また、その先へ
春、それは私にとってどうでもいい季節。
巷では出会いと別れの季節とか言われているが、正直に言って片腹痛い。
人間生きていれば様々な出来事に遭遇するし、それを春に限定する必要はないと思っている。
だが、こんな思想を世間に公表すれば、ひねくれ者の烙印を押されてしまうため、じっと言いたいことを我慢していた。
何事においても溜め込むのは毒だが、沈黙は金とも言うため、なかなか難しい。
こんなにもベクトルが真逆だと、私はどうすれば良いか分からなくなるじゃないか。
そんな不満を空気にぶつけてみるが、当然何か返答がある訳ではなかった。
いや、帰ってきた方が恐ろしい。
「なんか、浮いてる気がするなぁ」
周りにいる実家が太そうな子たちを見て、私は独り言を漏らす。
父と母はそれなりの仕事に従事しており、傍から見ればお嬢様と捉えられるだろう。
しかし、それは全くの張りぼてであり、慈善活動やら寄付やらで私に注がれるお金は微々たるものだった。
なにせ制服を買う余裕もなく、人脈を辿って入学式の前日にようやくお下がりを貰えたくらいには困窮しているのだ。
これは新たなネグレクトと言っても過言ではない。
それを母に伝えると、「どうせ三年しか着ないんだから。それに成長期でしょ? もしかしたら制服がきつくなるかもしれないし」と簡単にいなされてしまう。
ちなみに、父への相談は時間の無駄だった。
なぜなら母の言うことは百パーセント聞き入れるイエスマンであり、「父さんもな、本当は可哀そうだと思っているんだけどな。でもな、母さんがなぁ」と述べるだけで、状況が改善したことは人生において一度もない。
全く、金銭的余裕がないのなら、鳳凰学園みたいな金持ち学校を進学先として進めなくてもよかったのに。
運よく特待生の枠で入学したものの、今となっては逆に運が悪かったと後悔しかない。
私は深くため息を吐くと、それがリラックス効果を生んだのか、周囲の声がクリアに聞こえるようになった。
「へっ、所詮は一般組だな」
そう嘲笑しながら大柄で育ちが良く、そして世間知らずそうな男は一人の男子生徒を見下していた。
噂ではこういった内部組による差別は減っていると聞いていたが、やはり伝統を重んじる学園ではそう簡単に消えるものではないらしい。
私はそっと瞼を閉じると、知らぬ存ぜぬのスタイルで行くことに決めた。
ここで下手に首を突っ込んでも、無駄な傷を負うだけだ。
私はこの三年間を空気の様に過ごして、鳳凰学園卒業というブランドを手に入れ、有名大学へ進学し、そしてぬくぬく大手事務員として余生を過ごすのだ。
その夢をこんなに早い段階で捨てる訳にはいかない。
「一般組で何が悪い。内部組だと偉いのか?」
そんな彼の主張に対して、どこからか「当たり前だろ。一緒にすんな」と冷ややかな声が聞こえてきた。
それに影響された内部組の人々は面白い玩具を見つけたかのように、「嫌なら辞めれば?」や「身の程を知りなさい」と言って彼を囲い込む。
人間と言う生き物はどうして集団になるとこんなにも愚かになるのだろうか。
例え大勢に紛れたとしても、個人で行った攻撃は確かな罪になると言うのに。
私はこの教室に居ると次第に気持ち悪くなってきて、席を立ちこの場を離れようとする。
この行動もまた卑怯な攻撃だった。
そう客観視はしてみるが、自分の中の何かが変わることは決してない。
私は扉に手を掛け、横にスライドさせたその時、虐められている彼のもどかしそうな顔を見る。
自分の事を表現できず、その苦しむ表情は、まるで溺れているようだった。
あぁ、どうして心に蟠りが溜まっていくんだ。
言葉で制圧しようとするのなら、勝算を持ってからすべきだろうに。
それと相手にペースを握られたのなら、流れを取り返す意地を見せろよ。
そんな苛立ちを覚えたとき、彼の後ろには涙を滲ませている女の子を確認できた。
