第8話 発情期のヤンデレ生徒会長
俺って、やっぱり自分勝手なんだろうか。
清衣が陽キャデビューを無理しているなんて、変化を恐れた俺の勝手な思い込みなんだろうか。
昨日からずっと考えているが、実際に本人に聞いてみないとわからない。
もちろん、そんなこと聞けるはずもないんだが。
今日も相変わらず、清衣はクラスの女友達に囲まれ、楽しそうに弁当を食べている。
すっかり受け入れられているようで、1年の頃から友達だったかのようなノリで、会話を弾ませていた。
――やっぱり俺の勝手な思い込みか。
溜め息を漏らし、そのまま教室を出る。
清衣を陰キャに戻そうなんて傲慢なことは考えないで、自分が自分であることに集中しよう。
俺は中学の頃、清衣からしっかりと陰キャの魂は受け継いでいる。
だから俺は、それをこの高校で体現するだけだ。
中庭でのボッチ飯はやはり落ち着く。
今日の弁当は自分で作ってみた。
料理は高校生になって新たに身につけたスキルのひとつだ。
といっても、そんなに大したおかずが入っているわけじゃない。
ほとんどが冷凍食品だし、ご飯は昨日余ったやつをレンチンしてぶち込んだだけだ。これが料理だなんて、おこがましい話だな。
「……ん?」
ほどよく雲に隠れた太陽。
おかげで少し涼しくなったなぁとか思っていると――。
自分の正面にある木の陰で、静かに弁当を頬張っている女子生徒の姿を発見した。
おかしいな。
ついさっきまで友達と仲よく食べてたじゃないか。
その女子生徒の正体は静野清衣だった。
俺の座っている位置から表情までは見えないものの、骨格や髪型、雰囲気から確実に清衣であると断定できる。
清衣オタクをなめるな。
声をかけた方がいいのかなと思ったが、ひとりの陰キャ代表として、ここは何もせずにそっとしておくべきだと察し、見守ることに決める。
泣いているとか、そういうわけではなさそうだ。
ただ、その後ろ姿はどこか清々しく、肩の力を抜いていて――まさに自然体だった。
風がかつてより短くなったミディアムボブの髪を揺らしている。
髪の色は少し明るくなり、髪の長さは短くなり、髪の量は薄くなった。だが、それでもなお、清衣は清衣だった。
ここで安心しなかったと言ったら嘘になる。
彼女もまた、ボッチ飯を楽しんでいた。
やっぱり俺は間違ってなんかいない。
陽キャであることが大変だとか、そんなことは置いておくとして、清衣はひとりで静かな時間を過ごすことが、誰よりも好きなのだ。
そういう意味で、彼女は変わってない。
頬を緩め、周囲を見回す。
ほんの少しだけ気が軽くなった。
視野も広がった。
今、俺の目に映っているのは、反対側の校舎にある美術室。美しい絵がいくつも飾られた部屋の中で、ひとり黙々と絵描きに集中している男子生徒がいた。
視線を別のところに向ければ、中庭に咲く可憐な花々の写真を撮る、女子生徒の姿が。
女子生徒が花の写真を撮り、その後ろから別の女子生徒がその生徒の写真を撮る。
どういう光景なのかはわからないが、彼女らは間違いなく、自分の好きに正直になり、青春を謳歌している。そう思った。
美術部と写真部か。
もちろん例外はいるだろうが、美術部も写真部も陰キャがいっぱい集まっていそうだな。
陰キャの集まり……部活……。
「そうだっ――」
弁当を食べるのを中断して駆け出していた。
俺が向かう先は生徒会室。
そこにはこの学校で最も頼りになる二人がいる。
「夢菜!」
「――えっ! ちょっと、いきなりなによ!」
ノックもせずに入ったのはよくなかった。
生徒会室には、夢菜がひとり。
スマホを片手に、顔をほんのりと上気させ、はぁはぁ言っている夢菜が――。
ドアの音と俺の視線に気づくや否や、さすがの瞬発力で表情を引き締め、俺に対して声を上げた。
「いや……俺は何も見てないぞ」
着替えを覗いてしまうよりも大変なことをしたのではないかと冷や汗をかく俺に、夢菜とは別の声がかけられる。
「大丈夫だよカズっち。夢菜はただ、スマホの待ち受けになっているカズっちの写真を見て、いつもみたいに興奮してただけだから」
「――琥珀!? どうしてあなたがここにいるの!?」
「夢菜が来る前からいたけど、ずっとスマホっばかり見てたみたいで全然気づかれなくてさ。なんか面白そうだったから黙ってたんだよ」
「――でも、なんで私の待ち受けとホーム画面と部屋に貼ってあるポスターがカズって知ってるわけ?」
「……そこまでは知らなかったんだけど……」
まさかの事実が発覚だ。
と言いたいところだが、なんとなく予想はできていた。
なんせ、こいつと別れたのはこの異常なまでの俺への執着が原因だからだ。わかりやすく言えば、ヤンデレだな、立花夢菜という女は。
そして、そのヤンデレの矛先は俺に向いているということだ。
「カズ、私は別に、あんたのことが好きで好きでたまらないから、待ち受けにしてあんたとのキスを想像して興奮してたわけじゃないんだからね! 勝手に変な妄想しないで!」
それに加え、別れてから夢菜はツンデレになった。
要するに今の彼女はヤンデレ&ツンデレであるということ。壮大な矛盾を抱えたクレイジーウーマンの完成だ。
「そんなことはともかく、今回もまたお願いがあって来た」
「そんなことって――」
「ちょっとした思いつきだけど、今回の頼みは結構現実的っていうか、至ってまともなやつだから安心してくれ」
「……で、頼みって何よ?」
止まらない俺に呆れつつも、夢菜が話の続きを促す。
「新しい部活を発足したい! その名も、『陰キャ部』だっ!」
「馬鹿じゃないの? そんな部活、認められると思ってるわけ?」
「やっぱりカズっちは面白いね! 一緒にいて飽きないや」
琥珀は大笑いしていた。
どんな時も楽しく生きている様子はなんとも羨ましい。
彼女は陽キャの中の陽キャという感じではあるが、嫌味がなく、特に集団を率いているというわけでもなく、ただ面白いことに興味があって、自由にふらふら楽しんでいる感じだ。
そういうところが琥珀の魅力だと俺は思う。
「この学校は特殊だ。生徒会長の握る権力はなかなかのもの。夢菜は今、この学校を掌握していると言ってもいい。違うか?」
俺の指摘に、夢菜がふっと悪女のような笑みをこぼす。
そう。
この指摘は間違っていない。
夢菜の人気は凄まじい。
生徒からも先生からも圧倒的な支持を誇る彼女は、今やある程度の要望は通せるほどの発言力と権力を持っている。
「そうね。新しい部を作るくらい私にとっては簡単なことよ。活動内容が不明でメンバーも集まらないであろう部であってもね」
「そうか。やっぱり夢菜は最高だ」
こう言ってやれば、夢菜は顔を真っ赤に染めて了承してくれるはず。
だが、事実はそう甘くない。
顔を紅潮させるところまでは計画通り、しかしその後の発言は……計画からはそれるが予想通りのものだった。
「いいわ。陰キャ部を発足してあげる。その代わり、カズ、あんたが私と復縁することが条件よ」




