今、世界を救った異世界の最強勇者に求婚されている・・・のだが
勇者とともに魔王と戦ったジーンは、魔王討伐後に勇者さまに呼び出されます。そこであり得ないことを懇願されるのですが、そこには大きな誤解があって・・・。アルファポリス様など、他のサイトにも投稿させていただいております。
「だからどうか、私と結婚して欲しい!」
私の両手を包み込むように握り、勇者さまはそう言った。背丈が頭ひとつ分以上も高い彼を見上げれば、懇願するようなまなざしがこちらを見つめている。
「けけっ!?いっ!どっどーどどどどど!?」
動揺しすぎておかしな言葉を口走ってしまった。「結婚!?いったい、どーゆうことですか!?」と言いたかったのに。本当に、勇者さまが私に結婚を申し込むだなんて、ありえないし意味不明すぎる。
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オッカ・ネッサ・マジーデさまは、2年ほど前に異世界から召喚された勇者である。
彼はパーティーとともに魔王に戦いを挑み、みごと討伐することに成功したのだ。かくいう私も、魔導士として魔王討伐に参加したひとり。
こうして世界に平和が戻り、私たちが王都に戻ってから1ヶ月が過ぎようとしていた。ここまで、パレードだの式典だの、各方面への報告だのあいさつ回りだのと、パーティーメンバー全員が大忙しだった。
そんな怒涛の日々がようやく落ち着いたこの日の午後、私は勇者さまに「話がある」と呼び出されたのだ。
場所はかつてともに汗を流した演習場。ここで私たちメンバーはくり返し討伐前の訓練を行い、戦いの技術を高め、結束を強めた。
「ここに立つと、みなで訓練した日々が昨日のことのようだな」
私が来たのを気配で察したのだろう、勇者さまが背を向けたまま私に語りかける。
「はい、私もそう感じます」
私はその隣に寄り添うように立つ。勇者さまの召喚から魔王討伐を果たすまで2年ほどだったが、苦しい道のりも終わってみればあっと言う間だった。
「ジーン、あなたには本当に世話になった。あらためて礼を言わせてもらう」
「とんでもないことです。私などなんの力もなくて、ただ皆さまについて行っただけですのに」
「そんなことはない、あなたは自分のことを過小評価しすぎている」
勇者さまはそう言ってくれるけど、これは決して謙遜ではない。
私は親を知らずに育った孤児だが、子供のころに魔導士の素質があることがわかった。少しでも有利に生きるためにこの仕事についたにすぎないので、そんなに一生懸命やってきたわけではない。
魔導士としての才能も平々凡々で、可もなく不可もなくといったところだ。ついでに言えば体も小柄で華奢であり、戦闘能力は限りなくゼロに近い。
だから勇者さまが私をメンバーに選んだとき、周囲からは「なぜ?」という疑問の声しかあがらなかった。本人だってそう思っていたのだから当然だろう。
もちろん私は辞退したが、勇者さまが譲らなかったのだ。そして、「平民の孤児ごときが」「才能もないくせに」という非難の声からも守ってくれた。
「あなたはいつも率先して雑用を引き受け、パーティーのみんなが居心地よく過ごせるように気を配ってくれたじゃないか」
いたわるように、勇者さまが私の背中に手をあてる。
「私にはそれくらいしかできませんから」
実際、私の魔法では弱い結界を張るくらいのことしかできないため、戦いの場ではほとんど役に立たなかった。だからもっぱら後方支援にまわって、皆が少しでも快適に過ごせるように気を配っていたのだ。
「いつも笑顔で癒してくれたこと、野営のときは温かな食事を用意してくれたこと、みなが感謝しているよ」
「・・・ありがとうございます」
つまりはそんなことしかできなかっただけなのだが、褒められれば素直に嬉しい。
勇者さまがそんな些末なことに気づいていてくれたのだと知り、思わず瞳がうるんでしまう。もしかして今、赤い顔をしてないだろうか?私は恥ずかしさをごまかすため、ずっと抱いていた疑問を彼に投げかけた。
「勇者さま、どうして私のようなものをメンバーに入れたのですか?」
どう見ても戦闘に向かない私を選んだのには、きっと勇者さまなりの深い理由があったのだろう。魔王討伐が終わった今、私は平凡な魔導士にもどるのだけど、最後にそれを聞いておきたいと思った。
「あ、ああ・・・」
勇者さまはなぜか気まずげに視線をそらす。そして何やらぼそぼそと続ける。
「それは、その・・・ぼれ・・・してしまって」
「え?なんですって?」
彼の顔を下からのぞき込む。すると勇者さまは肩で大きく息をつき、思い切ったようにこう言った。
「一目ぼれしてしまったんだ!!」
・・・・・・はぇ?
