第14話 風呂に乱入してきた淫乱ヒロイン
ようやく全員がソファに座り、落ち着いた。
夢葉たんの純粋無垢な質問には、正直に答えることで誠実さを示した。
これは文芸部の活動の一環であり、この合宿を通して小説を書くつもりなのだ、と。
夢葉たんは単なる遊び目的じゃないと聞いて少しガッカリしている様子だった。
「飲み物は何がいい?」
キッチンから夢菜の声がする。
彼女の家に来たのは初めてじゃない。
実は何度も来ている。
だから妹の夢葉たんにも懐かれているわけだ。
夢菜の父親は船で仕事をしているので、何ヶ月も家に帰ってこないし、母親は今日から3日ほど出張で仙台に行くとのこと。
「はーい、オレンジジュース!」
威勢よく答えたのは琥珀だ。
琥珀もこの家に来るのは初めてじゃないそうで、すっかり慣れた様子でソファに腰掛けていた。
それに比べ、清衣はぎこちない感じでソファに腰をつけている。
座っていると言えるのか微妙なラインだ。
「俺はお茶で」
「了解。静野さんは?」
「わたしは……お茶?」
「なんで疑問形なのよ……」
この状況、清衣にとってはなかなか大変かもしれない。
二つ返事で了承したくれた誘いだったものの、特に親しくもない女子二人と一緒にお泊りするなんて。
陽キャデビューした彼女にはレベルが高すぎではなかろうか。
というわけで、飲み物も用意され、文芸部の活動が始まった。
1番大きいソファには琥珀と夢菜が座り、それに対して直角に配置されているソファに俺と清衣が座っている。
夢葉たんはというと、俺の膝の上にちょこんと小振りなお尻を置いていた。
ゆるふわっとしたボブの髪の毛が、すぐそこにある。
この可愛い生き物と1日中一緒にいられるのであれば、食事及び睡眠抜きでも構わない。
琥珀がごくごくとオレンジジュースを飲み終わると、夢菜が立ち上がって全員の注目を集めた。
「今日の目的は小説を書くことよ。それぞれ書きたい小説のジャンルは考えてきた?」
さすがは生徒会長。
部長でもないのに仕切ってくれる(部長は一応俺)。
これまでのリーダーとしての経験から、指揮を執るという行為が頭の中に深く刻み込まれているに違いない。
「あたしは特に書きたいのとかないし、夢菜の助手?みたいなのになろっかな~」
「あんたはいつもそうよね……自分の書きたい物語とかはないわけ?」
「んー、読むのも難しいのに、書くってなるとちょっとねぇ」
琥珀が渋い顔をする。
いつもの笑顔からは想像できないほど厳しそうな顔だった。
それが面白くてつい笑ってしまう。
「あ、カズっち笑った! あたしこれでも生徒会副会長だぞ~」
「ごめんごめん」
琥珀が頬を膨らませながら俺の肩を揺さぶる。
それに合わせ、俺の膝の上に住んでいる可愛い妖精までもが、激しい地震に襲われた。
「ふわぁぁぁあああ!」
「あ、ごめん夢葉ちゃん」
愛しの夢葉たんは、頭を俺の胸にコトンと、ぶつけ、涙目になっていた。
「夢葉たんを泣かせるなよ」
「カズっちはシスコンだね~」
「琥珀? 夢葉は私の妹なんだけど?」
「でも、夢菜よりカズっちに懐いてるような気がするんだけど――」
「琥珀?」
「あ、いや、なんでもないよ」
鋭い暴君の睨みは恐ろしい。
清衣はこの会話に入ることができなかったことに加え、みんなの生徒会長として見せることのない夢菜の怖い表情に身を震わせていた。
「――こほん」
ここで、場の混乱を抑えるため、夢菜が咳払いをする。
「それじゃあ、静野さんは何を書くか決めてきた?」
「わたし? わたしは……ファンタジー小説を書こうかなって……思ってる」
「面白そうね。まずは部誌に載せようと思ってるから、短編サイズで書いて」
