第10話 ヒロイン同士でバチバチしないで
清衣にとっては予期せぬ夢菜の登場に、ほんの一瞬場が凍りついた。
特に他の部員がいるのかということは聞いてこなかったから、俺は事前に夢菜と琥珀も部員であることを伝えていなかった。
というのも、二人はほぼ幽霊部員になるはずだし、いろいろ忙しくて来れないだろうと思っていたからだ。
俺と清衣の二人きりの部活だと思っていたところに、まさかのご登場。
「カズ君? これは……」
「新しい部活を作るのには部員が4人いるんだ。だから幽霊部員として入ってもらおうと思っていたんだけど――」
「寂しいこと言わないでよ、カズ。私もれっきとした文芸部員なのよ」
そう言って、グイグイと距離を縮めてくる夢菜。
ただの友達ではあり得ないほどの、顔すれすれの位置にまで接近してきた。
夢菜の綺麗な顔がすぐそこにある。
とはいえ、ドキドキだけはしない。なんでだろう。
「カズっち、活動始めよっ」
ここで止まっていた時を進めたのは、誰よりも頼りになる琥珀だった。
明るい雰囲気のまま椅子に腰掛け、机の上に積んである本を1冊手に取る。
それは俺が図書室から適当に借りてきたSF小説だ。琥珀に読めるとは思えない。
「それで、これ読めばいいの?」
「ま、まあ、そんなところだな」
「ふーん。了解!」
話が早い琥珀。
小説を開き、読み始める。
内容がよく理解できなくて途中で放り投げそうな気もするが、とにかく。
文芸部の活動を始めよう。
「それじゃあ本、読むぞ」
我ながらぎこちない始め方だと思うが、琥珀が先陣を切ってくれたんだ。
その犠牲を無駄にするわけにはいかない。
「カズ君……」
清衣が何か言いたそうにしている。
こんなバリバリの陽キャと生徒会長と一緒に読みたくないとか、そんな感じの雰囲気だな。
何か言うかと思ったが、意外なことに清衣はすっと黙り込み、自分の生徒鞄から1冊の厚い本を取り出した。
清衣の愛読書、『腕輪物語』の原作小説である。
俺も中学の頃に読んだので、内容は知っているし、大好きな作品だ。
まさにファンタジー小説の金字塔。
音もなく椅子に座り、存在感を消すように読み始める清衣。それはかつての陰キャ時代を彷彿とさせるようで、どこか懐かしささえ感じた。
俺もその精神を見習い、本の世界に没頭しよう。
そう気合いを入れ、自分が読むためにキープしておいた1冊を取り出す。
そう、何を隠そう、『腕輪物語』の第1巻だ。
本来ならば、清衣と二人きりで語り合うつもりだった。
俺たちが仲よくなる原点となった作品について。
だがここに夢菜と琥珀がいるのは想定外。
だって、生徒会とか、テニス部とか、それ以外の用事とかで忙しいだろう?
幽霊部員でいいって言っているのに、わざわざ活動に参加するお利口さんなんてこの世に存在するのか?
「夢菜は何も読まないつもりなのか?」
ひとりだけ本を手に取ろうとしない夢菜。
仮の部長として、意欲のない部員に声をかける。
「カズ、私の目的がなんだか知ってる?」
「本を読むことだろ? 文芸部の活動に参加している以上、本を読むふりくらいはしてくれ」
「言ったわよね。私との復縁、ちゃーんと考えてって」
清衣の表情が凍りついた。
琥珀は笑いを必死にこらえている。
彼女は間違いなく、この場で夢菜が復縁の話題を出してくることを知っていたはず。
そりゃあそうだよな。
琥珀は面白そうなことがあれば、どこにでも駆けつける女だ。
俺の密かな事前調査によれば、今日は女子テニス部の活動がある。それなのに幽霊部員でもオッケーな文芸部に顔を出すことを選んだ。
夢菜は椅子に座っている俺の後ろからバックハグし、豊満な胸を後頭部にしっかりと押しつけてきやがった。
清衣はそれを見て、何やら自分の胸と比較しているような仕草を見せる。
大丈夫、夢菜が異常なだけだ。
清衣の慎ましい胸はとても魅力的だぞ。
「……」
そのまま、清衣の拳がぷるぷると震え出す。
これはきっと、読書の邪魔をするな、という激しい抵抗に違いない。
彼女の性格の奥底に刻まれた、自分の神聖な時間。
その集中を阻害する邪魔者を、排除しなければと。
清衣の脳及び全神経が反応しているんだ。
やっぱり、文芸部を作ったのは間違いなんかじゃなかった。俺の思いつきと判断は正しかった。
そのまま静かに立ち上がり、怒気のこもった表情で夢菜に近づいていく清衣。
中学時代、この二人には接点がなかった。
俺と関わりが深くなった時期がズレていたというのもあり、顔を合わせて言葉を交わすなんてことは一切なかったわけだ。
だからこの二人の関係がどうなるのかは未知数。
自分に近い存在同士である以上、仲よくしてほしいと思うのは都合がよすぎるだろうか。
「どうしたの? 読書に集中してたんじゃないの?」
勝ち誇った笑みを浮かべる夢菜の一言。
どうしてここでそんな悪女ムーブをかますのか。
琥珀は声を上げて笑うのを必死にこらえているし、頼りにならなそうだ。
「立花さんは、もうカズ君の恋人じゃないんだよね?」
「またどうせ復縁するから、恋人と言っても――」
「復縁しないぞ、俺は」
「ほら、カズ君をこう言ってるし、そんなにベタベタするのは――」
「別にいいでしょ! あんたには関係ないことよね! 恋人でないにしても、私みたいな美少女にベタベタされて嫌な男子なんていないわ!」
その発言が自分の株をグッと下げていることに、気づいていない模様。
琥珀は「なにこれ修羅場じゃん。あたしもカズっちのこと結構好きだし、参加しちゃおうかな~」とか言っている。
余計に混乱するからやめてくれ。
「心が綺麗な人はそんなこと言わないよ」
敵意に満ちた視線を、悪女夢菜に送る清衣。
よくぞ言ったって感じだ。
だが俺の知っている彼女は、誰かと張り合ったりはしない、自分軸で生きる少女だった。
そう考えると少し悲しいような……。
「へぇ~、この学校の最高権力者である私に、そんなこと言っちゃうんだ~」
学校の最高権力者ではない。
あくまでも生徒会長だ。勘違いするな。
「いいわ! それなら、あんたの中学の陰キャ時代のこと、クラスのお友達に告げ口してやってもいいのよ」
「――ッ」
「「悪女だ」」
俺と琥珀のセリフがハモった。
清衣はこれ以上、何も言えなくなった。




