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ブッキング

「電子、このデータをAIに食わせてみたらどうだ?」

 

俺はそう提案すると、「まぁ、無いよりはマシだな」と言って、彼女はカタカタとキーボードを叩き始める。


普段とは変わらない日常であったが、将亦は随分とご満悦な表情で「二人とも、いつの間にそんな仲良くなったの?」と冷やかしてくる。


そんな言葉に電子は「冗談でも止めてくれよ。こいつと仲良くなんて、死んでもあり得ないね」と舌を出し、嫌悪感を露にした。


「そうかな。私にはそう見えないけど」

 

これ以上距離感に関する話題には触れないで欲しい。


何も悪いことをしていないのに、電子から発せられる言葉の棘が俺の心にグサグサと突き刺さる。


痛みに慣れているとは言え、痛覚がなくなったわけではないのだ。


俺はイヤホンを取り出して、外界からの雑音をシャットアウトし、自分の仕事に集中した。


選挙活動は目立つことが重要である。


俺は電子の協力のもと、出所不明な生徒データを元に一番人が集まる場所と時間を割り出し、その場所の管理者に連絡を行う。

 

以前までは電話と言うものが苦手であったが、今ではメールよりも早く簡潔に仕事を進められる、頼れる相棒になっていた。


俺は伊達に営業の仕事をしていたわけではないのだ。


「あ、もしもし。鳳凰学園の駒込と申します。実は、そちらの駅でPR活動をしたくてですね」

 

そう説明するも、「ちょうどその期間は、お宅の高校のTFLと言う団体が使うことになっているんです。これ以上は通勤通学の妨げになりますのでご遠慮願います」と一方的に通話を切られてしまう。


まさか、相手と選挙場所がブッキングするとは。


しかし、駅前で演説をするというのは誰しも考えることだ。


俺はこんな時のために、とっておきの場所を見つけている。


そこは、地味ではあるが多くの生徒が往来する穴場スポットであった。

 

俺は念のためにそこの利用許可を取っていたので思考をすぐに切り替えて別な作業に取り掛かると一本の着信が入る。


俺はスマホの画面をスライドして、スピーカー部分を耳元に当てた。


電話の相手は利用許可を得た場所の担当者であったがその内容を聞いた瞬間、俺の顔から少しずつ熱が奪われて行くのが分かる。


「待ってください! せめて数十分だけでも場所をお借りできませんか!?」


必死に抗議をするも、「申し訳ない」と一言だけ伝えられると、そのまま先ほど同様に電話を切られてしまった。


「駒込君、何かあったの?」

 

こちらを心配そうに見つめる将亦に俺は髪の毛を手でクシャクシャにしながら、演説をする場所がなくなったことを伝える。


もちろん、校内で人前に立つことは可能だったが、今はその戦略が効果的であるとは言い切れない状態であった。


人間の特徴として、自分の思考を相手に悟らせたくないという特徴がある。


選挙活動とは己の思想を披露することだ。


そこに近寄るということは自分の考えを晒しているも同然であり、興味があったとしても、他人からの目を気にして距離を置く人がとても多いのが実情である。

 

そこで人が溢れている場所や公共施設は、目立たずに演説を聞くことができる最高の場所であった。


しかし学校と言う場所は閉ざされた空間であり、なおかつ周囲には知り合いしかいないため、集中して自分たちの声に耳を傾けるのは困難である。

 

俺だけではなくこの場にいる全員が一様に黙り込んでしまい、この場に重苦しい空気が漂い始めた。


それを察した将亦は苦し紛れに「とりあえず、学校で演説をするしかない」と口にする。


不完全な計画と理解していながらも同意するしかない現状に、きゅっと胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


そんなとき、こんな状況であっても呑気にイヤホンを付けている新川が目に映った。


視線に敏感な彼はこちらに気が付き、「俺には知識がない。だから力になれないから、代わりに政治ニュースを聞いて学んでいた」と素直さを見せる。


こうやってコミュニケーションを取れるようになったのは以前と比べてかなり進歩していると言えた。


今では不愛想ではなく、不器用と言う言葉が似あうようになった新川に一種の可愛さを見出せるようになると、彼の耳に付けられていたイヤホンに目が留まった。  


生徒が付けているイヤホンをジャックして、強制的に演説を流せればいいのに。


そんな馬鹿な相談を電子に持ち掛けようとしたその時、一つのアイディアが俺の頭に灯を宿す。

 

