メンバーチェンジ
一学期の終わりに恵も初潮を迎えた。
夏休みに入ると優は部活の練習で
ほとんど毎日朝から学校へ行く。
美香は夏休みになってもお弁当作りに追われ
朝からしっかりたべる優のおかげでお米をかす量も増えた。
優の一学期の成績は 美術の3以外を除いて残りはほとんど5を取っていて驚くべきものだった。
この多感な中学生の間にその負けん気の強さを更に増し
自信をつける事になる優。
人格形成もこの頃に完成したと思われる。
美香の方は家事に追われながらも
宿題や図書館通いと読書、恵の買い物 達也とのデートを楽しんだ。
達也の美香への興味は薄れることがなく
むしろその興味はわくばがりだった。
薄着の夏に
ふと美香がブラジャーを着け始めたことに気が付く。
抱きしめた時の背中の感触で分かったのだった。
今まで知り合ったどんな女の子よりも大事にしたい。
知らない間にそんな思いが芽生えていた。
9月には自然教室と言って3泊4日のキャンプあり
美香は4日間も一人になる優のことが心配でならない。
優にご飯の炊き方を教え、簡単なおかずの作り方を教え込んだ。
その自然教室を翌日に控えたある日、
恵から思わぬ話を聞く。
「姉ちゃんから聞いたけど、KENTAさんがバンド抜けるらしいで」
「ホンマ?どうして?」
「理由はよう分からんけど…他のバンドに入るみたい」
「なんでやろ…」
健太はベース。バンドのメンバーチェンジは時々あることで
そう珍しいことではない。
音楽性の違い、メンバーの不仲。女の取り合い。就職。理由は幾通りもある。
ただ中学生の二人には大きなとてつもなく出来事のように思えた。
「皆、大丈夫やろうか?」
「姉ちゃんはサポート入れればライブはできるって言うてる」
「そっか…。でも何か心配やね」
「うちも心配や~」
美香は達也の事が一番心配だった。
でも、私が電話したら
うっとうしいだけ…。
だから…私には何かできるのだろうか?
もう自然教室のことはどうでもよく
そのことばかりが気になった。
翌日、6時半にジャージにリュックで登校し
クラスごとにバスへ乗り込む。
バスの中か終始にぎやかでゲームをしたり
キャンプファイヤーの時の出し物の話をしたり
笑い声が絶えなかった。
宿泊は大きなバンガローのような施設で
女子3クラスずつが一つの大部屋で寝る。
美香と恵はそこで違うクラスの新しい友達ができた。
バンドが好きな女の子達で
次のTAKEのライブに4人で一緒に行く約束をした。
当時はインスタントカメラがまだ安価に普及する前で
ライブにカメラを持っていける子は少なかった。
恵が生徒手帳に忍ばせているTAKEのチラシを4人で仲良く眺める。
「このボーカルの人、かっこええわ~」
そんな声に一瞬ドキッとする。
この子、達也さんのファンになるのかしら…?
なんだか嬉しいような嬉しくないような
ちょっとだけ複雑な気持ちになった。
キャンプファイヤーやカレー作り、
肝試しに山登り。
それは思ったよりも楽しかった。
3泊4日はあっという間に過ぎ
バスは夕暮れの学校に着き学年主任の話を聞いた後に
皆バラバラと家路につく。
美香はまっすぐには家を目指さず商店街の弁当屋に寄った。
ミックス弁当を2つ買い 閉店間際のパンやでクロワッサン
肉屋で明日のハンバーグの為の材料を買って一人で帰宅した。
「優くん?」
美香は玄関を開くと同時に声をかける。
「あっ帰って来たん?」
「弁当あるよ。あ~やっぱり家が一番。ホッとするわ」
優はまだ温かい弁当を受け取ると
さっそく広げて食べ出した。
美香はリュックを下ろし、部屋でジャージを着替え
手をきれいに洗ってから食卓につく。
「明日、学校ないん?」
「うん。ないの。二年生だけね…」
「セコイわ~」
キャンプに行った二年生のみ土曜日の登校が免除された。
美香はそのことが嬉しくてたまらなかった。
この4日の間にたまった洗濯やそうじ、
食材の補充。
なんでも一気に片づけよう。
そんな風に考えた。
「小林からまた電話あったでー」
「えっ?いつ?」
「昨日やけど、小林って誰?」
「あ…ライブを見に行ってるバンドの人。チケットの話かな…」
達也が電話をくれていたことにびっくりして胸が躍った。
優は美香が誰か男と電話をしているのに気が付いていた。
