出会い
この世界には、魂のエネルギーを自在に操ることができる者たちが存在する。彼らは「魂の使い手」と呼ばれている。
魂の使い手になれるかどうかは、生まれ持った才能によって決まる。その力はさまざまな形で応用でき、通常の人間には干渉できない悪霊にも対抗することができる。
静かな風が吹く、深夜十二時。
あるカップルのもとに、奇妙な存在が現れた。
その体は人間のようでいて、人間とは違う。全身から異質な存在感を放つそいつは、今まさに女性の首をへし折った。
突然の出来事に、男の理性は崩壊しかけていた。
未来を共にするかもしれなかった女性が、目の前で命を奪われたのだ。あまりにも突然の出来事に、男は何が起きたのかさえ理解できずにいた。
そいつは女性の体を投げ捨てると、今度は男へと向かってくる。
「この野郎……!」震えた声で呟く。
必死に抵抗する男。しかし、何もできない。圧倒的な力の差を前に、男の抵抗はむなしく終わった。
そいつの手が、男の首をつかむ。
その瞬間だった。
窓を突き破り、石のようなものがいくつも飛び込んできた。
そいつは男から手を離し、背後を振り返る。
次の瞬間、飛び込んできた石のようなものが一斉に破裂した。
「……なんだ?」
しかし、何も起こらない。
そいつは再び男の方へ向き直ろうとした。
だが、その首が振り向くことはなかった。
背後から、凄まじい速さで斬りかかる影。
そいつの首は、一瞬のうちに斬り落とされていた。
そこに立っていたのは、剣を手にした若い男性だった。
「一人、助けられなかったか……」
俺は倒れている女性に目を向けたあと、男の様子を確認した。
精神的な動揺は激しいものの、幸い外傷はない。
それを確認すると、俺は何も言わず、その場を立ち去ろうとした。
「ま、待ってください!」
背後から男の声が聞こえる。
だが、俺は振り返らなかった。
顔も正体も知られたくない。
その思いから、男の呼びかけを無視し、静かにその場を後にした。
そこから少し歩き自分の住む場所へ戻ると、家では福島七海が夜食を作っていた。
「ただいま」
俺に気づいた七海が振り返る。
「おつかれさま」
そう言って、彼女は作りたてのチャーハンを俺の前に運んできた。皿を静かに置くと、こちらの顔を覗き込む。
「どうだった?」
今日の仕事について尋ねているのだろう。
「久しぶりの任務だったけど、手こずることはなかった。ただ……一人、助けられなかった」
そう答えると、七海は俺の後ろに回り、俺の肩に手ををぽんと叩いた。
「次は死なせないように、一緒に頑張ろ」
彼女の言葉を聞くと、不思議と元気が湧いてくる。今まで努力を続けてこられたのも、彼女のおかげなのかもしれない。
「ほら、早く食べないと冷めるよ」
そう言われ、俺は作ってくれたチャーハンを口に運ぶ。
ふと視線を感じて顔を上げると、七海がこちらの反応を窺っていた。どうやら味の感想が気になるらしい。
「美味しい」
素直にそう伝えると、彼女は満足げに頷き、洗い物をするためキッチンへと戻っていった。
樹愛たちが穏やかな時間を過ごしていた頃。桜道はというと――。
その日の夜、彼の身に起きた事件は、報道陣が駆けつけるほど大きなものとなっていた。
不可解な死。桜道には、確かにそこにいた存在が見えていた。人間ではない何か。彼はそれを幽霊だと確信していた。
しかし、駆けつけた警察にその話を信じてもらうことはできなかった。警察は、彼が精神的なショックを受けているのだと判断したのだ。
「では、桜道さん。本当にご冥福をお祈りします」
警察から心のケアを勧められたが、桜道はそれを断った。
自宅は事件の捜査が行われており、幽霊による被害で建物にもかなりの損傷が残っている。今夜は戻ることもできない。
結局、彼は近くにあったホテルに泊まることにした。
ホテルのベッドに腰を掛け、桜道は頭を抱えていた。
(絶対にあれは幽霊だ)
何もないところから突然現れたあの存在。人間とは明らかに違う、異様な雰囲気をまとっていた。見間違えるはずがない。
何か手がかりが欲しい。
そう考えたとき、ふと、あの現場に駆けつけてくれた人物のことを思い出した。
顔は隠されていて分からなかったが、彼に聞けば何か分かるかもしれない。
