第5話 放課後デートとか知らない
理不尽に生徒会室から追い出され、今はひとりで帰宅中だ。
自宅から学校までは1時間かかる。
中学の時の知り合いがいないようなところを受けるわけだから、離れた場所を選ぶのが賢明だ。
バスよりも電車の方がはるかに安いので、電車通学。
問題は駅が遠いこと。
学校に1番近い駅に着くまでに20分は歩かなくてはならない。なんという立地の悪さ。
その道中にコンビニと本屋があることが唯一の救いだ。
というわけで、いつものように本屋に立ち寄る。
電車を何本か逃すことにはなるが、少し立ち読みでもしていくか。
しかし――。
「まさかとは思ったが……」
本屋には先客がいた。
お察しの通り、美少女転校生の静野清衣だ。
まだ俺に気づいてないようだし、このまま背景キャラとして彼女の立ち読みを見守ることにしよう。
地面に根を張ったように立ち止まって動かない清衣。集中して読書する姿はかつての姿を彷彿とさせる。
相変わらず、本が好きなんだな。
今日1日いろいろあって心が荒れていたが、ここでほんの少しだけ穏やかに気分になる。
「カズ君」
背景に溶け込み、陰キャの得意技であるモブ化していたというのに、清衣は俺の存在に気づいたらしい。
急に後ろを振り向き、俺と目を合わせてきたのだ。
後頭部にもうひとつの目があるのか、それとも第五感が普通の人間よりも優れているのか。後者の方がまだあり得る。
「ここの本屋、いいね」
「……」
夢菜との会話のように、適当にスラスラ話すことはできなかった。
清衣の目を見るだけで、心臓がドキドキする。
これは元々彼女に好意を向けていたからなのか、相手がまったくの別キャラになっていることへの緊張か。多分後者の方だな。
「それ、何の本?」
かろうじて出てきたのはありきたりで最も無難な質問だ。
「これ? 雑誌だよ」
「え?」
「これで最新の流行とか、ファッションの情報を集めることが多いかな」
「……陽キャに染まってる……」
ショックで声がほとんど出なかった。
だから最後のセリフは清衣には聞こえてないだろう。
頼むから、嘘だと言ってくれ。
俺の憧れた静野清衣が、流行を追いかけないでくれ。
――わかってる。
こんなの俺の勝手な押しつけだ。
過去の彼女のイメージを今の彼女にも求めているだけ。もうすっかり変わり果ててしまったのに。
「カズ君、この後時間ある?」
「時間は……ある」
「それなら、放課後デートしようよ」
コンビニから出て、我に返る。
――って、いつの間にか放課後デートが始まっていた!?
いきなりに手を取られ、本屋から連れ出され、そのまま駅までの道を一緒に歩き、コンビニに寄り、アイスを買って――今は公園にいる。
まさに典型的な放課後デートというヤツだ。
中学の頃、夢菜と何度か経験した。
「カズ君は、放課後デートしたことある?」
「まあ一応は」
「……そっか。カズ君には彼女がいたもんね」
少し寂しそうな顔をする清衣。
そんな表情をされても、元カノとデートをした過去は変わらないのでどうすることもできない。
「清衣にはいないのか? 元カレ……とか」
一応聞くことは重要だ。
会っていない2年の間に何かしら大きな経験をしたことは確かなんだから、誰かと付き合った経験がある可能性は結構高い。
仮にそうだとしても俺にどうこう言う権利はないが、やっぱり憧憬の少女に彼氏がいたとなると、衝撃はでかい。
それこそ、いきなり陽キャデビューしてカムバック事件と同じくらい。
清衣は俺の探るような質問を聞くと、クスっと笑い、小悪魔のようないたずらな瞳でこっちを見てきた。
「どっちだと思う? 当ててみてよ」
「普通にいた……いや、もしかして現在進行形でいる……?」
話しながらさらに恐ろしい事態に気づいてしまった。
これが本当でないことを願う。
だが、もし現在進行形で清衣に彼氏がいるのであれば、俺との放課後デートは正真正銘の浮気になる。
キャラが変わっていたとしても、さすがに常識はあるはず。
そこから考えると、今清衣に彼氏はいない。
「いるよ、彼氏」
「え……」
嘘だと言ってくれ。
「嘘だよ」
よかった。
一瞬だけ心臓が止まった。
つまりそれは、一瞬だけ死んだということ。
「それに、元カレもいないよ。私、前からずっと好きな男の子がいるから」
「好きな男の子……?」
そんなの聞いたことない。
ここに来て見知らぬライバルを登場させるのはやめてほしい。
――いや待てよ。
それが俺って可能性はないか?
今デートしているのは俺だ。それも、清衣の方から誘ってきたというか、ほぼ強引だったというか。
いや、だとしてもその可能性は低そうだ。
もし俺のことが好きだったとしたら、中学の頃からってことになる。好きな相手と転校で離れ離れになってしまうのに、連絡先も交換しないで北海道に行く女がどこにいる?
というわけで、もう自分の中で俺は彼女の好きピではないと結論付けた。
「はい、カズ君」
「ん?」
いろいろ考えてたら、視線の先にはスプーンに乗ったアイスクリームがあった。
バニラ味の、お財布に優しいアイスだ。
それでいて美味しい。
で、俺にこれをどうしろと?
「あーん」
いきなり迫ってくるアイス乗せスプーン。
それは清衣が使っていたもので、きっと俺が口をパクっとすれば間接キスとやらが起こってしまうだろう。
陽キャの考えていることはよくわかる。
なぜなら自分が陽キャだったから。
ただ、美少女陽キャ女子高生の考えていることはまったく理解できない。
なぜなら俺は女子じゃないし、美少女でもないから。
距離感はやたらと近いし、間接キスとかも平気でやっちゃうし。もしかして、元カレはいないけどセフレはいました的なオチか?
それだけは頼むからやめてくれ。
「早く食べないと、アイスが溶けるよ」
マイペースでゆったりとした話し方自体は変わってない。
どこか色気のある瞳も、ミステリアスな微笑みも。
言動と雰囲気の明るさが変わるだけで、ここまでキャラの印象に影響が出るのか。
半ば強引にアイスを俺の口にぶち込んでくる清衣。
これは屈するしかない。
あんまりキモいことは言いたくない。
だがひとつだけ言われてほしい。
スプーンから清衣の口の中の体温を間接的に感じることができて、なかなか生々しかった。
「美味しい?」
「あ、うん」
美味しいのは間違いない。
やっぱりアイスはバニラが安定して美味しいな。
清衣が弾けるような笑顔を見せた。魅力的なものではあるものの、俺が彼女に期待している笑顔ではないことが残念だ。
笑顔の清衣は、そのまま俺のスプーンを自分の口に運び、顔をほんのりと紅潮させながら再びアイスをすくった。