もしかすると、俺は選挙と言う言葉に引っ張られ過ぎていたのかもしれない。


俺たちは将亦を生徒会長にするという大きな野望がある。


しかし、それはあくまでもこの学校内で完結する出来事なのだ。


すなわち、うちの関係者以外にとって、この選挙は無料雑誌と同じくらいの関心しかない。


だとすれば、校内だけの人間にスポットを当て、なおかつ自然に俺たちの考えを聞かせられる場所が身近に存在していた。


「将亦。今すぐ報道部に連絡だ。空いている放送枠を片っ端から革新党で埋めるようにしてくれ」

 

俺の指示に一瞬の戸惑いを見せるも、すぐに何かを察した将亦はこの教室を飛び出した。


するとリサさんは不思議そうな顔をして、「いったい何を思いついたの?」と質問をしてくる。


それに対して「昼放送のゲストパーソナリティとして出演して自分たちの考えを発信するんですよ。毎日放送があって、なおかつ誰もが強制的に放送を聞くことになる。これは学校と言う閉ざされた環境だからこそ成せる荒業です」と口にした。

 

それと、もう一つの理由があった。


それは保険であるのと共に俺の用心深さの証明であった。


もちろん、自分は最低なことをしている自覚はある。


だが、もし俺の想像する最悪が実現してしまえば、この戦いに勝利と言う光明を見出すことができなくなる。


とりあえず、今は気持ちを切り替えて選挙演説の内容を考えよう。

 

手元に転がっているタブレットを手にして、選挙公約を短くかつ分かりやすく伝えられるように意識する。


これは営業での経験が十分生きており、その内容にはかなり自信があった。


そしてそれは結果としてすぐに表れることになる。

 

俺が将亦のスピーチライターを務めた演説は生徒からだけではなく、教師陣の間でも話題に上がるくらいで、革新党への支持を確実に増やすことができていた。


何より、内部組からも俺たちの活動を手伝いたいという生徒他たちが現れ始めて、将亦の理想論は全員の希望に変わろうとしている事に胸の高まりを覚える。

 

それにしても、ここ最近は緊張と過労の繰り返しで目や肩だけでなく腰にもガタが来ていた。


俺は全身のあらゆるツボを押し始めると、それを見かねた誰かがマッサージの手伝いをしてくれる。


ほっそりとした繊細な指とシルクのような肌。


おまけに美容室で嗅ぐような良い匂いが周囲をゆっくりと包み込む。


こんな男の理想を具現化したような人間を俺は一人しか知らない。


「リサさん、悪いですよ。疲れているのはお互い様なんですから」

 

俺はそう言って彼女から離れようとすると、リサさんはグイっと肩を引っ張って「良いから。いつも頑張ってくれている君へのお礼」と言って、マッサージの続きを行ってくれる。


こんな美貌と慈愛に溢れた人と結婚できる人はこの世で一番の幸せ者になるだろうな。 


将来、彼女の隣に立つ男の姿を想像して謎のジェラシーに苛まれていると、「進捗はどう?」とすかさず仕事のチェックをしてくる。


甘い香りで誘惑して、相手が油断したすきに仕留めるとは流石リサさんだ。


俺は若干緊張しながら今の経過について説明すると、「想像以上に頑張っているんだね。本当にありがとう」とまるで母親の様に俺の頭を撫でてきた。


彼女と居ると、年齢差が一歳しか違わないという事実を疑いたくなる。


俺はそのまま頭を彼女の体に預けようとすると、電子がどこから持ってきたのか分からないハリセンで顔面を叩きつけてきた。


「てめぇ、うちのいないところでリサ姉に何しようとしてんだ!」

 

電子の突っ込みに俺も一瞬にしてまともな思考回路を取り戻すと、即座に頭を床に擦り付けて自分の愚行に対する許しを請う。


そんな謝罪に彼女は、「別に悪いことしてないよ。むしろ、頼ってくれて嬉しいな」とまるで天使のような発言をした。


「リサ姉は甘いんだよ! こんな獣と一緒に居たら何されるか分からねぇ!」

 

俺は電子による誹謗中傷の雨に晒されると、心がズタズタに引き裂かれてその場から動けなくなる。


しかし、こんな種類の痛みを以前なら決して味わうことができなかっただろう。


それを自覚しているからこそ、どんな困難でもこのメンバーで勝利という名の美酒を味わいたかった。

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