俺も泣きましたわ、今日」





「うそやん(笑)たっちゃん」





のりさんは元気そうだった。




楽屋で皆で写真を取り 小さなホテルで一泊をして




朝早くに大阪へ向けて出発した。






後部座席に座る優は




話しかけてくる達也に相槌を打ちながらも




自分の将来について またぼんやりと考えていた。





美香ちゃんは…いい男と結婚したら幸せになれる。




可愛い子供を設けて家を買って…




でも僕が幸せになるためにはお金が必要だ。





東京で高級マンションを借りて好きな車を所有して都会的な生活で自分を満たしたい。




いい大学に入れれば全てが手に入るのだろうか?




東大……。




ぼんやりとした思考の中




初めてはっきりと具体的な進路が見えかけた気がした。




壊れるような家族ならば始めから作るべきではない。




だから僕は誰とも結婚しないのではないだろうか…。




それならばそれでいい。




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後楽園ホール(12/12)



家庭環境のせいで




優は密かに自分のファンクラブが存在するというのに女の子にあまり興味がもてなかった。




女はおしゃべりだしすぐに泣くからめんどくさい。




これが率直な思いで




泣き虫な美香によく呆れることもあった。




それから美香に色々な物を買い与える達也の気持ちも理解しがたいもので




別れてしまったら何も残らないのに どうしてあんなにも惜しげなくプレゼントができるのだろう…。




「付き合ってもいつかは別れる」



優の頭にはその結末しかない。




だからなんとなく達也と美香もいつかは別れる。




そう思っていた。




ずっと平穏でいられる日々なんて存在しない。




冷めているかも知れないけど世の中はそういう風にできている。




それが優の考えだった。





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