第3話 陰キャのふりはしていない
ベンチの隣には美少女転校生が座っていた。
俺を追い詰めるように、2つの質問を続けて繰り出してきた清衣。
「どうしてさっき、覚えてないって嘘ついたの?」
「なんでボッチ陰キャのふりをしてるの?」
だが、俺は答えない。
だって、質問したいのは俺の方だから。
確かに俺も中学の頃から大きく変わった。それは認めよう。陽キャから陰キャになった。大きな成長だ。
でも清衣は陰キャから陽キャになった。
これがよくある高校デビューで済まされるのか。
答えは否。
陰キャであることに誇りを持っていたはずの彼女が、その面影を捨て去り、まったく別の存在として生まれ変わったのだ。
――スタバの新作だって!?
どんな趣味を持つのかは個人の自由だと思うが、普通自己紹介であんな趣味紹介するか?
「カズ君、無視しないで」
わかりやすく無視しているというのに、清衣は一切動揺することなく、さらに顔を近づけてきた。
よく知ってるぞ。
これは陽キャの距離感だ。
陽キャは遠近感とやらの把握に問題があるヤツが多い。これは長年に渡る陽キャの経験からわかることだ。
ちなみに、俺は清衣からカズ君と呼ばれていた。
俺の名前は陰下一人。
だからカズ君である。
中学時代はどんな友達からもカズとかカズ君とかって呼ばれていた。高校では友達がいないので、普通に陰下君と呼ばれることがほとんどだが。
「まず俺から質問してもいいか?」
「しかたないな、いいよ」
清衣はうーんと考える表情をした後、微笑みながら了承した。
いちいち仕草を大げさにすることで、可愛さを十倍増しにしようという下心が見え見えだ。まあ実際とんでもなく可愛かったが。
深呼吸をして、発言の準備をする。
目の前にいるのは俺の知り合いじゃない。
すっかり変わり果ててしまった、陽キャの超絶美少女だ。
清衣は元から可愛かった。それは確かだ。とはいえ、垢抜けしてここまでの圧倒的ビジュアルを手にしてしまうとは思わなかった。
「なんで急にいなくなったんだ? 何も言わずに」
「それは……」
この質問が来ることは予想できていただろうが、初めてここで動揺を見せる清衣。
「……言わなきゃダメ、かな?」
「言ってもらわないと困る」
「どうしても?」
「上目遣いとかやめてくれ」
明らかに男子の扱い方が上手くなっている。
姿を消していた2年間、誰か特定の男子と特定の関係を持っていたりしたんだろうか。
それとも、男遊びでもしていたのか。
そんなことは考えるだけ無駄だ。
事実はわからないのに勝手に嫌な気分になる。
とか思っていたら、清衣はいきなり視線を落とし、暗い表情を作った。
かつての面影を少しだけ感じることのできる姿。
この一瞬を見ただけで、目の前の人物が静野清衣本人であることを今度こそ確信した。
「お父さんの仕事の都合」
「え?」
「お父さんが急に北海道で仕事することになって、お母さんが家族全員で引っ越そうって――」
「言ってくれればよかったのに」
「わたしは……また会えるってわかってたから……」
「連絡先も交換してなかったんだ。もう二度と会えないかもって――」
「でもこうして、また会えたよね」
あの頃と変わらない、落ち着きのあるしっとりとした声で。
清衣は言った。
「わたしはカズ君とまた会えて嬉しいよ。カズ君は?」
「……」
答えられなかった。
嬉しいって言うのが照れくさいとか、そんな可愛いものじゃない。
俺が今ここで会っているのは、まったくの別人だからだ。
ちょっとした変化じゃない。性格が変わってしまうという大きな変化を経験した二人が再び会った時、それは再会ってことになるんだろうか。
「そうだ! 連絡先交換しよ」
そう言ってさっとスマホを取り出す清衣。
友達追加のために必要なQRコードを出す動作はスムーズで、慣れが感じられた。
断る理由もないので、こっちもスマホを出してコードを読み込む。
清衣のアカウントのアイコンは、夕日をバックにした女子の後ろ姿。
多分だが、その女子っていうのは清衣本人だ。
名前はSui。
対して俺のアイコンは、好きな漫画の萌えキャラの画像。
陰キャっぽさは確実に演出できていると思う。
それを抜きにしても、普通にクルリンは尊いロリキャラだし、見ているだけで癒されるからな。
「カズ君のアイコンのキャラ、可愛いね」
「え、まあ」
「クルリンでしょ? 西園寺オスカーに出てくる」
「知ってるのか!?」
「うん。わたしが好きなキャラはアレクサンダーかな」
クルリンが登場する『勇者学園の西園寺オスカー』という漫画は、比較的マイナーだが濃いファンがいる作品だ。
少なくとも、清衣が漫画好きであることに変わりはないらしい。
これはいい気づきだ。
しかも推しキャラにアレクサンダーを選ぶところとか、さすがのセンスと言えよう。
「――って、そんなことより、わたしは質問に答えたから、今度はカズ君が答えてほしいな」
漫画の話で盛り上がろうと思ったところで、清衣が話題を転換してきた。
ショックだったのは、漫画の話をそんなことと言い換えたこと。
自分の推しキャラについて語り合うとか、何よりも優先すべきことだろう。
それをそんなことだなんて……信じられない。やっぱりこの清衣は、俺の知っている清衣ではない。
「どうして陰キャのふりをしてるの?」
「……俺は元から陰キャだ。陽キャだったことなんてない」
「高校で何か――」
「清衣はどうなんだ? なんでいきなり――いや、なんでもない」
なんでいきなり陽キャになったのか。
そう聞きたかったが、聞けなかった。
少なくとも、今ここでは。
俺がとぼけたのと同じように、清衣もとぼけて話を逸らそうとするのは目に見えている。
漫画の話はこれ以上できないみたいだし、話を続ける意味はもうなさそうだ。
弁当を片づけ、ベンチから立ち上がる。
「カズ君?」
「もう弁当食べたから、教室戻る」
「まだ質問の答えには納得してないけど」
俺は無表情でその言葉を無視し、凄まじいほどの早歩きで教室に帰った。
午後の授業中、俺への不満からか、清衣はずっと俺にジトっとした視線を送り続けていた。
放課後になり、帰宅部の俺はすぐさま教室を出る。
陰キャとして、部活動との向き合い方の典型的パターンとしては2つ。
地味めの文化部に入るか、強くない卓球部に入るか、何にも所属せず帰宅部を貫くか。
結局俺は帰宅部を選んだ。
神青高校の卓球部は強豪だったし、文化部もそこまで陰キャ感がなかったからである。
「カズっち発見! 強制連行しまーす!」
リュックを背負いながら廊下を走っていた俺。
もうすぐ下足室に着くかというところで、聞き覚えのある声の女子生徒にリュックを引っ張られる。
やり方が横暴だし強引だ。
「やっほーカズっち、久しぶり~。早速だけど、君の元カノが呼んでるから生徒会室まで来てね」
「……琥珀」
「結構怒ってるみたいだから、覚悟しといた方がいいかもよ」
俺を連行しているのは生徒会副会長の堀琥珀。
あいつが怒っているという話を聞く限り、このまま大人しく連行された方がよさそうだ。




