第2話 ボッチ陰キャは孤高の存在
私立神青高校に進学してからというもの、俺はボッチ陰キャを極めていた。
中学からの同級生がほぼいない学校を選んだのも正解だった。
なんせ、中学までの俺は、所謂陽キャだったからだ。
常にクラスの中心にいたいし、学級委員や生徒会長もやったりしていた。
明るく笑い、全体の雰囲気を把握し、誰かが仲間外れになったりしないように気を配る。
騒ぐ時には調子に乗りすぎて、先生に怒られたりすることもしばしばあった。
さらに驚くことに、中二から中三にかけて、俺には彼女がいた。
学校で知らない人はいないほどの、容姿端麗、学力優秀、運動神経抜群のパーフェクトガール。
なんやかんやあって、俺たちは付き合うことになり、なんやかんやあって、俺たちは別れた。
そこらへんの詳細はまた今度話したいと思う。
本題は、俺がいかにして陰キャに目覚めたか。
スーパーヒーローには必ず原点がある。
だとすれば、全ての陰キャにだってオリジンはあるのだ。
始まりは中学3年の夏。
パーフェクトガールの立花夢菜と別れ、晴れやかな気分だった頃の話だ。
***
夏休みが明けて、最初の席替え。
これから体育祭があることだし、できるだけ話したことがない人と隣になりたいものだ。
クラスは40人。
全員と仲よくなるなんて簡単だと思っていたが、そうでもないらしい。
実はまだ、一切話したことがない生徒がひとりだけ存在する。
――静野清衣。
彼女はクラスの輪には絶対に入ろうとしない、まさに孤高の性格の持ち主で、めったに口を開かない。
毎日同じ教室で彼女の様子を見る限りだと、友達がいるような感じでもない。
昼は給食だ。
だから特にボッチ飯という概念はない。
とはいっても、絶対に食事中のわいわいとした会話に加わることはないし、校内放送で流れるくだらないクイズにも答えることはない。そりゃそうか。
クラス全員の清衣への印象を簡潔に表すのなら、陰キャ――申し訳ないが、そういうイメージが強い。
男子友達の中には清衣のことを認識していないヤツだっていたし、実は美少女だと言ってこっそり狙っているヤツもいた。
女子の間では、なるべく関わらない方がいい、関わろうとしても無駄、というかなりマイナスな印象が強いだろうか。
まあとにかく、彼女は孤立していた。
だから俺もこれまで話しかけにくかったわけだが――。
「清衣さんと隣になるのは初めてだね。よろしく」
今回の席替えで隣になった。
それはつまり、話しかけるチャンスということ。
名字ではなく、あえて下の名前で呼び、密かに距離を縮めていく。これは俺がいつも使うやり方だ。
呼称って、意外とその後の関係性に影響してくる。
後で名前呼びをするのが照れ臭くてハードルが高くなるのであれば、もう最初から言っちゃおうという俺の完璧な作戦。
我ながら天才だ。
「……よろしく」
さすがに無視するのは悪いと思ったのかもしれない。
清衣はいきなりの挨拶イベントに戸惑いながらも、小さな声で反応した。
それがなんか嬉しくて、すぐに次の質問を考える。
清衣は分厚い本を読んでいた。
ブックカバーがしてあるので、本のタイトルまではわからない。
「それ、何読んでんの?」
「……小説」
なんとなくそうじゃないかと思ってた。
俺との会話が面倒だという気持ちだけはよく伝わったよ。
だが、俺は諦めない。この会話が終わるのは、小説以上の情報を引き出してからだ。
「タイトルは? どんなジャンルのやつ?」
しつこい俺のおかげで、清衣がようやく本から視線を外した。
落ち着いた動作でしおりを挟み、本を閉じる。
これはつまり、俺との会話に集中してくれるということだろうか。追い風だ。
「ファンタジー小説。映画化もしてるから、もしかしたら知ってるかも」
「映画化してんの!? ハリー・ポッターとか?」
「ううん、違う。腕輪物語。聞いたことある?」
「あーあれか! ……名前は聞いたことある……」
ここで観たことのある映画が来ればこっちのものだったのに……。
映画とかあんまり観てこなかったからな。
邦画も洋画もアニメも、よくわからん。
「なんかアレだろ? エルフとかドワーフとかが出てきて……戦って……」
それ以上のファンタジーっぽい言葉が思いつかない。
清衣は気づけば小説の世界に戻っていた。
俺の言葉はもう届かないだろう。もしここで清衣の肩をツンツンつついたとしても、彼女は俺を認識しないはずだ。
俺はこの時、人生で初めて、見向きもされないという感覚を味わった。
注目され、称賛されてきた人生。
自慢するつもりはないが、人から興味を持たれなかったことなんてない。
それなのに、この女はどうだ?
俺の存在なんて、天井のちょっとした染みに過ぎない。
一度チラ見して、ああ染みかと納得すれば、それっきりだ。
まったく新しい世界。まったく新しい存在。
静野清衣は、これまで出会ってきたどんな人間よりも、俺に関心を示さなかった。
ここでふと思う。
彼女のような陰キャこそ、真に孤高の存在なのではないか。
自分の世界で生き、目立つことはなく、見えているものだけに集中する。
なんて美しいんだろう。なんて崇高なのだろう。
そして驚くべきことに、俺はまだ陰キャについて、何も知らないのだ。静野清衣という女の子についても、何も知らないのだ。
まず俺にできることは何か。
やることはすでに決まっていた。
その日は家に帰ってすぐ、ネットでレンタルした『腕輪物語』の映画を観た。
三部作全部。
約9時間分。
【予告】
次回、中学時代の元カノ、立花夢菜が……!(時間軸は現代)




