聖域
再び大阪でライブをコンスタントにやるようになった頃、
ファンの間で美香と達也の関係が大きなうわさになった。
達也はどこまでも大胆で動じない。
「俺は、ファンの皆が大事やねん。俺らの音をライブをいいと思って来てくれることに感謝してんねん」
その一点張りだった。
ある日のライブで関係者席にいる美香を数人の女の子のグループが何度も振り返って見ていた。
とてつもない居心地の悪さと 直感的に身の危険を感じ
訳を話した後、先に帰ろうと恵を残して途中でライブハウスを出た。
たまたま入り口にいたオーナーに声をかけられ
美味しいチョコレートが手に入ったから食べないかと強引に誘われ
困ったように笑いながら小さな控室に案内されるしかなかった。
「TAKE最近がんばってるなあ。なんか成長したと思うわ
もしかするともしかするかも知れへんぞ」
オーナーの言っている意味がよく分からなかったので曖昧な笑顔を浮かべて聞き流した。
「まあ、今乗ってきてるから沢山支えてやってな」
「はい…」
そうこうするうちにTAKEの出番が終わり5人が汗だくで控室になだれ込んでくる。
「何してんねん?」
「ごめんなさい…もう帰ろうと思ってて」
ファンの中に恐ろしい女達がいるなんてメンバーの前では言えなかった。
「たっちゃん、俺が声かけた、許して(笑)」
くわえタバコのオーナーがパイプ椅子から手を伸ばしグラスにウイスキーをつぎ足す。
「めぐちゃんは?」
ハハっと笑ってオーナーをかわした達也が少しだけ鋭い目で美香に聞いた。
「恵ちゃんおいて来てしまった……」
「ほな二人で今から帰りー」
本当は家まで送って欲しかった。
もし、あのじろじろ見てくる人達と帰りに遭遇したら…
考えるだけでも恐ろしくて体が、胃が痛くなる。
達也は控室から直接外に出られるドアを開けて
すぐに恵を見つけて連れてきた。
「美香ちゃん…」
「恵ちゃん帰るって言って途中で抜けてしまってホンマにごめんなさい」
「香澄と詩織たちやんなー?」
「……………」
「あつら達也さんのファンやから」
「何かされたん?」
達也が口を挟む。
「ライブ中は何もしてこーへんけど 美香ちゃんのことじろじろ見るんです。いまにも文句言ってきそうな感じで」
メンバーやオーナーまでもがいる前でそういう話題になり
なんだか自分が問題児のような気がして情けなかった。
「女はホンマに怖いなあ…」
メンバーの誰かがつぶやく。
「まあ、気にせずに堂々としとったらええわ」
皆の手前、達也は気丈に振舞う。
その日、達也は結局 美香と恵を控室に残し
機材の片付け、ミーティングが終わった後に家まで送った。
「うち、しばらくライブ行くのやめる」
すっかり弱気になった美香が達也に訴える。
「来るか来ないかは自分で決めや
ただライブ中は俺も目が届かんねん。それでもし何かあってもいややしなあ…心配は心配やわ…。
何?あんたら金も払わんで私のこと見てるん?タダでいつまでもじろじろ見とったらしばくぞコラー!!って自分で言えるならええけどな(笑)」
自分で言っておきながら達也はそれがおかしくて笑っていた。
信号待ち、ふときがつくと今夜は満月で
その神秘的な光を浴びる たおやかな美香に触れずにはいられなかった。
達也にとって彼女は聖域…。
美香の存在が真夜中過ぎの新聞の積み下ろしや広告の挟み込み作業、
バンドで頑張る活力を与える。
誰にも触れさせたくない 誰にも渡したくない…
自分だけが足を踏み入れる事ができる神聖な領域なのだ。
だからもし その聖域がこれからも守られるならば美香のいないライブハウスでも良かった。




