第16話 映画の誘いはスマートに
7月になり、夏休みが近づいてきた。
中間テストがある地獄の週を乗り越え、ほっと一息。
長らく開いていなかったパソコンを起動すると、書きかけの小説のデータが放置されていることに気づく。
すぐに作業できるようにデスクトップに貼りつけていたのが、吉と出たのか凶と出たのか。
文芸部の合宿が終わって3週間とちょっと。
作品の目安は2万文字。
せめて半分の1万文字くらいは書いていたいところだが、まだたった2000文字しか進んでいなかった。
「清衣も夢菜も、まだ書き終わってないんだろうなぁ……」
合宿の時はかなり没頭していた様子だったが、あの時はまだ設定を練っていた段階だ。
本編を書き始めるとなると、そう簡単に筆は進まないだろう。
実際、短編を書き終わった、なんていう報告はまだないわけだしな。
とはいえ、夏休みが終わるまでに部誌を出さないと、文芸部の存続は厳しいということを夢菜から聞いている。
――最初は部長の俺が書き上げて、かっこいいところを見せるしかないか。
この日は深夜2時まで、執筆を続けた。
「書けたわよ」
その翌日。
放課後いきなり生徒会室に呼び出されたと思ったら、まさかの短編小説完成の報告。
ライバル視していたわけではないものの、先越されたみたいで悔しい。
「原稿のデータは今メールで送ってるから、ちょっと待って」
大学の卒業論文がだいたい2万文字だという。
そう考えると、素人が3週間で2万文字の小説を書くことはかなりすごいのではないだろうか。
超人美少女である夢菜に対し、素人という言葉を使っていいのかはわからないが。
スマホでメールを確認してみると、夢菜の名前が入ったメールアドレスから原稿ファイルが送られてきていることがわかった。
「メールアドレス教えた記憶ないんだけど」
「私は元カノなのよ。知らないわけないでしょ」
え、結構怖いんですが。
知らないところで勝手にスマホの中身見られたりしてないよな?
「とにかく、あんたが部長なんだから、ちゃんと確認しなさいよね。それと、感想も期待してるから」
「わかったよ……」
相変わらず高圧的な態度だな。
家に帰り、早速夢菜の書いた原稿を読む。
最後のシーンまで読み終わった時、俺は言葉を失っていた。
完成度が高かったのもその要因のひとつだ。
物語の流れがわかりやすかったし、キャラクターもよかったし、主人公カズの目的もはっきりしていた。
だが、大きな衝撃は作品全体に広がるカズへの愛にある。
物語の後半はほとんど18禁の内容だ。
官能小説を高校の部誌に載せていいとは思わない。
というわけで――。
「さすがにこの内容を部誌に載せることはできない」
部長として当然のことを、夢菜に告げる。
生徒会室には珍しく俺と夢菜の二人だけだ。
琥珀は女子テニス部の練習でいないらしい。
「私が魂をこめて書いた傑作なのよ! 掲載できないってどういうこと!?」
「あのエロ小説を全校生徒に読ませるわけにはいかないってことだ。わかるだろ」
「あれのどこがエロ小説っていうの!? 私は濡れ場を書いただけよ! カズのエロ耐性がなかっただけじゃないの!?」
「いやあれはどう考えてもやりすぎだろ」
「……高校生はそういうものを求めているわけでしょ? だったら読者にウケて続編が求められるように作った方がいいはずよ」
「そりゃあそうだけど、学校ではダメだ。後半部分を全年齢向けに書き直してくれ」
夢菜はしばらく俺を睨んでいた。
睨まれる筋合いはない。
正しい指摘をしたまでだ。
「感想は?」
「感想なら今言っただろ」
「今のはただの文句でしょ。物語を読んでみての感想は別物だから」
確かに、俺が言及したのは後半にエロシーンがあるということだけで、物語全体としての感想は一言も述べていない。
「後半はなかなか刺激的だったけど、ストーリーはすごく面白かった。キャラクターも魅力的だし、特にメインヒロインの夢子さんが輝いてた」
「……ありがと。べ、別に褒められて嬉しいとか、思ってないんだからね」
ここで不意のツンデレはやめてほしい。
唇を尖らせて言ってくるあたり、可愛すぎないか?
「そこまで言うなら、後半部分くらい、凡人向けに変えてあげてもいいわ」
ツンデレムードのまま言ってきた夢菜。
俺の指摘は受け入れてくれたらしい。
とはいえ、全年齢向けを凡人向けと言うのは、いくら立花夢菜だったとしても許しがたい。
その日の帰宅時間。
駅で電車を待つ清衣を発見したので、執筆の進捗状況を聞くという大義名分で話しかけた。
「執筆の進み具合はどうなんだ?」
「スランプ状態、かな。カズ君は?」
「俺もそんなところだな」
スランプというより、ただ怠惰だっただけかもしれないが。
まあそういうことにしておこう。
「小説書くのって、やっぱり難しいね。いつも読んでるからインプットはできてるはずなのに、実際にアウトプットするってなると、難易度が全然違う」
「面白くしようとすればするほど、書けなくなるよな」
わかっているようなことを言っているが、なんとなくそれっぽいことを言っているだけだ。
「ファンタジー小説だったよな、今書いてるの」
「うん。世界観もしっかり考えて、キャラクターの生い立ちまで考えたんだけど、まだプロット自体が完成してないんだよね」
「ああ、あらすじ的なやつか」
「そうそう。プロット書かないと書き始められないから」
「そうなのか?」
俺、プロットとか書いてないんですが。
ノリと勢いだけで書いてるんですが。
自分がしっかり考えて執筆していないみたいで、なんだか恥ずかしくなってきた。
「物語の方向性もわからないのに、いきなり書くなんてわたしには無理。主人公の目的は光の聖女として覚醒することなんだけど……」
「それじゃあ……」
清衣の目をちらっと確認する。
ファンタジーを書くのに困っているのであれば、ファンタジーを実際に体験すればいい。
「今週の土曜に『クレイジーウォーズ』の続編があるらしいけど、一緒行くか?」
初めての、清衣への映画の誘い。
中学の頃、一緒に映画を観たいなとずっと思っていた。
清衣が映画を人と観ることが好きなのかどうかわからず、臆病になって誘えなかった過去の自分。
そして、高校生になった今。
やっと、映画に誘うことができた。
だが、肝心なのは返事だ。
高確率でいい返事がもらえるような気がするのは、俺の勝手な思い込みか。それとも――。
「もちろんいいよ。『クレイジーウォーズ』大好きだし、絶対観にいこうって決めてたから」
やっぱり清衣のファンタジー好きは俺を裏切らなかった。




