樹層
もっとはしゃぐかと思っていたソリュも特に騒ぐこともなく、目だけが忙しない
ルクスは、情報量にパンク寸前なのか無意識にアズの服の裾を掴む
三者三様の反応にガルディアが嬉しそうに目を細める
立ち止まらないように、ガルディアに促されながら歩くこと10分
何度か曲がった細い路地の先
「ここが、お前らが今日泊まる蜜りんごだ」
ガルディアが立ち止まった扉の上。壁から下がる看板に書かれた【宿屋 蜜りんご】の文字の横には
図鑑でしか見たことのない、リンゴの絵が描かれている
それから、お腹のすく甘い香りと御飯の香り。
温かい香りに思わずお腹がきゅるりと音を立てる
「良い匂いがする~。」
この場の全員が思っていることを代弁するかのように言葉を発しながらふらふらと扉に寄って行ったソリュは
今にもよだれをたらしそうな顔で扉を開ける
開いた扉から溢れるのは、今までに経験のない複雑な甘い香り。
全身の毛が逆立つような香りに頭がくらくらする気がする
「いらっしゃい」
甘い香りに意識が飛びかけていたが、良く通る中世的な声に意識が戻る。
扉があいた瞬間には聞こえなかったドアベルの音も今は聞こえてくる
声のする方に立つのはすらりとした細身のキツネで
ここの店主だろうか?それにしては不愛想な気もする
「コハク、久しぶりだな!」
「ガルディア。待っていたぞ
と、いうことはこやつらが例の?」
「ああ。根層からの受験者たちだ」
ガルディアとの会話の流れで視線がこちらに向く。
品定めされるような視線。でも不思議と嫌な視線ではなく
何となく、オメガを思い出す。
「あー!コハク!ガルディアくん達が来たなら教えてよー」
程よい緊張感を壊したのは、奥からポテポテと走ってくる丸耳の獣人。
コハクに比べると背も低く、丸っとしたフォルムである
「こんにちわ~。蜜りんごの店主のベルナードです。
ベルさんって、呼んでね~」
ちょっと、間延びした話し方。きりっとしたコハクとは対照的である
「初めまして。お世話になりますアズです。
こっちが、ルクスでこっちが…」
「あ、ソリュです」
まだ目が虚ろなルクスと、何とか正気を保っているソリュ
「まあまあ。ご丁寧に。
さあ、立ち話もなんだからこちらにどうぞ」
ベルナードに促されるまま着いていくと、座らされるのはふかふかのソファ。
荷馬車旅で疲れた体が沈んでいく。
「ガルディア君も今日は一緒に夕飯を食べるだろう?」
「あー。では是非に」
ゆるふわのベルナードに、ガチむちガルディアがペコペコしているのを横目に
椅子にもたれかかったまま死にかけのルクスのことをソリュが心配そうにのぞき込む
「疲れただろう」
大きめのお盆を両手に現れたコハクは、全員の前にキラキラ輝くフルーツの乗ったお菓子の乗った皿を置いてくれる
ルクスの心配を放り投げるように前のめりで皿に釘付けなソリュ
虚ろな目に少し光の戻るルクス。何を考えているのか…静かに皿の上の物を見つめるアズ
「蜜りんごの人気メニュー、チョコレートフルーツタルトだ。
口に合うといいんだが。」
コハクはそう口にしながら見たこともないくらい綺麗な茶器に温かく緊張がほぐれていくような香りの茶を注いでくれる
皿の前に置かれたフォークを持つと、恐る恐る三角に切られたタルトの先に刺し口へと運ぶ
口の中に広がるバターの香りと砂糖の甘み、キラキラ輝くフルーツの酸味。
噛むとパキリと音を立てて口の中で溶けていくココアに似た、ココアよりも濃厚な何か
「なにこれー!!美味しい~!!楽しい~!」
フルーツに負けないくらいキラキラ顔のソリュは味わいながらも、視線はタルトから離れない
「三人は、今何歳なの?」
優雅に一人かけのソファに座り紅茶を飲むコハクから紡がれた言葉
「俺とソリュが10歳で、ルクスが11歳」