「ええっと、誰に?」
「ジーン、あなたにだ!!」
え、えええええ!?
一目ぼれしたから私をパーティーに選んだってこと?考えてもみなかった答えに混乱し、口をハクハクすることしかできない。いや、ほかの誰が聞いてもきっと同じ反応になるだろう。そんなまさか、と。
「私情をはさんではいけないのは分かっていた。でも私もこちらの世界にいきなり呼ばれて寂しかったし、なんというか・・・心の癒しが欲しかったんだ」
「な、なるほど」
思えば、文化の違う異世界へいきなり召喚され、元の世界には戻れないと言われたのだから、寂しいとか辛いとか思うのは当然だろう。
勇者さまはガチムチの巨体で、まさに「男のなかの男」という感じだから、そんな風に思っていたとは誰も気づかなかった。勇猛な面だけを見て安心し、その心の傷に思い至らなかったのは我々の落ち度といえる。
「そしてパーティーメンバーに献身的につくすあなたに、ますます惚れてしまった。いつも謙虚でいる姿勢も、好ましく思っている」
私は勇者さまの言葉を戸惑いながら聞いた。ほかのメンバーは全員が貴族だったから、平民で孤児の私がひかえめでいるのも当然のことだと思っていた。でも、それが勇者さまには好もしく映っていたのか。
「お寂しかったんですね」
一目ぼれうんぬんはひとまず置いとくとして、申し訳なく思った私は勇者さまの手をとった。すると彼は両手でその手を包み込み、冒頭のようにプロポーズしたのである。
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私と勇者さまの結婚。いや、ありえない。それは初めから無理な話だ。しかし、彼が私に一目ぼれしたりプロポーズしたりする理由に、ひとつだけ心当たりがある。
「ええっと、勇者さま、もしかして私のこと・・・」
はじめの動揺がおさまったあと、私は恐る恐るたずねた。
「おんな・・・だと思ってます?」
私は間違いなく男だが、小柄で華奢なうえに整った女顔だ。よく人気の女優に似てるとからかわれたりもする。さらに「ジーン」という名は男女どちらにも使われるので、女性に間違えられやすいのだ。しかし、2年も一緒にいて気づかなかったってことがあるだろうか?
私は過ぎた日々を思い返してみる。そういえば、勇者さまと一緒に着替えたり水浴びしたりしたことはなかった気がする。遠征中、勇者さまと紅一点の聖女さまにはそれぞれ専用のテントがあり、我々とは別に寝起きしていたのだ。
さらに勇者さまは遠征先でも朝が早く、私がようやく起きるころには身支度を済ませて朝の鍛練を行っていた。だから着替えたりヒゲを剃ったりといった、身支度をする姿はお互いに一度も見ていないかもしれない。
これは、もしかしてもしかするぞ・・・。私がそう思った矢先、勇者さまは「何を言ってるんだ」というような顔で答えた。
「まさか!ちゃんと男だと分かっているぞ!」
「はえ?」
あっ、また変な返事をしてしまった。
だけどそれなら、勇者さまは男が好きってことだろうか?「うーん」と、私は口のなかで唸った。世の中に一定数そういう人はいるし否定はしないが、私が恋愛感情を抱くのは女性のみである。困った、勇者さまを傷つけないで断るにはどう言えばいいのだろう?
