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XYZ

強化プラスチックの透明な壁の向こう側、十五歳ほどの少女の形をした「検体」は、剥き出しの恐怖に震えていた。

その大きな瞳は、絶望に塗りつぶされる寸前の色を湛え、救いを求めるというよりは、これから訪れるであろう新たな痛みに怯えているように見えた。薄い手術着一枚という装いは、彼女が人間ではなく、単なる実験材料――ヒルコという「種」として扱われてきた事実を、あまりにも露悪的に、そして無機質に物語っている。

「……怖くないですよ。そこから出しますから、動かないで」

シスター・アオの声は、冷たい倉庫の空気を微かに震わせる慈愛に満ちていた。その指先が、不可視の刃となって空間を裂く。アオの手刀一閃。物理的な強度を誇るはずの強化プラスチックが、飴細工のように容易く両断された。

崩れ落ちる檻の破片とともに、ヒルコの少女は、生まれて初めて「自由」という名の、あまりにも頼りない外気に触れた。

「はじめまして、コーデリア」

廉が歩み寄り、努めて明るく、けれどどこか祈るような響きを持って声をかける。

コーデリアは、差し伸べられた廉の顔を、まるで未知の天体でも見るかのように不思議そうに見つめ返した。やがて、その瞳の奥で凍りついていた何かが決壊する。顔をクシャクシャに歪め、彼女の頬を大粒の涙が次々と伝い、手術着の襟元を濡らしていった。

言葉は交わさずとも、彼女にはわかったのだろう。自分を「モノ」としてではなく、「人」として呼ぶ者の存在を。

アオは何も言わず、その震える肩を優しく、力強く抱き寄せた。聖母のような抱擁が、少女の孤独を包み込んでいく。

「コーデリアという名前をつけた人は、もう、遠い所に行ってしまいました。でも、どうか……どんなに苦しくとも耐えてください。どんなに悲しくとも生きてください。あなたがこの、欲望に塗れたトーキョーN◎VAで生きていくというのなら、私たちは力を貸しますから」

その時、一同のIAN'USヤヌスにメッセージがくる。

神経接続を通じて、コーデリアの心の一部が直接脳内へと流れ込んでくる。それは言語というよりは、魂の切実な祈りに近かった。

――ヒルコ街に帰りたい。

「帰りましょう」

アオの返答は即断だった。迷いなど微塵もない。

「……よし、足が必要だな。トラック調達してくる」

廉の言葉に、アオが微笑んで返す。

「頑張って、廉さん」

その信頼の言葉に、廉の胸の内で消えかけていた闘志が再び赤々と燃え上がった。

倉庫を飛び出した廉を待っていたのは、冷たい夜風と、一人の女――クフィルだった。

「メッセは受け取ったよ。派手にやったね」

「……分かっていたのか」

「女のカンをバカにしないで。あんたたちが放っておくわけないって知ってただけさ」

クフィルの不敵な笑みに、廉はわずかに口角を上げた。

「なら、男のカンを見せてやろうか。……三ヶ月、来ていないだろう。カラダを冷やすな」

一瞬、クフィルの動きが止まった。

「……バレてた?」

「俺がパパになるとはな。正直、まだ実感なんて湧いちゃいない」

「もうちょい早く言おうと思ったんだけどね……。怖かったんだよ」

クフィルは、夜の闇に紛れるように小さく呟いた。彼女の、それが初めて見せる脆弱な一面だった。

廉は彼女の肩を引き寄せ、耳元で誓うように囁く。

「俺がついている。地獄のような街だが、一緒に幸せになろう」

やがて、廉の指示で手配された小型トラックが、重いエンジン音を響かせて現れた。

少女コーデリアを乗せ、車両は汚濁と熱気に満ちたヒルコ街を目指して走り出す。

その行先が平坦な道であるはずがない。だが、血の通った手の温もりを知った少女は、もう以前のようにただ震えるだけの存在ではなかった。

ここから先は、語る必要はないだろう。

これは、N◎VAに、新たな住人が加わったというだけの、ありふれた、けれど奇跡のような顛末なのだから。

私から語り残したことは、もう何もない。

ではーーXYZ。

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