秘め事
優は言っていた通りにバレー入部を決めた。
副顧問が新任の二村という保健体育の教師で
この二村は美香のクラスの副担任だった。
優は身長が高いので初心者ながらレギュラー入りを期待される新人で
ボール拾いも体力作りのトレーニングにも真面目に取り組んだ。
二村は今年、副担任ながら初めてクラスを持たせてもらえることに
仕事への意欲がさらに増した。
どんな生徒にも親身になって接する。そんな意気込みを持っていた。
でも一学期の終わり頃からある事に悩まされる…。
美香の存在だった。
美人で優しい、クラスでも皆が認めるその美しさは
高校生になっても彼女を自然に有名人にしてしまう。
でも本人はそのことを決して認めたくなかった。
中学の時のような嫌な思いはもうしたくない。
ライブに来る女の子達にも敵対心持たれ
自分が妬みの標的になりやすいことはよく分かっていた。
だから、出る杭はもってのほか 引っ込んでいる杭でいなくては。
学校ではうんと地味にしているつもりだった。
人の悪口は極力言わない。
同意しただけでもうわさ上、時に自分が主犯格になりうることもあるのだ。
それも中学の時に学習した。
素敵な友達もたくさんいると思う。でも人付き合いはいつでも難しい。
いくつかのトラウマもあった。
自分の笑顔が人を不愉快にしてしまうこともある。
自分の存在が人の恋の邪魔をしたり、人の恋を終わらせてしまうこともある。
「だいたい皆に好かれるちゅうのは始めから無理やねん」
やっぱり達也が正しかったのだと今更ながらに思う。
二村は美香のことが気になって仕方がなかった。
どんな性格で何が好きなんだろう?
学校以外ではどんな風なんだろう?
でも、その気持ちを人に悟られることは許されない。
自分は教職者。生徒に健全な教育とそのための場を与えるのが仕事。
そうやって自分の教師としての威厳を保った。
バレーという新しいスポーツは優にとって最高に熱中できるものだった。
チームプレーの醍醐味。
ますますバレーにのめり込んだ。
センターである小田先輩が上げてくれるトスが一番打ちやすかった。
小田守は気が付いていたのだ。
優が美香の弟であることに…。
一年生の二学期に偶然美香を見かけた日からその可愛さが忘れなれない。
完璧な美人。
月曜日の朝礼がある度に、学年集会がある度に美香を探して目で追った。
優はTAKEのライブに行って以来、日に日に達也と親しくなっていった。
修の再婚についても優から耳にしたほどだ。
その頃からアパートにも堂々と上がりこむようになる。
達也は美香だけでなく優も一緒に外食に連れて行った。
夏休み後、部活から3年生が引退し、バレー部の部員が激減した。
3人いたマネージャーも1年生の里美一人になってしまい
優は時々、美香にマネージャーの手伝いを頼むようになった。
ただジャージに着替え、センターの守にボールを一つずつ渡していったり
ボール拾い、ミニゲームの点数をめくる係りの簡単な手伝いだった。
秋になり日が短くなり始めた頃、
学校の付近に痴漢が出たというプリントが全校生徒に配布された。
優は美香がレイプされるのではないか…と口には出さないが本気で心配していた。
もし、そんな事が起きてしまったら
もう一生立ち直れないだろう…
達也がいたとしても一生が台無しになる。
どういうわけか そこまで鮮明なシナリオを頭の中で描くことができたのだ。
だからマネージャーの手伝いを頼んだ日も、手芸部に出た日も ほとんどの日を一緒に帰ることにした。
優に合わせて帰宅時間が遅くなるので生活のパターンも変わっていく。
夕食の支度は 前日の夜や当日の朝に済ませて冷蔵庫に保管し食べる前に火で温める。
お米のセットは朝に済まして夕方7時に炊けるようにする。
とんかつや天ぷら…手間のかかる料理は週末のみ。
食材の買い出しは達也が車で連れて行ってくれるようになった。
手芸部ではミシンで小物を作るのがすごく楽しい。
ふで箱やティッシュカバーにエプロン・・・色んな物の作り方を覚え、文化祭に向けては教室を回って綿古着や古い布を集め、大きなパッチワーク作品を皆で作る。
二村はまだまだ十分着れるはずのチェックのシャツを手芸部に寄付した。
文化祭の用意を始めた頃、美香はある自分の気持ちに気が付き始める…。
バレー部を手伝うようになってから
ボール渡しをするようになってから
守のことが気になるのだ…。
はっきりした顔立ちの達也とはまた違った さわやかですっとした切れ長の目に清潔感のある短い髪。
コートの内外で絶えず部員に気を配り指示を出す司令塔。
でも、守を好きになるなんて許されない。
許されないというか、自分には達也しかいないのに好きになったところで何があるというのか?
守のことが好きな人だっているかも知れない。
一時の感情で誰かの望みや幸せを壊すことは限りなく罪に近い。
やっぱり男たらし…
気が多い女の子は幸せになれない。
自分で自分に嫌気が差した。
それでも気が付けば守を目で追ってしまう。
苦しかった。
押入れの中の洋服の80%が達也から買い与えられたものであり
もう何年も前から自分のことを見ていてくれたのもこの人。
入学祝に腕時計をプレゼントしてくれたのも
親でも親戚でもない。
達也だ…。
何度泣いて、何度なぐさめてもらい 何度勇気と元気をもらっただろう…。
達也を知らなければ今の私はいない…。
沢山の初めてを経験したのも
この人がいたから。
私は生き方すらこの人から学んだ…。
美香は悲しい秘めごとを胸の奥にしまった。
一年生が入ってきたら、どうにかして優にマネージャーを見つけてもらおう
そう考えた。
何も知らない達也は
美香の誕生日に新曲のデモテープを発売した。
Special Thanksの最後に"M-YS"
美香-優佐藤と秘密の暗号。
デモテープリリースは音楽誌のインディーズコーナーに1ページの特集を組まれ
ライブの記事とともに大きく載っていた。
達也が買ってくれたフランス製のいい匂いがするクリームを
毎晩少しずつ指先にすり込むのが美香の日課になった。
彼への気持ちを忘れないように、
自分の気持ちがもう揺らぐことのないように
戒め(いましめ)にも似た気持ちを込めて…。




