第6話 君を陰キャに戻したい
清衣が転校してきて1週間がたった。
もうすっかりクラスの人気者だ。
いや、クラスどころじゃない。
美少女転校生の話題なんて、ほんの一瞬で学校全体に広まる。
他のクラスの女子生徒から声をかけられたり、男子生徒が偵察に来たり、3年の先輩がいきなり清衣に告白したり――いろいろあったらしい。
その3年の先輩とやらはバスケ部のイケメンだったらしいのだが、見事に振られていた。
『あのさ、清衣ちゃん今彼氏いないっしょ。じゃあ俺と付き合わね? 絶対楽しいからさ』
『ごめんなさい、無理です』
『そんなこと言わずにさ、ちょっとした遊びだと思って』
『……だとしたら、もっと無理です』
『じょ、冗談だって。そんな冷たい顔するなよ。オレがいろいろ教えてやるからさ』
『……ごめんなさい、先輩のこと、生理的に無理なんです』
『……』
どうして俺がこの会話の内容まで把握しているのかというと、その場にいたからだ。
モブ陰キャすぎて存在感がギリギリまで消されていたが、その告白シーンの隅っこに、平然とした陰下一人がいたというわけ。
体育館の裏でやるからモブの侵入を許すんだ。
そういう会話をするのであれば、モブにも見つからない配慮をした方がいいと思う。そう警告してやりたい。
とはいえ、こうして自信満々と自惚れ陽キャが自滅するのを見ると、陰キャである自分は勝ち組であるように思えてきてなんだか清々しい。
「清衣、また告白されたんでしょー?」
「えー、すごー、モテモテじゃん」
教室の中央では、陽キャ女子4人組がわーわーキャーキャーとしゃべっている。
その4人の中に、清衣が含まれてしまうのがなんとも悲しい。
ただ幸運なことに、清衣だけはわーともキャーとも言っていない。
彼女はきっと、少しは周囲のことも考えられるよ、まあ落ち着いてよ枠の陽キャ女子だということだな。
「別にモテてるわけじゃないよ。ただ、転校生だから注目されてるだけ」
「でもさー、斎藤さんみたいなブサイクがここに転校してきたとしても、そんなに話題にはならないと思うよー」
「いや、話題にはなるでしょ。だって斎藤さんってめっちゃブサイクじゃん」
「ウケる~」
聞いてるだけで不快になる会話。
そして斎藤さんに謝れ。
そういう陰口みたいなのは、せめてグループの中の会話だけで言っていてほしい。クラスのど真ん中で言うことではない。
清衣も不快な気分になっているのか、顔色があまりよくなかった。
視線を落とし、目の奥にも光が入っていない。
――無理してる?
今日に至るまで、何度もそう感じる瞬間はあった。
楽しそうに会話していたかと思えば、ほんの一瞬だけ暗い表情を見せることがある。
根っこからうるさい陽キャ女子に圧倒されて、疲れたような、憔悴したような様子を、日々ちびちびと出している。
これはきっと、無理をしているんだ。
清衣は陽キャじゃない。
ほんの1年程度の友人関係だったが、これだけははっきりと言える。
清衣は陽キャにはなりきれない。
無理をして陽キャを目指せば目指すほど、彼女の心の中には少しずつ傷が増えていく。
どうにかして、清衣を元の陰キャに戻すことができないか。
「相談なんだが」
「なによ。私は忙しいの。わかってる?」
「清衣にかつての自分を思い出させて、ありのままの自分でいてもらおう計画について話がしたい」
陰キャとしての俺には、相談できるような友達はいない。
屈辱的ではあるが、ここは陽キャ時代のコネを使うしかなかった。
生徒会室には前回と同じく、生徒会長の夢菜と副会長の琥珀がいた。
前回と違う点は、俺が自ら相談を持ちかけたこと。
経験豊富な夢菜であれば、より具体的なアドバイスができるのではないか。
「カズ、今自分がどんなことしてるかわかってる?」
「もちろんわかってる。協力を申し出てるんだ」
「そういうことじゃなくて、私が言いたいことわかるでしょ!」
「いや、まったくわからない」
夢菜の考えていること、言おうとしていること、それを予想するなんて不可能である。
俺が出会ってきた人間の中でも、トップクラスでわけのわからん女だからな。
「カズっちも悪い男だね~」
「琥珀はわかるのか?」
「今の状況考えてみてよ。元カノに恋愛相談してるんだよ? それも、まだカズっちに未練たらったらの元カノに対して」
言われてみればそうだな。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
女心をわかるような人間のアドバイスがもらえないと、俺の言葉は清衣の心に響かないような気がする。
というかその前に――。
「これは恋愛相談じゃない。俺はただ、清衣が苦しそうだったから――」
「はいはい、そういうことにしといてあげるから」
琥珀は全部わかってるよ、みたいな顔でこっちを見てくる。
これは別に恋じゃない。
俺はただ、かつての清衣に戻ってほしいだけだ。無理をして陽キャになる必要なんて、どこにもない。
陽キャのコミュニティの厳しさや苦しさがわかるからこそ、清衣を救ってあげたいんだ。
「カズ、私は絶対に協力しないわよ。あんたが土下座したとしても、私の足を舐めたとしても、絶対に――」
「足を舐めるってなんだ?」
「え、舐めたいの?」
「どうしてそうなる?」
「だって、舐めたいからそんなこと聞くんでしょ? ま、まぁ、どうしても舐めたいっていうんなら、舐めさせてあげてもいいけど?」
なんで俺がこのクレイジー女の足を舐めなければならないのか。
というか、むしろ俺に足を舐められたがってないか?
付き合っている時も、いろいろと積極的だったからな。変な性的嗜好を持っている可能性は高そうだ。
「あたしが言うことでもないかもしれないけどさ」
ここで琥珀がまた口を開いた。
変な会話を断ち切るという意味でもよかったと思う。
「カズっちは、変化を受け入れたくないだけだと思うな」
「……」
「女の子ってね、だいたいが今の自分にコンプレックスを感じてるし、変わりたいって思ってる。清衣さんが変わったのも、前の自分にコンプレックスがあったからかもよ」
「それは……」
「だから見守ってあげようよ。余計なお世話をしちゃう前にさ」
どこか達観したような琥珀の言葉に、俺は言い返すことができなかった。




