第15話 風呂で抱き合うといろいろまずい
超絶美少女が、自分の入っている風呂場に乱入してくる。
ラノベでしか見ないようなシチュエーションだが、ヒロインの頭が淫乱ピンク一色であれば、十分あり得る状況だ。
俺に逃げ場はないので、これは不可抗力。
さすがに付き合っている時でも、ここまで強引に来ることはなかった。
「大丈夫、何もしないから」
「いや、絶対何かするつもりだろ」
「カズ、あんたえっちなこと考えてるじゃないでしょうね!」
「そりゃあ考えるだろ! この状況で考えない方がおかしい!」
そして――。
俺は見てしまう。
夢菜の、ありのままの姿を。
それはまるで芸術作品のようだった。
ミロのヴィーナスにも劣っていない、美の女神の降臨。
この世に生まれてきてよかった……なんて、そんな感想を漏らしてしまうほど、素晴らしい光景だった。
たとえそれが元カノの裸だったとしても、だ。
「ちょっとあんた、何考えてんの! 見ないで!」
「見せるために入ってきたんじゃないのか!」
「わかってるわよ! わーわー喚かないで! 他の3人にバレるでしょ!」
「喚いているのはどっちだよ!」
「そんなのわかってるから言わないで!」
相変わらず、イライラするヤツだ。
ありとあらゆる面で秀でていることの代償が、この性格だなんて。
やっぱり性格は大事だな。
夢菜は顔を赤らめたままバスタブに入ってくる。
なるべく彼女の肌は見ないようにしていた。
綺麗な生脚や、艶のある胸に目を向けると、頭がおかしくなるとわかっていたからだ。もうすでに呼吸が荒くなっているのを感じる。
夢菜は俺の背後に腰を沈めた。
お湯の水位がほんの少しだけ上昇する。
大きいわけでもないバスタブ。
左右に目を向ければ、夢菜の生脚がそこにあった。
こんなの……ズルいだろ……。
「さっき風呂に入ったんじゃないのか?」
「こうやってカズと一緒に入るために、体を洗っておいたの」
風呂に入るために風呂に入る。
自分の好きな相手には綺麗な状態を見せたい。そういう心理の最終形態だろうか。
「カズ」
「ん?」
これ以上アクションを起こさないでくれと願っていると、もっと攻めたアクションが起こってしまった。
夢菜が後ろから、俺を抱き締めてきたのだ。
おわかりいただけただろうか。
今の状況で、バックハグ。
こっちの理性とやらも考えてほしい。
夢菜が元カノで、性格にいろいろと難ありなことを除いたとしても、この状況は理性を保ちたい男にとって最も刺激的なことのひとつだ。
柔らかい胸が直に当たっている。
すべすべの肌が接触している。
綺麗な脚が俺を挟み込んでいる。
そんなことは一旦忘れて、自分の精神世界に飛び立ちたい。そうすればきっと、この状況を生き抜くことができる。
「覚えてる? 中学の時の生徒会選挙」
「……は?」
夢菜はこの状況で真剣な話がしたいらしい。
後ろから伝わってくるドキドキと、それに反するように穏やかで落ち着いた声色が、俺の心をかき乱した。
「あの時、私、初めて負けたの」
「……」
「中学2年生のあの日まで、私は負けたことがなかった。何かの大会に出れば、絶対に優勝してたし、何かの賞に応募すれば、絶対に最優秀賞だった」
その時点で、もう夢菜は人間を辞めていたということか。
真面目な話なのかもしれないが、相変わらず優秀さの化け物みたいな話に戦慄する。
「そんな時、カズが私を負かした。絶対に生徒会長になれるって思ってたのに、カズの方が人気だったし、カズの演説の方がずっと上手かった」
「そんな大した差じゃなかった気がするけど――」
「票数なんて関係ない! 私は初めて負けた。負けは負けなの! 最初はそれが信じられなかった」
「……」
「副会長にはなれたけど、カズのサポートをしようなんて、まったく思ってなかったわ」
「それは……衝撃の事実だな」
「でも……カズは生徒会長にふさわしい、最高のリーダーだった。あの時、私、あんたの評判を下げるつもりで何度もミスしてたのよ。それなのに、あんたは私をフォローして、失敗を上手く利用してもっと大きな成功に導いて――」
「ちょっと待て。あれ、わざとミスしてたのか!?」
俺はショックだぞ。
夢菜のミスをカバーするの、結構大変だったんだからな!
「ごめんなさい……でも、私が惚れたのは、そんな性格最悪な私にも優しくしてくれて、実力で全てを示してくれたカズなの」
性格最悪っていうところは否定してあげないからな。
「私はただ、カズのことが本気で好きだった。今も同じ。どうしてキャラを変えて高校デビューしたのかわからないけど……どんなカズだったとしても、私はカズのことだけを愛するから」
「夢菜……」
「……なのにどうして、私を振ったの? 私のこと、嫌いになったの?」
「……嫌いになったわけじゃない。もちろん今も……いろいろ思うところはあるけど……嫌いじゃない。大切な友達だと思ってる」
「それならどうして……?」
「束縛が激しかったからだ。家のベッドに縛りつけられた時はもう終わりだと思った」
そう、彼女はヤンデレだった。
別れた原因はそれ以上でも以下でもない。
彼女の内に秘められた狂気は、ただの性格意地悪というだけでは語れるものじゃないということだ。
だが、そのことを告白した瞬間、夢菜の抱きつく力がさらに強くなったような気がする。
「何もしないって言ったのは嘘のつもりだった」
「……それはどういう――」
「本当はここで既成事実を作って、一生私のものにしようって企んでたの」
「怖いな……」
「でも……今はただ……これだけ受け止めて」
強く、それでいて優しく、俺を包み込もうとしてくる夢菜。
そこには狂気やヤンデレを感じなかった。
純粋な愛を、背中から感じ取っていた。
肩に雫がこぼれ落ちる。
それは夢菜の涙だった。
俺に対し、ずっと未練を抱えて今日まで生きてきたという夢菜。
これくらいの涙は、受け止めてやらなければと、元カレとしての責任を感じた。