そこまで考えて、私は「いや、でも」と思い出す。
遠征中、勇者さまは聖女さまとかなりいい雰囲気だったはずだ。実際、聖女のテントで長い時間ふたりで過ごしていることがあったし、仲良く肩を並べてなにやら話してる姿もよく見た記憶がある。
「私は、勇者さまは聖女さまがお好きだと思っていたのですが」
「まさか冗談だろう!」
勇者さまは心底驚いたような顔をして言う。
「彼女とはお互いに、良い友達という以上の感情はない。当たり前じゃないか!」
そうなのか?たしかに男女とはいえ、相手が恋愛対象でなければ友情は成立するのかもしれない。聖女さまがどう思っているかはちょっと気になるけれど。
とにかく、勇者さまが私を女と誤解していないことはわかった。傷つけるかもしれないが、ここはきちんとお断りしなければならないだろう。
「申し訳ありません。私は勇者さまを尊敬していますが、そのお気持ちにお応えすることはできません」
そう告げて頭をさげる。勇者さまは眉尻をさげて悲しそうな顔をした。
「もう少し考えてもらえないだろうか。まずは友達から始めるのでもいいから」
「いえ、それもちょっと・・・」
私が女性しか愛せない以上、友情は育めても彼の求めるような愛情は無理だろう。期待させるようなことは言わないで、今きっぱり断るほうが相手のためだと思った。勇者さまにはたくさんお世話になったので辛いけれど。
「それに勇者さま、残念ですがそもそも私たちは結婚できないのですから・・・」
「???」
私の言葉に、勇者さまは首をかしげた。意味がわからないという顔をしている。
この国にも同性のカップルはいるが夫婦はいない。法律で同性同士の結婚は認められていないからだ。もしかして彼はそのことを知らないのだろうか?国によってはOKのところもあると聞くので、勇者さまの国もそうだったのかもしれない。
「わが国では同性同士の結婚は認められていないのですよ」
首をかしげたままの彼に、残念なお知らせを伝えた。これであきらめてもらえないだろうかと思うけど、「だったら恋人になってくれ」とか言われたらどうしよう。
「同性婚が認められてないのは私も知っている」
知っているのか。想像と違う答えに私は戸惑う。では何故にプロポーズをしたんだろう?事実婚でってこと?
「だが、それが私たちになんの関係がある?」
「???」
今度は私が首をかしげる番だ。なんの関係がって、それこそ意味が分からない。
「もしかして・・・」
勇者さまは眉間にシワを寄せた。
「あなたは私が男だと思っているのか?」
「え?」
ま、まさか・・・?
うそ・・・だよね・・・?
思考停止状態の私の手をギュッと握り、勇者さまは高らかに宣言する。
「私は女だ!!」
「ええええええええ!?じょ、女性!?」
思わず、筋肉モリモリでムキムキの体をジロジロと見てしまう。とても信じられないが、本人はひどく真剣な顔をしていた。からかわれているのではないようだ。
「そうか、あなたは気づいてなかったんだな」
勇者さまは額に手をあてて空をあおいだ。
聞けば、勇者は男だという先入観を抱く人が多いので、批判や混乱を避けるため、魔王討伐がすむまでは男ということで通すと王家と話がついたんだそうだ。
「まあ私もこんな感じだし、いちいち女性だと訂正するより、男性で通した方が楽だったんだ」
そう言って口の端をちょっとあげる。
「だけど聖女はすぐに気づいたぞ。ほかのメンバーも一緒にいるうちに気づいてたと思うんだが」
「そ、そうなんですね」
みんなは知ってたのか。私は自分の鈍さにあきれた。聖女さまは同性どうしだから勇者さまと仲良くしてたんだな。
「だから法律的にはなんの問題もない。王家もあなたが了承するならかまわないと言ってるし」
さすが勇者さま、もう王家には話を通してあるらしい。しかし、今まで「男のなかの男」と思っていた人を女性として見るのは難しい。彼、じゃない、彼女には悪いが、見た目も私の好みとは言いがたいし。
「ひょえええ!」
私がいろいろ思い悩んでいると、ふいに体が浮いた。勇者さまが私をお姫さま抱っこしたのだ。
「お、おろしてください」
「たのむ、どうか私の夫になってくれ。一生大事にすると誓う」
逃がさないと言うようにギュッと抱きしめられる。
・・・・・・!
私はその瞬間、心が安らぐのを感じた。勇者さまのたくましい筋肉は父を、そのぬくもりは母を思い起こさせたのだ。どちらも記憶にはないが、父と母に同時に抱きしめられているような心地がする。
幼かった私が切望し、しかし決して与えられなかった庇護とぬくもり。それを今感じているのだと気づき、目尻にじんわりと涙があふれはじめた。
「・・・勇者さま、では、お友達からお願いします」
涙顔を見られないように、うつむきかげんでそう伝える。
「ならこれからはオッカと名前で呼んでくれ」
嬉しそうに笑う勇者さま。そのムキムキの筋肉に身をあずけて、私は答えた。
「はい、オッカさま!」
この3年後、ゆっくりと愛を育んだふたりの結婚が発表された。世間ではまだ勇者を男だと思っているものが多かったので、この発表は少なからず人々を混乱させることとなる。しかしそんな世間などはおかまいなしに、ふたりはいつまでも仲睦まじく暮らした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。ちょっと笑えるハッピーエンドの短編をいくつか公開しています。