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日曜日

朝8時頃に目を覚ますと




優は既に起きていてテレビを見ていた。




「優くん おはよう。ご飯食べたら買い物に行かへん?お菓子も買おうか?」




「ええよ!」




優は嬉しそうに即答した。





美香は台所でホットケーキを焼く。




居間には甘い香りが漂った。




日曜日の朝には決まってお母さんがホットケーキを焼いてくれた。




そんな習慣をいまでも美香は続けている。





台所から振り返るとふと電話が視界に入った。





思い出したように慌てて受話器を正常な位置に戻す。





朝食の後、




優と二人で出かけた。




商店街は日曜休みのお店が多いので




少し遠くにあるスーパーまで歩いた。





来週…あまり商店街へ行かなくてもすむように




なるべく沢山買おう。




しかしながら家にはまだ電子レンジがなく




食品の作り置きは現在ほど容易ではなかった。




魚や肉はやはり頻繁に買いに行かなくてはならない。




それでもあの商店街になるべく近づかない為の工夫を一生懸命にこらしていた。





昼食にはサンドイッチこしらえて食べると





それから、優が夕食に一人でラーメンを作る際に必要なネギを刻んだりもやしを用意した。





美香がそろそろ恵の家へ出かける頃、




優の友達が遊びに来た。




三人はサッカーボールを持ってすぐに練習に向かう様子で




「暗くなる前に家に帰りー。優!聞いてんの?」と声をあげた。




「分かったー」と言う返事を聞き美香は家中を見回す。




それからゆっくりとドアに鍵をかけ恵の家へと向かった。





恵の家にあがると




加代子は誰かと長電話をしていた。





美香は恵の部屋でりんごジュースを飲みながら二人で雑誌を見て過ごした。





加代子は電話を終えると




「美香ちゃん、当券かな?受付で見に来たバンドの名前を言えば買えるから。2000円ある?」




「ありますー…」




当券とは当日券の事で見に来たバンド名を申告する事でそのバンドの売り上げに加算される仕組みになっている。





加代子が化粧を始めたので




恵も美香も加代子の部屋に移った。




加代子の化粧箱の中身は以前よりも明らかに増えていて




大人に変身する為の道具がひしめいていた。




火曜日から金曜日、土曜と日曜…ライブのある日は休みを取るものの




加代子は業後の時間のほとんどをアルバイトに費やしていた。




プラス鍵っ子姉妹にはご飯代とお小遣いが渡させるため




加代子の使えるお金は高校生にしては高額だった。





化粧の後は髪をドライヤーでブローしてふんわりと仕上げ加代子の支度が終わる。




加代子の化粧の仕方がとても手際の良いものに思え美香は感動した。




私も高校生になったらバイトをしてこんな風にお化粧を始めるのかしら…?