彼女は殺され、その元凶となった幽霊もいなくなった。それにもかかわらず、なぜ桜道は幽霊について知りたがるのか。
それは、彼女がなぜ死ななければならなかったのか、理解することができなかったからだ。
(彼を探さないと)
そう思った桜道は、すぐに行動に移した。
夜中、どうやって彼を探し出すか考え続けた。しかし、桜道は特別頭が切れるわけでもない。どう探せばいいのか、見当もつかなかった。
彼は剣を持っていた。つまり、剣士なのかもしれない。男性であることも覚えている。今ある情報はそれだけだった。
まずは、近くに剣士が通う道場がないか、スマホで手当たり次第に調べてみた。しかし、それらしい情報は見つかず。
彼は歩いて現場を去っていった。ならば、そこまで遠くに住んでいるわけではないはずだ。
そう考えた桜道は、再び頭を悩ませた。
桜道が探している人物、霧島樹愛は黙々と木刀を振っていた。
一見、ただの庭にしか見えない。しかし、そこには日々の鍛錬で流した汗が落ちている。
ただ剣を振る。それが彼の日課だった。
一方、福島七海は食事の準備をしていた。
そのとき、玄関から一人の男性が帰ってくる。
「ただいま」
彼の名は今井重蔵。樹愛の師匠である。
重蔵は昨日まで遠征に出ており、ようやく今日、帰ってくることができた。
「七海の料理はもうできているか?」
七海と重蔵は、まるで親子のような関係だ。そして樹愛にとっても、重蔵は師匠であると同時に、保護者のような存在だった。
その日の食事中、俺は昨日の出来事について話した。
「昨日の夜、悪霊が出ました」
約一年ぶりの出現だった。
物理的に人間や物に干渉できる悪霊は、そうそう現れるものではない。魂のエネルギーが急激に蓄積したのか。それとも、別の原因があるのか……。
「原因はいまだに分かっていません」
「なるほど」
師匠はこう見えて、物事を深く考え込む人だ。
しばらく考えた後、師匠は現場を直接見てみたいと言った。
こうして俺と師匠は、悪霊が現れた現場へ向かうことになった。
「嫌な予感がしたが……気のせいか」
師匠はその現場を見て判断した。
師匠の勘はよく当たる。そのため、俺も自然と気を引き締めていたが今回は何も起こらなかったらしい。
そもそも、俺たちの間では、悪霊は主に魂のエネルギーが急激に増加することで出現すると考えられている。
魂のエネルギーとは、この世界のあらゆる場所に存在する、目には見えない力のことだ。
普段は何の影響もないが、何らかの原因で一か所に大量に集まると、悪霊が出現することがある。
ただし、なぜ急激にエネルギーが増加するのか、その詳しい原因はいまだに分かっていない。
その日、桜道は一日中彼を探し回ったものの、何一つ情報を得ることができなかった。
(あの人は今、どこにいるんだろう……)
そんなことを考えながら歩いていると、目の前で異様な光景を目にした。
会社員らしき男性が、包丁のようなもので何者かに刺されている。そして、その光景を目撃した女性が悲鳴を上げた。
女性のような見た目をしているがあの感じ。間違いない。あのときと同じような存在だ。
つまり、幽霊。
しかし、今回の幽霊は以前見たものとは明らかに違っていた。まとっているオーラが異質で、近づくことさえためらってしまうほどの威圧感がある。
幽霊は刺した男性の頭をつかみ、遠くへ投げ捨てた。
以前にも見た、あの光景。
怒りが込み上げてくる。僕はそいつに立ち向かおうとした。
しかし、その瞬間だった。
幽霊は隣で悲鳴を上げていた女性に飛びかかり、何度もその頭を刺した。
「うるさい」
そいつは一言だけそう呟いた。
その声を聞いた瞬間、僕は再び恐怖に襲われた。足に力が入らず、道の隅へと崩れ落ちる。
まただ。
あのときと同じように、僕は何もできずにいた。
幽霊はゆっくりとこちらに振り向く。そして、僕の顔を見ると笑みを浮かべた。
「その顔、いいな」
そいつはゆっくりと近づいてくる。
やがてナイフを僕の喉元すれすれまで近づけ、こちらの表情を楽しむように眺めていた。
(あの人が、また来てくれれば……)
今の僕にできることは、ただ助けを願うことだけだった。
