名なしのごん子
ソファーの上でまったりとくつろいでいたきなこがニャーと鳴いた。それから、ソファーから降り、急ぎ足で玄関に向かって行った。妻が帰ってきたらしい。
妻は友達と二人で上野の絵画展に出かけたのである。今日は良く晴れていたし、春めいていて温かったから、どこかでのんびりしてきたに違いない。妻が帰宅したときにはもう日が落ちていて、あたりはすっかり暗かった。
帰ってきた妻は、手を洗うこともなくまっすぐこちらにやってきて、青ざめた顔で「あれを無くしてしまった」と言った。
「あれを無くした?」とわたしはオウム返しに聞き返した。妻は青ざめた顔のまま、何も言わずにうなずいた。
「あれってなに?」と、再び、わたしは聞き返した。「あれよ、あれ」と妻は意味のない返答をした。
「あれじゃなんのことか分からない。なにを無くしたの?」
「あれだってば。あれよ、むすめのあれ」
希来里のあれ? 希来里の大切なものをどうして上野なんかに持って行ったのだろう? そもそも、希来里の大切なあれってなんだろう?
「友達に自慢したくて、つい持って行ったのよ。それが、花見をしながら上野公園を散歩して、気がついたら、どこにも無かったの」と妻は言った。「どうしよう? 大変なことをしちゃった。きっと怒るわよね。怒るに決まっているわ。どうしよう?」
「だから、希来里のなにを持っていって無くしたの?」
「だから言ってるじゃない。あれよ、あれ、名前よ」
はあ? とわたしは言った。「希来里の名前を持ち出して、無くしてしまった? それって大変じゃないか」
「そうなのよ、どうしよう。明日からむすめをなんと呼ぼう。いいえ、今夜はなんて呼んだらいいの?」
わたしも困って考え込んでしまった。だれかが拾って届けてくれればよいが、それまでは希来里を「希来里」と呼ぶことができない。希来里は、クラブ活動の文芸部の編集会議とかで、まだ中学校から帰ってきていない。しかし、帰ってきたらどう言って説明しよう?
こんな話を聞いたことがある。江戸時代、ある漁師がいた。この漁師は自分の名前をうっかり海中に落としてしまった。名前は沈んでしまったから、戻ってくることはない。仕方なく、漁師は「名なしのごんべえ」と名乗って一生を過ごしたのだという。
わたしは、帰宅した希来里にありのままを説明せざるを得なかった。希来里は怒らなかった。声も出さず、黙って大粒の涙を流し始めた。わたしはあわてて言った。
「きっとだれかが拾って届けてくれるよ。心配しなくても大丈夫だ。名前なんてただの記号だから、しばらくの間、名なしのごんべえと名乗っていればいいじゃないか。すぐに見つかるよ」
すると、希来里は大きな声をあげて泣き始めた。隣のクラスにはすでに「名なしのごんべえ」が二人いるのだという。それから、数学の教師も「名なしのごんべえ」なのだという。
ううむ。そうか。もうそんなにいるのか。近頃の中学はずいぶん乱れているのだな。
希来里は続けて言った。「それに『名なしのごんべえ』はみんな男よ。女の『名なしのごんべえ』なんてどこにもいないわ」
そ、そうか。それは困った。わたしは腕組みをしてじっくりと考えた。藤子不二雄の「ドラえもん」という漫画に「ジャイアン」という乱暴者が登場する。その妹の名前は「ジャイ子」だったような気がする。しばらく考えてから、わたしは言った。それなら、「名なしのごん子」はどうだ?
希来里はいっそう大きな声で泣き出した。しかし、ほかに方法がない。しばらくの間、希来里は「名なしのごん子」と名乗って暮らした。中学校の文芸部の機関誌に、希来里は「名なしのごん子」の名前でファンタジックでロマンチックな詩を寄稿した。
二週間ほど経った頃、上野警察署から電話が来て、「希来里」の名前が返ってきた。しかし、しばらくして発行された文芸部の機関誌には「名なしのごん子」の美しい詩が掲載されていた。 了