「その女とさっさと退学しろよ! そしてそいつと将来、俺たちの奴隷でも作るんだな!」
男子生徒は手を叩きながら下品に笑うと、それにつられて周囲にも最低な活気が舞い上がる。
なるほど、彼はあの子を守るために前に出たのか。
それは明らかに無謀であるが、実に私好みの愚直さを有しており、気づいたときにはその輪の中心に立っている自分がいた。
「全く持って情けない。他者の権力を振りかざして虚しくならないの?」
あぁ、まさか入学初日からクラスメイトに喧嘩を売るなんて有り得ない。
だけど、私の口は一度空いてしまったら最後、思いを伝えるまでは閉じることはない
親譲りの悪癖ではあったが、私自身はあながち嫌いではなかった。
これは逃げたいときでも戦う勇気を与えてくれる。
「言っておくけど、あなたは一ミリも偉くないのよ? たまたま生まれる場所が良かっただけのラッキーボーイなんだから。それなのに偏見で誰かを差別して悦に浸るなんて最低じゃない。ちなみに、彼と一緒に嘲笑った人たちも一緒よ。遅かれ早かれ笑われる側になるのが落ちだわ」
こういう事態を無くすために名札制度が廃止されたのに、名簿の隣に「特待生」なんて書かれたら意味がない。
名前がかっこいいだけで、差別を助長する道具にされるだけだ。
私の言葉に生徒たちは戸惑いを隠せないでいると、それでも男子生徒は「う、うるせぇ! お前も一般組だろ! 名前は確か……」と言うが、私の胸元に付けられた普通の名札に目を移すと、「いや、まさか、嘘だろ?」と文字通り顔を青くして後ずさりする。
「私の名前、何か変かしら?」
そうワザとらしく彼に問いかけると、彼は急に態度を変えて「い、いえ! とんでもございません! いつも父がお世話になっています!」と逃げるようにこの場を去った。
この教室に戻ってくるときの彼の心境、想像しただけで帰りたくなるな。
私は一件落着と思い、意識を現実に戻すと、周囲をさっと見渡して自分が目立ちすぎていることに気が付いた。
「あ、あの。その、生意気言ってすみませんでした! 失礼します!」
そう言って私もこの教室から逃れようとする。
まさか、こんなにも早く因果応報が訪れるとは。
私の頭の中は「転校」の二文字で満たされており、一刻も早くこの空間から消えたかった。
しかし、そんな願いは何者かに手首を掴まれることによって阻まれる。
そうだよね。
こんな権力者だらけの集団で悪目立ちすれば集団リンチを食らうよね。
あぁ、私はこのまま拷問を受けた後に臓器を売り飛ばされるのだ。
いや、もしくはこのまま公開処刑のパターンもありうる。
「ど、どうか。殺すなら一思いに……」
そう瞼をぎゅっと閉じて、最後の願いを口にするが、全く持って反応が全くない。
喋りかけられる訳でも、殴られるわけでもない。
いったい今はどんな状況になっているのだろうか。
私は恐怖を感じながらも意を決して瞳の中に光を入れると、そこには先ほど女の子を庇っていた男の子が真剣な眼差しでこちらを見ているのが確認できた。
なんなんだ。
この状況は。
少なくとも殺されるような状況ではなさそうだが、どうして掴んだ手を離そうとしない。
「なぁ、頼みがある」
そんな言葉に不思議と嫌な予感がする。
私は口で断るよりも早く、腕を振って彼から逃れようとするが、男の子の力に敵う訳もなく、耳を塞ぐことも困難だった。
「こ、断る! 生憎私は忙しいんだ! パソコン教室とか武術指導のアルバイトがあるんだよ! それに週に一回はアフタヌーンティーを楽しまないと死んじゃうし!」
そんな必死になる私を差し置いて、彼は自分の願いを勝手に口に出し始める。
「俺を、生徒会長にしてくれ」
そんな言葉を聞くと、頭がクラッとして思わず床の上にぺたんと座り込んだ。
「わ、私は選挙とか政治みたいなのが嫌いなんだ! 他を当てって!」
駒込結花、一六歳。
私は今日、初めて本気の声を聞く。