そのとき、背後から一人の青年が現れた。
屋根の上から刀を大きく振り上げ、幽霊に向かって斬りかかる。
幽霊は間一髪でそれをかわした。
その表情からは、先ほどまでの余裕が消え、怒りがにじみ出ている。
また、この人に助けてもらった。
初めて見る顔だった。僕は勝手に大人だと思い込んでいたが、実際には僕と同じくらいの年齢の青年だった。
彼は刀を構える。
数秒間の沈黙。
先に動いたのは幽霊だった。
一瞬の出来事で、何が起きたのかよく分からなかった。しかし、気づいたときには、青年は幽霊に傷を与えていた。
幽霊は驚いた表情を浮かべる。
「なぜ、その程度のやつが……」
そいつは納得できないといった様子で呟いた。
幽霊は樹愛の攻撃を受け、怒りをあらわにしている。
そのとき、一人の老人が現れた。
老人の姿を目にした瞬間、幽霊は何かを察したように、その場から逃げる。
それを見た老人は青年に追うように指示し、青年はすぐさま幽霊を追いかけ、どこかへ走り去ってしまった。
あまりの展開に呆気に取られていると、老人がこちらへ歩み寄ってきた。
「大丈夫か?」
そう言って、老人はそっと手を差し伸べる。
僕はその手を借りて立ち上がり、老人に礼を伝えた。
「わしは重蔵。君は?」
「桜に道と書いて、はるみちです」
「いい名前だな」
老人はそう言ってくれた。
その後、老人は僕のことを心配してくれたが二度目の出来事ということもあり、前回よりは平常心を保てていることを伝えると、老人は少し驚いた様子で尋ねた。
「あの事件の被害者か?」
僕は静かに頷いた。
「あの……あのときのことといい、あれはいったい何なんですか?」
この老人ならあの存在について知っている気がしたため僕は思い切って尋ねてみた。
「教えることはできない。そのことを知れるのは、そういう界隈の人間だけだ」
老人はそう答える。
しかし、僕は引き下がらない。
「僕を弟子にしてください。さっきのことといい、あなたがすごい人だというのはよく分かりました。お願いします」
そう言って、僕は深く頭を下げた。
老人は困り果てた様子だった。しばらく考え込んだ後、口を開く。
「本気でこの世界でやっていくつもりなら、一度家で考え直してから、この住所まで来なさい」
そう言って、老人は一枚の紙切れを差し出した。
僕はその紙を受け取り、ホテルへと戻った。
ホテルに戻った僕は、しばらく考え続けた。
しかし、どれだけ考えても答えは変わらなかった。
僕の頭の中は、彼女のように無惨に殺される人を二度と見たくないという思いでいっぱいだった。
もう、あんな光景は見たくない。
その決意を胸に、僕は翌朝、重蔵から渡された住所へと向かった。
おそらく、あの悪霊は師匠の魂のエネルギー量を感じ取り、逃げ出したのだろう。
師匠は特別な存在だ。まさに絶対的な存在。あれほどのものを目の当たりにすれば、しばらくは大人しくしているはずだ。
重蔵「だが、安心はできない。七海、何か異変に気づいたらすぐに知らせるんだぞ」
福島七海には天性の才能があった。それは魂のエネルギーの流れを感じ取る力だ。それは七海にしか分からない、特別な感覚だった。
以前起きた事件も、七海が気づいたことで発覚したもだった。
「わかりました。ですが、魂の使い手ではない以上、何もできないのでは?」
「魂の使い手?」
桜道は聞き慣れない言葉に首を傾げた。
魂の使い手。それは生まれたときに決まるもの。魂のエネルギーを自在に操り、さまざまなことに応用できる存在だ。
しかし、それは生まれ持った才能。努力で身につけられるものではない。桜道にとっては、あまりにも厳しい条件だった。
その事実を伝えられた桜道は、ひどく落ち込んだ。
「だが、まだ手段はある。それは、力が込められた武器を使うことだ」
俺はすぐに理解する。
魂の使い手が使う武器には、少しずつ魂のエネルギーが染み込んでいく。その武器を使えば、使用している間だけ、魂の使い手と同じように悪霊と戦うことができる。
師匠の言葉を聞いた桜道の表情が、ぱっと明るくなった。
「さて、そういうことだが、改めてどうする?」
師匠が青年に問いかける。
桜道は迷わなかった。
「今日からお願いします!」