食べようとした手を止め、コハクの目を見てアズが答える
「そう。そんなに大きくなったのね」
目を細めて子供たちを眺めるコハクに、アズは何か違和感を覚えて首をかしげる
「ねえ!見て!中から何か出てきた」
考える間もなく、ソリュの大きな声と思い切り引かれた腕に意識を持っていかれる
「ああ。それはね、チョコレートだよ~。フルーツの上に乗っているのもチョコレートだよ~」
ソリュの反応が嬉しいのか、真ん丸な目が細くなるほどに笑って教えてくれるのはベルナードだ。
「チョコレートって何!?美味しいね!」
口の周りにチョコレートが付いていることも気にせず食べ勧めるソリュ
「チョコレートとココアは同じ実からできてるんだぞ」
口の周りは、ソリュと同じような状態なのに誇らしそうに教えてくれるガルディア
ソリュの隣で、黙々と食べ勧めるルクス
アズは、まだタルトが半分以上残る皿をそっと自分から遠ざける
「お口に、合わなかったかな~?」
困った顔のベルナードの言葉。
「……凄く美味しい。でも、なんか……胸がいっぱいで」
樹層に来てからずっと感じていた違和感。それをかき消すような幸せそうな幼馴染たちの顔
目の前の宝石のようなものを食べたいのに…ここに来て初めてオメガを恋しく思う
珍しく弱音をこぼしたアズに、幼馴染たちの手が止まる。
それと同時に、大人たちの視線がわずかに揺れた。
「ガルディア。」
「お、おう。どうした」
しばらくの沈黙の後、アズの伏せていた顔が上がる
「門から出て西の方。って何かある?」
「西?あっちの方だと商店だとか、天層の入り口があるな…」
聞かれたまま答えていたガルディアが、言い終わった後に視線を泳がせ
ちらりとコハクを見るが、すぐに逸らしアズを見ようとして、結局目を合わせられない。
「天層…ってどんなところ?」
オメガに聞いたときは、何か知ってそうなのにはぐらかされた感があった。
「天層はね~、ノアの始祖様の先祖の方々が住んでいてね。
それから、学園を卒業した優秀な生徒さん達が研究所でノアを豊かにする研究をしているよ~」
ベルナードの言葉に、アズが目を見開く
「学園を卒業すれば天層に行ける?……それって」
期待に満ちた目。直後アズの顔が曇り一度言葉を切る
次の言葉を待つ皆に見守られながら、一度唇を噛んだアズは吐き出すように続ける
「……根層出身の俺でもですか?」
絞りだした声に、大人たちがハッと息を飲む
「行けるぞ!優秀であれば問題ない!!」
慌てたようにフォローに入るのはコハク
「そうだぞ!大丈夫だ!」
慌てすぎて、椅子を倒しながら立ち上がり腕をぶんぶん振るガルディア
先ほどまでの暗い雰囲気から一変。大人二人がアワアワと動き回る
よっこらしょ。と言いながら立ち上がってゆっくり近づいてくるのはベルナード
「よく、聞きなさい。」
子供たちの顔をそれぞれに見たベルナードは
アズの前にしゃがみ込み、アズの手をモフっとした温かい手が包み込む。
「学園の試験でも、受かってからも。心無い言葉を投げられることもあるでしょう。
君たちの遠い遠い先祖が犯したかもしれない罪で関係のない君たちが責められることがあるかもしれない」
子供たちの背筋がピンと伸びる
「それでも、屈してはなりません。
君たちは、恵まれない環境の中頑張ったのだから胸を張って良いのです。
何よりも自分を信じなさい。隣にいる友達を信じなさい」
ベルナードの言葉に三人はお互いの顔を改めて見る。
ニコニコと笑うソリュ。疲れの為かぎこちない笑顔のルクス。
髪色が変わっても変わらず美しい作り物のような顔で静かにほほ笑むアズ
「私たちも、あなた達の味方ですからね。」
優しく笑うベルナードの後ろで、コハクとガルディアも優しく微笑んだ




