第12話 スタバデートではありません
『それ、何読んでんの?』
『……小説』
『タイトルは? どんなジャンルのやつ?』
『――腕輪物語。聞いたことある?』
『――なんかアレだろ? エルフとかドワーフとかが出てきて……戦って……』
清衣は俺が『腕輪物語』のことをよく知らないとわかると、すぐに読書を再開した。
俺なんて彼女にとっては天井の染みに過ぎない。
それが虚しかったのか、それとも新鮮だったのか。
その日のうちに、俺は映画を全作観た。
9時間ほどの長編作品。
だが、一瞬一瞬に意味があり、全ての出来事が重厚なファンタジー世界の中で繰り広げられる。
すっかり世界観に入り込んでしまった。
水分補給も睡眠もトイレも忘れ、俺はただ映画にだけ没頭していた。
その翌日。
トイレ陰口事件とかいろいろあったが、給食の時間になって再び話しかけるチャンスが巡ってきた。
今度こそ清衣とオタク的会話をしてみせる。
自分の好きな作品に関してなら、俺とも熱意を持って話してくれるかもしれない。そこからほんの少しだけ、俺にも興味を持ってくれるかもしれない。
下心は当然ある。
だが、今は純粋にあの最高の作品について語りたい。
そんな綺麗な気持ちも同時にあった。
「あの、清衣さん」
給食の時には、近くの席とグループを作って食べる。
これまで清衣と同じグループになったことすらない俺。
素晴らしいことに、今の俺と清衣は向かい合っている。
それに、それぞれの隣にいる女子生徒二人は大の仲よし。
俺たちが入る隙間はない。
だからこそ、自然に清衣との会話が始められる。まさに完璧なシチュエーションだ。
「うん?」
「そういえば俺、昨日『腕輪物語』の映画観たよ」
「え?」
「最高だった。特に最後、エルフのラメセスがドワーフのゼブリを友だと言って――」
「最後まで観たの? 三部作の?」
かなりの食いつきだ。
これには隣の女子二人も驚いている。
清衣にしてはそれなりに声が大きかったからな。
一応周囲のクラスメイトだってなかなか大きな声で話しているから、清衣だけが目立つなんてことはないが、それでも意外性のインパクトは凄まじい。
ほんの少し顔を赤くしながらも、清衣は質問を続けた。
「早送りとかじゃなくて、9時間分全部観たの? 昨日?」
「厳密に言えば、今日観終わったって感じかな。夜の9時に観始めて、朝の6時に終わったから」
「徹夜で……?」
「面白かったから当然だろ? 俺、ハマると時間を忘れて没頭しちゃうタイプなんだ」
「……わたしと一緒だ……」
「ん?」
「わたしも、ハマるとつい没頭しちゃって、そのことしか考えられなくなる」
「俺たち、気が合うかもな」
つい調子に乗って俺が言うと、清衣はこれまでどのクラスメイトにも見せたことがないであろう、最高に魅力的な笑みを俺に向けた。
「そうかも」
***
懐かしい思い出。
あれは俺と清衣の初めての会話だった。
お互いがお互いの言うことに興味を持ち、対等に言葉のやりとりをしていた。
あの後、清衣は原作小説も面白いからと言って、自分が持っていた大切な本を貸してくれた。
それがあまりに嬉しくて、1週間で原作小説全7巻を読み切ってしまう。
さすがの清衣も目を丸くして驚いていた。
そしてすごく、嬉しそうだった。
俺の向かいの席には清衣が座っている。
中学の頃とはすっかり印象が違う清衣だ。
ミディアムボブに、シースルー前髪。耳にはイヤリング。顔には学校にいる時以上のお化粧。
可愛いし美人だ。
俺はこの変化を喜ぶべきなんだろうか。それとも、やっぱり虚しく思うべきなんだろうか。
「用事はいいのか? お母さんに呼び出されたんだろ?」
「盗み聞きしてたんだね」
「まあ一応」
「お母さんに呼び出されたっていうのは嘘だよ。カズ君と話したいって思ったから」
胸がときめくようなことを平気な顔で言わないでほしい。
やっぱり、男を弄ぶようなテクニックを身につけてやがる。
「それ、何の本読んでるの?」
「ラノベ」
既視感がする。
俺と清衣の関係の始まりも、何の本を読んでいるのか聞いた、あのセリフだった。
今ではすっかり立場逆転か。
「もしかして、西園寺オスカーの最新巻?」
「その通り」
「わたしは漫画しか読んでないからわからないけど、ラノベも面白いの?」
「当たり前だ。エース皇命は天才だぞ」
エース皇命というのは今俺が読んでいるラノベの作者だ。
他の作品も読んでいるので、実質作家買いをしていると言える。
「すっかり本好きになったんだね。誰のおかげだと思う?」
「それは間違いなく、清衣のおかげだろ」
「素直だね」
こうやって向かい合って清衣と話していると、中学の給食の時を思い出す。
清衣も同じなのかもしれない。
表情が少しずつ、あの時のものに戻ってきているような気がした。
店には他にもたくさんの客がいるが、この空間を共有しているのは俺たち二人だけだ。
誰も俺たちの会話になんて興味がないし、入ろうとも思っていない。
「清衣は……なんでこんなにも……変わってしまったんだ?」
ずっと聞きたかったことを、改めて聞く。
返ってくる内容はわかりきっているが。
「それはカズ君も同じだよ。あの頃とは全然違う」
「俺は陰キャになることで自分を見つけたんだ。本当の自分になれたような気がしてる。清衣は……どうなんだ?」
「んー、わからない」
また適当な言葉で誤魔化してくるかと思ったが、違った。
わからないという言葉は、彼女のありのまま――素直な気持ちを表していた。
「わたしがなりたい自分になれているとは思えないかな。だってまだ、集団に溶け込めないことがほとんどだし」
「あのグループに溶け込もうと思ったら、マジウケる~、とか、それな!とか言っていればいいだけだぞ」
「いいアイディアだね。今度やってみようかな」
「絶対にやめてくれ。そんなことしたら縁を切るからな」
清衣が軽く笑う。
「それだけで縁切られるの? 厳しくない?」
「別に清衣が心から望んでしているんだったらいいけど、無理しているように見えるのが、俺は嫌なんだ。自分勝手かもしれないけど」
「そうだね。カズ君はいつも自分勝手」
「おい」
「冗談だよ。カズ君は優しい」
ここで、清衣が俺の目を見つめてきた。
何か大切なことを、言おうとしている気がする。
「わたしがどうして変わったのか。それはね、あのままだと釣り合わないって思ったからだよ」
「釣り合わない? 何に?」
「それは……秘密。賢いカズ君なら、わかるはずだけどな」




