《とどめの一撃》《チャイ》《ファイト!》《死の舞踏》
路地裏に立ち込めるのは、工業用廃液が混じった不快な白煙だ。その不透明な帳の向こう、幾つもの赤い光が不気味に明滅している。
姿を現したのは、戦闘用の試作型オーガニックウェアをその身に幾重にもインプラントした、大型犬型ヒルコの群れ。剥き出しの筋肉が脈動するたびに、強化カーボン製の爪がコンクリートを削る嫌な音が響く。
彼らを統率するのは、一際異彩を放つ魔犬、ジャッキー・ジャッキー。その瞳には「忠義」などという甘っちょろい概念は欠片も存在しない。あるのは、効率的に獲物の息の根を止めるためだけに研ぎ澄まされた、純粋な「狩人」の殺意のみ。冷徹に廉たちのバイタルを解析していた。
対峙するもう一点の脅威。それは、場違いなゴルフバッグを肩に担いだ一人の女だった。
一見すればスポーツに興じる市民だが、バッグの口から覗いているのは、二丁の狙撃銃「サンダーボルト」。この距離で遠距離特化の装備を晒す傲慢さ——だが、真の牙は腰に隠されていた。
ベルトに無造作に下げられているのは、ニューロエイジで最も愛されたハンドガン、MP21。銃身をフレームごと極限まで切り詰めたそれは、近接射撃において制圧力を誇る。
彼女の左腕は、閃鋼の輝きを放つサイバーアーム。イワサキ傘下のラボから流出したものだ。そして顔面を覆う無機質なゴーグルは、単なる遮光用ではない。千早電子が社外秘で開発した、空間識覚をマルチバンドで補足するセンサーユニットの塊。
先程、正確無比な狙撃で一行を翻弄したスナイパー(カブトワリ)の正体。
二つ名、ロングアーム。
これでもNIKに籍を置く探偵だ。恐らくは、その特異な感覚器から得た断片的な証拠で、襲撃犯の居所にアタリをつけたのだろう。
ロングアームは、呼吸を整える動作さえ省き、一挙動でゴルフバッグを放り捨てた。
「抜きな、トールフェロウ。——ガンマン(カブトワリ)同士、どっちが早いか勝負しようぜ」
低く、地這うような声。彼女は重心を落とし、MP21のグリップにその「鋼鉄の指」をかけた。コンマ数秒後の死を、彼女のセンサーは既に確定事項として計算している。
対するフィン。余計な外連味など一切ない。ただ、長年連れ添った愛銃、R6uのグリップに静かに手を置く。
張り詰めた緊張が臨界点に達し、そして爆ぜた。
先に動いたのはフィンだ。リボルバーという旧世紀の遺物が持つ無骨な堅牢さ、その信頼に全てを預け、弾丸よりも速く愛銃を引き抜く。
だが、動作の少なさにおいて、ロングアームは外連味そのもので、無視していた。
彼女が左腕を無造作に跳ね上げた瞬間、前腕部の装甲がスライドし、ガトリングガンの銃口がポップアップする。
隠し武器、ギア社のWIP。その多銃身が回転を始め、火を噴くまでのプロセス。
しかし、機械が火を噴くより早く、R6uの放った一撃がロングアームの頭部を捉えた。
——刹那、ジャッキーが動く。
その体内に埋め込まれた生体弾頭射出機構が、音速を超え、フィンのR6uの銃身を粉砕せんと……。
「させねえよ」
廉の指先から弾かれたコインが、空気を切り裂き、ジャッキーの眉間に命中する。重い衝撃音が、戦場のリズムを強制的に塗り替えた。
「野暮すんなメス犬。俺とやるか」
不敵な笑みを浮かべる廉。だが、彼の挑発が敵の鼓膜に届くよりも早く、フィンの放った大口径弾がロングアームの後頭部を粉砕していた。飛び散る脳漿とセンサーの破片。
探偵としての推理も、サイバーアームの演算も、ただ一つの弾丸の前に沈黙した。
指揮官を、そして契約者を失い、ヒルコの群れは一瞬の迷いを見せた。
だが、ジャッキー・ジャッキーは無言で覚悟を決めた。
主のためではない。己が「一振のカタナ」として生きるための、生存本能。
四肢の姿勢を極限まで低くし、廉の間合いへと一気に飛び込む。
不吉な音が響く。オーガニックウェアの機能により、その骨は皮膚を突き破らんばかりに刃状へと硬化し、全身が一個の殺戮兵器と化して突進してくる。
その速度、まさに肉弾。
「廉さん、負けないで!」
後方から響くアオの叫び。その純粋な祈りが、廉の血管に流れるアドレナリンに火をつける。
脳内を駆け巡る電脳信号が加速し、世界の時間が緩やかに停滞していく。
「おんどりゃー!」
魂の底から絞り出された獅子吼。
それはただの叫びではない。この狂った街、トーキョーN◎VAで生きる者の誇りを乗せた、絶対的な威圧。
音速で突っ込んでいたジャッキーの肉体が、その咆哮に本能的な死を感じ、一瞬だけ「竦んだ」。
その一瞬で、全ては決した。
廉の抜刀術は、もはや視覚による追跡を許さない。
音速の域に達した刃の軌跡が、大気を、光を、そしてジャッキーの眉間を的確に打ち据えた。
「峰打ちだ」
廉は余裕を見せた。