こっそりと未来の自分を想像したりしてみた。






白地のコットンにピンクと赤の薔薇、グリーンの葉がプリントされた




女の子らしいふわっと広がるシルエットのロングワンピースを加代子が美香に貸す。




「このベルトしたらもっとええわ~」




へその少し上で白い太めのベルトを巻いた。




ベルトを使ったのも、ロング丈のワンピーススカートを着たのもその時が初めてだった。




加代子はバイト代で買ったばかりの この半そでのワンピースを自分が着る前に美香に貸してくれたのだ。




美香は本当に嬉しかった…。




「加代子ちゃん…ええの?ホンマにありがとう」




なんだか申し訳ない気持ちすら湧き上がる。




髪は縛らずに白いカチューシャで前髪の全てを上げた。




赤いポシェットに白いスリッポンとカーディガン。




恵は紺地に山吹色、若草色と白の南仏調の柄



長袖のツーピースに分かれているシャツを来た。




美香が前回 貸してもらった紺色のローヒールパンプスを履く。




髪は前夜に細い三つ編みを沢山して付けた細かいソバージュ。




加代子は体にフィットする黒いミニ丈のワンピースにゴールドメッキのチェーンベルトを巻き



黒いストッキングとクラッチバッグにハイヒール。




後に本格的にブームとなるバブル期を象徴する




いわゆるボディコンファッションの走りに身を包んでいた。




どうもテイクのライブの順番が一番かも知れないという事で




5時には駅に向かう。





ライブハウスに着き




加代子はチケットを持っているので予約済みの恵と当日券扱いの美香が受付で止まる。




加代子は先に中に入っていった。





優とスーパーに行った時のお釣りの残りから2000円を支払った。






言われていた通りやはりテイクはトップバッターで




美香の胸にまたあの時と同じ衝撃と感動が走った。




しかしライブが終わると外はもう暗くまた明日から学校に行かなければならない事に心がひどく沈んだ。




そして不良に呼び出された一件を思い出し泣きたい気持ちになる。





加代子はギターの昭彦と少しでも話したくて仕方がなかった。





同じくギターのファンの女の子達と群れをなして昭彦が現れるのをライブハウスの外で待ち




昭彦とベースの健太が一緒に歩いてきたところを恵と美香の存在をそっちのけで歩み寄る。




恵と美香は二人きりでしばらくその場にある歩道の段差に座りぼーっとしていた。





「明日学校に行きたくないなあ…いややなあ…」そんな事をつぶやきあっていた。




しばらくすると数人のファンと話していた達也が美香を見つけ




タオルを頭に巻きながら近づいて来た。





「二人とも見に来てくれてありがとう。楽しめたん?」




「はい……」




「なんや暗いんちゃう?なんかあったん??」




そう言いながら達也は二人の前にしゃがんだ。





「美香ちゃん先週、学校で三年の恐ろしい不良に呼び出されて告白されたんです。



俺と付き合えや…って




名前も知らんかったのに向こうは美香ちゃんの事



そうじの時間に見てはったみたいで…。」



恵がべらべらとしゃべり出す。




「ホンマに怖いねんな~…」



と一通りを話すと心配そうに美香を視線を落とした。




先週からの苦痛が一気にこみ上げてきて美香の目に涙が滲んだ。




「おかしな話やん。そいつアホちゃう?そういうのはビシっと断ったらええねん」




達也が言った。




「でも断って何かされたらどないしよう……って考えてしまって……」



うつむいたままの美香が消え入りそうな声でつぶやく。




「そうやなあー。昭和町やろ?なんて奴?英二なら何か分かるかも知れへんなあ…」




そう言うと達也はすぐそこで男子のファンを話をしているドラムの英二を連れてきた。




「なんて名前の奴?」




「義人…甲斐義人」




「甲斐?甲斐正人なら分かるけど…」と英二が言いかけて




「甲斐の弟がいてん…義人だったかなあ…?




なんか義人の気がしてきた!正人は一年後輩やねん。甲斐って苗字あんまいてへんもんなあ」




達也が英二に経緯いきさつを話すと




「正人の家に今から電話かけてみるか?最近 会ってないし、弟をなんとかせいやって言ってみよか?」



今よりもっと恐ろしい自体になったらどうしよう…という大きな不安もあったけれど




この人達なら何とかしてくれそうな気も どこかでしていたので身を任せることにした。





「今、すぐに番号分からへんから うちに行ってかけへんとあかんけどいい?」



と言う英二に




「ええよ。ちゃっちゃっと行ってかけて すぐに戻ってきたらええねん。まだ7時50分やし



二人も一緒に来た方がええとちゃうかな?」




と達也が答え、恵と美香を見た。




恵は「ちょっと姉ちゃんに 一瞬出かけるって行って来ます」




と言い残し小走りにかけて行った。





その場に取り残された美香は一層不安そうな表情を浮かべ今にも泣き出しそうだった。




「美香ちゃん大丈夫やねんて。心配いらへん」




達也が声をかける。




英二はタバコに火をつけながら




「学校って○○高なん?」と当時荒れた不良進学者の多い高校の名前を出しながら美香に話しかけた。




「ちゃうねん。この子らはまだ中学生。大人っぽいから見えへんけどな」



達也が笑いながら口をはさむ。




「ホンマなん?背もあるし、高校生に見えたわ」




英二が煙の向こうでニヤリと笑った。




恵が戻ってきたところで




「俺達が駐車場に先に行くから1分経ったら来て」



と達也が言い残して英二と駐車場に向かった。




これはここ最近じりじりと増えている他のファンの目から二人を守るためだった。





達也の車に乗り込み




四人は英二の自宅へと向かった。





自宅の居間に上がると奥で英二の母親と父親がテレビを見ていた。




三人は軽く挨拶をし電話台を囲む。




その電話台の下の電話帳置き場から英二は古い古い




小学校の子供会の連絡網を取り出した。




「ここに番号があるはずやねん」




人差し指でなぞる わら半紙の上にやがて甲斐正人という名前を見つける。





「あったあった!」




英二はその番号に電話をかけた。





「伊藤ですけど 正人くんいてはりますか?」




美香も恵も緊張していた。




達也は落ち着いた様子で床にあぐらをかいて座り込んでいる。




「おう正人?久しぶりやなあ。




元気なん?




お前の弟って義人?




今、中三?おう、ほなやっぱりお前の弟や!




言いにくいねんけどな、




お前の弟が同じ中学の美香ちゃんって子に告白したらしいねん。




でも美香ちゃんはお前の弟の名前も知らんのやて。




断りたいたいねんけど お前の弟が恐ろしくて何も言えへんらしいねん。




だからお前が弟をどうにかせいや。




美香ちゃんとその友達は俺らのライブ見に来てる子やから




何かしたらシバクって義人に言っといてや。




呼び出したり話しかけるのも もうあかん!



頼むでー」




英二は一方的に話をして電話を切った。




これで本当にもう大丈夫なのだろうか……?



美香はまだ不安が拭えなかった。




「正人は一回 中学の時にシバイタ事があんねん。だから俺の言うことは絶対聞くねん。」




英二は自信満々の笑みを浮かべた。





「ホンマにありがとうございました」




美香は英二に頭を下げた。




恵が美香に微笑みかける。美香はつないだ恵の手をもう一度握り直した。




それからすぐに四人は英二の家を後にした。




「なんか腹減ったわー」




助手席の英二がつぶやく。




「たこ焼き食べたいな~」




達也が返事をした。





達也の車は既に近くのたこ焼き屋に寄ろうと左折をしかけていた。




あっという間にたこ焼き屋の前に車を付け




英二が助手席を降りてたこ焼きを2パック買って来た。




「二人で食べや」と後部席に1パックを回した。




「ありがとうございます!」恵と美香は声を揃えてお礼を言う。





止まっている車の中で四人は熱々のたこ焼きを食べた。





この人達には何も恐れる事がない。それでいて いつも楽しそうで…。




本当にすごい人達…。




恵も美香を同じ事を考えていた。





ライブハウスへ戻っても時刻はまだ8時30分過ぎで




加代子は相変わらず女の子同士のおしゃべりやバンドマンとの談笑を楽しんでいた。




二人が加代子の所に戻ると




「うち、打ち上げに出たいねん。だから今日は二人で帰れる?」




「ええよ。美香ちゃんと帰るわ~」




恵はそう答え




それからすぐに恵と美香は地下鉄に乗って帰宅をした。




家に着いてから




美香は今日あった出来事を頭の中で一から順に振り返っていた。




本当に色んな事が起きた一日だった。




明日、学校に行くのをまだ楽しみとは言えないものの




だいぶ気分が軽くなったのを実感していた。











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