ニューロとアラシ
世界に冠たる大企業、千早重工。その非合法任務を担う後方処理課第二班は、情報の海に敵を屠る電子戦のスペシャリスト集団である。
フィン・トールフェロウは、軍隊上がりの荒っぽさを隠そうともせず、外部からこの閉鎖的な組織へと招かれた。彼に求められているのは、組織への忠誠ではない。電子戦の最中に無防備となるハッカーたちの背後を守り抜く、「カブト」としての圧倒的な実力のみである。フィン自身、この会社を単なるキャリアのひとつと割り切っており、班長も彼を「使い勝手のいい外来種の牙」として重用していた。
一方、天城クフィルは千早のシステムが生み出した生え抜きのクグツだ。しかし、彼はその過剰なまでの帰属意識を、奇妙な形で体現していた。午前九時きっかりにコンソールを起動し、午後五時きっかりにログアウトする。一分の狂いもないその勤務態度は、周囲から「精密機械」と揶揄されるほど徹底されていた。たとえ作戦が佳境であろうと、午後五時のアラームが鳴れば彼は迷わず手を止める。その徹底ぶりは、冷徹な社畜精神の究極形にも、あるいは会社というシステムに対する無言の抵抗にも見えた。
野性的な直感で動くフィンと、数式通りの最適解を刻むクフィル。
水と油、あるいは〇と1ほども毛色の違うこの二人が「結婚」という選択をしたことは、後方処理課の人事に小さくない衝撃を与えた。
「おい、フィン。例の『精密機械』のどこに惚れたんだ? メンテナンスのしやすさか?」
休憩室での同僚の冷やかしに、フィンは不敵な笑みを返した。
「さあな。だが、五時以降のあいつは、お前らが知ってるプログラムとは少し違う動きをするぜ」
一方でクフィルは、結婚後も相変わらず無表情に「定時」を守り続けていた。しかし、変化は確実に現れていた。退社時、彼は必ずフィンの席に歩み寄り、通信ログを同期させるためのパスワードを示す。それは、業務の引き継ぎという名目で行われる、彼らなりの「手繋ぎ」の儀式だった。
この結合は、戦場において予想外の相乗効果を生み出した。
人事部は当初、この異例の婚姻が任務に支障をきたすと懸念していた。本来、独立した駒であるはずの二人が、強固な情緒的結合を持ってしまった。これはリスク管理上の脆弱性か、それとも戦術的な進化か。
今日もまた、千早重工の地下深く。午後五時を告げる電子アラームが鳴り響くと同時に、二人は戦場を後にする。
「今日の夕食は、豆腐が良い。摂取カロリーの再計算が必要です」
豆腐と言っても、合成食品である、ニューロエイジは庶民が天然食品を食べることは事実上ない。
「わかった、わかった。帰りにスーパーに寄るぞ、クフィルーーそれから礼拝に行こう」
血の通わない企業の論理を、ほんの少しの個人的な幸福で塗り替えながら、二人の足音は無機質な廊下に響き渡った。