そりゃあそうだ。
最初から長編を書くなんて難易度が高すぎる。
「カズ君は何書くの?」
夢菜が聞く前に、今度は清衣が質問してくる。
もしや、俺もファンタジー小説を書くのではないかと期待している目ではないだろうか。
――悪いな、清衣。俺が書くのはもっと崇高な物語だ。
「完成してから教えることにする」
「え~、カズっちズルーい!」
琥珀がブーブー言っているが、彼女はそもそも作品を書かないわけだから、文句を言う権利はない。
「立花さんはどんなジャンルを書くの?」
ここで、勇気を振り絞ったような表情で清衣が口を開いた。
夢菜は、よくぞ聞いてくれました、という顔で大きな胸を張る。
「わたしは現代ラブコメを書くつもりよ。可憐で美しい女生徒会長に、カズという名前の主人公が惹かれていくの」
琥珀は大笑い。
俺と清衣は苦笑いだった。
実際に小説を書くというのは、思っている以上に大変なことだ。
夢菜の指示で、まずは登場人物の設定を考えることにした。
つい先日読んだ『アホでもわかる小説の書き方』という本に、まずはキャラクターから作れ、と書いてあったらしい。
その本曰く、キャラクターはその物語の中で実際に生きているわけだから、これまでどういう人生を歩んできたのかという過去を含め、様々な設定を考えなければならないそう。
確かにそうだよなとは思いつつ、やっぱり小説を書くなんて俺たちには難しかったのではないか、というセリフが1秒ごとに浮かんでくる。
俺はまったく進まなかったが、万能人である夢菜、生粋の本好きである清衣は、自分だけの世界に没頭してキャラクターを作っていた。
その間に起きた面白いこととしては、夢葉たんが俺の膝から旅立ち、初対面の清衣にべったりとくっついたことだろう。
いや、面白いというか相当ショックだな。
「清衣お姉ちゃん、可愛いね」
どうやら静かで落ち着いた清衣の雰囲気が、ふわふわ妖精の夢葉たんを引き寄せたらしい。
これには納得がいったが、癒しを奪われた悔しさも、ほんの少しあった。
時は過ぎ、風呂に入ることになった。
午後はかなり集中した時間だったので、特に会話をすることもなく、一瞬で過ぎ去ったのだ。
昼は一切食べず、夜はコンビニで買ってきたおにぎりで済ませた。
夢菜と清衣曰く、1秒でも早くキャラクターを作ってあげないと彼らが可哀そう、とのこと。
意味がわからんし、没頭しすぎである。
何はともあれ、風呂だ。
俺はこの中で唯一の男子。
先に入るべきか、後に入るべきか、それとも、シャワーだけで済ませるべきか。
いろいろ話し合いになるかと思っていたが、俺は最後ということになった。
夢菜が1番最初、その次に琥珀。
そして清衣。
夢葉たんは気に入った清衣お姉ちゃんと入るらしい。
さすがにここで、俺と入ろうなんてことを言おうものなら、同級生3人から冷たい視線が飛んできそうだったので、さすがに口にしていない。
「今日1日長かったな……」
湯船に浸かりながら、文芸部合宿初日を振り返ってみる。
夢菜と清衣はガチ勢っぽかったし、琥珀は相変わらずの自由人。夢葉たんは世界で1番可愛かった。
ここでふと考えてみると、俺は今、美少女3人(夢葉たんは美少女だが天使でもあるから含まない)の残り湯に浸かっている、ということになる。
「……なかなかヤバいな」
ボッチ陰キャには強すぎる刺激だ。
「カズ?」
「――ッ」
風呂場の外から、夢菜の声がする。
こいつもしや――。
「入ってくるつもりか?」
「当たり前でしょ。油断した?」
「……」
全裸で無防備の俺に、抵抗する手段はない。
俺はただ、ゆっくりと開く風呂場のドアを眺めていることしかできなかった。