それが多分、小林という男であるということにも
なんとなく気が付いていた。
それから入部したサッカー部の二年生の先輩から
美香に好きな人がいないか確かめて欲しいと頼まれたことも
美香には言わなかった。
先輩にも分からないとごまかした。
入学して一学期が終わる頃までに
美香が容姿端麗で学校中で有名なことも優は知っていた。
母親を亡くして今では父親も家に帰って来ず、
間違えなく普通の家庭環境とは言えない。
だから何かいいことがなければ不公平だ。
優はそんな怒りにも不満にも似た強い気持ちを秘めていた。
美香はこの日、先にお風呂に入り
久しぶりの家風呂に浸かる幸せを満喫した。
続いて優が風呂場に行ったので
その間に達也に電話をかけてみた。
「もしもし!」
「佐藤ですけど…」
「美香ちゃん、おかえりー」
今回は達也が電話を取ってくれ少しホッとする。
「キャンプは楽しかったん?」
「はい、楽しかったです。
あの………」
「何?」
「何でもないです。すみません」
健太がバンドの抜ける話を切り出しそうになったが辞めた。
もしも達也を不愉快にさせたらと思うと恐くて何も言えなかった。
「あのな…俺達の誕生日に間に合わせて新曲を作ってたけど
健太が抜けることになって ちょっと間に合わへんわ」
健太はメンバーの中でも音作りに長けて(たけて)いた。
その健太なしでは現状、曲作りは難しい。
AKIが必死に新曲作りに励み出したがそれには
もう少し時間が必要だった。
美香は返事につまった。
大丈夫!そんな風に軽々しく言うのは失礼だと思う。
「美香ちゃんごめんな」
「いえ、そんな…私は達也さんが心配で…」
「優しいなあ、やっぱり…」
苦笑の後に達也の小さなため息が電話口から聞こえる。
「けどな、俺らは頑張る!もっとええメンバー見つけんねん」
「あの、うちキャンプで違うクラスの新しい友達が出来たんです。
次のライブに皆で一緒に行こうって約束して。
麻利子ちゃんて子が 恵ちゃんの持ってたチラシを見て
達也さんの事がかっこいいって言うてはった」
「あ~嬉しいなあ(笑)」
達也が少しだけ元気になったような気がした。
「あとな、体育の日 学校休みやろ?
須磨水族館行かへん?誕生日だから連れて行ってあげようかと思ってねんけど」
「え?ホンマ??」
「ホンマよ(笑)」
「どないしよう…」美香は思わずつぶやいてしまった。
「どうないしようもこうしようも(笑)行こうや」
「はい…でもホンマにいいのかなと思ってしまって」
「誕生日やん!バチは当たらへんから安心し(笑)」
美香もつられて笑ってしまった。
「ほな体育の日は10時半に迎えに行くから用意しといてな」
こんなに幸せなことが起きていいのだろうか?
そんな後ろめたさにも近い気持ちに襲われながらも
美香はさっきまで話していた達也の声を思い出しながら
今の机でテレビをぼーと見ていた。
達也は私のヒーロー……。
そんな思いが後に美香を苦しめることになるとも知らず
温かいほうじ茶を入れて再び頬杖をついた。
TAKEの次のライブは達也の誕生日10月6日で日曜日だった。
中間テストまでにはまだ時間がありライブを楽しむには絶好の時期で
新しい友達と加代子を含む5人で出かけた。
「今日、TATSUYAさんの誕生日やねん。そやから1曲目が終わったらハッピバースデ皆で歌うでー」
加代子はファンとAKI達の間で立てた計画を恵や美香に伝える。
健太の代わりにはサポートである短髪の知らないバンドマンがステージに立ち
1曲目が終わった時にメンバーのエレキギターに合わせて誰からともなくハッピバースデーの歌が聞こえてきた。
二人の女の人がステージに向かって花束を差し出す。
そばで一台のカメラのフラッシュが光る。
「サンキュー」
なんだか照れくさそうな笑顔を浮かべて達也が叫んだ。
ライブ後は初めてTAKEを見た二人の興奮がまだ冷めやらない。
「やっぱりTATSUYAさんかっこええわー好き。ホンマに好き!!」
麻利子が同じ言葉を何度も繰り返す。
沙織は「うちはAKIさんがええ」と加代子と意気投合した。
加代子は麻利子や沙織をメンバーに紹介し
美香は元気そうな達也の姿を一目見ることができて安心できた。




