6 確認
「ひどーい!」
るりちゃんが怒った目付きをして見せた。タイチ君を叩く素振りで彼の腕に触れている。
怒っているフリなんだとは分かっているけど、そんな彼女の仕草も可愛さをまとっていて隙がない。しかもタイチ君に接近した流れがさりげなく自然だった。
「だめって言っても一緒に帰るよ! 玻璃ちゃんを独り占めするなんて狡い!」
頬を膨らませたるりちゃんが私を見た。こっちへ来る。私と向き合う格好で足を止めた彼女に見られている。両手を握られた。
「ねっ! 玻璃ちゃん……お願いっ! 私も交ぜて?」
うるうるキラキラした瞳に見入った。
かつての未来で、私のライバルだった人。夫の心は彼女へと向けられていた。
ひと時、瞼を閉じ鼓動を落ち着けた。次に目を開けた時には心穏やかに微笑む事ができた。
「こちらこそ。るりちゃんと仲よくなりたかったの」
震えてしまいそうだった声音も、何とか平静を装えたと思う。
るりちゃんの表情がぱあっと明るくなった気がする。彼女の左後方にいたタイチ君が不満そうな目でこっちを見てくる。
そう言えば彼はるりちゃんに「邪魔なんだけど」って言ってたよね……? もしかして私と二人だけで何か話したい事柄があったのかな? タイムリープの件かな? 特殊な話だから、ほかの人に聞かれないよう気を遣ってくれてる?
校門を出て細い道を行く。三人でお喋りしながら歩いた。
るりちゃんの明るい笑い声に、私も釣られて微笑んだ。
だけどまだ心の奥で……過去の私が泣いている。今も苦しくて惨めで……。私は彼女を助けられずにいた。
前方でるりちゃんとタイチ君が話しているのを見つめる。切ない気持ちになって胸を押さえた。
「動物に例えるなら、タイチ君は猫っぽいよね」
「何でだよ」
「何となく。ねっ! 玻璃ちゃんもそう思うよね!」
振り返った二人に意見を求められた。
改めてタイチ君に目を向ける。るりちゃんが言ったように猫のイメージがあるかも。
「確かに。野良猫というより飼い猫の……」
「ほらーっ! 玻璃ちゃん分かってる!」
るりちゃんが私に抱き付いてきた。す、凄い!
ためらいの感じられないスキンシップに感服した。
私の場合、同性の友達であってもこんなに近い距離感で接する事はまずない。行動する前にためらってしまうだろう。
「……よかった」
彼女に聞こえない程の声で独り言ちた。一緒に帰ってもらってよかった。私に足りないものが見えてくる。
「えーとねぇ……」
るりちゃんが目を細めて呟いた。見つめられて「何事かな?」と内心ドキドキしていた。
「玻璃ちゃんはウサちゃんぽい! 落ち着いてて優しいところとか! 絶対そう!」
るりちゃんの発言を受け、一瞬ぽかんとしてしまった。私をそんな可愛い動物に例えてくれるなんて。やっぱり悪い子じゃないよね。
前の私は彼女の事を酷く恨んだ時もあったけど。
「ねぇ、私は? 私はっ? 何に似てる?」
尋ねられて「そうだね……」と真剣に考えた。
「犬じゃね?」
タイチ君がぶっきらぼうな口調で言った。
なるほど。言われてみるとそんな雰囲気がある。人懐こいところとか明るく気さくな人柄が近所のお家で飼われているダックス君のイメージと重なる。ツインテールの形も、どことなくダックス君の耳と似ている。
「お前、嫌いな奴にギャンギャン吠えてるだろ。近所にいる犬にそっくり」
言い放たれた理由に驚いてタイチ君を見た。
「ひっど! ちょっと! 玻璃ちゃんにバラさなくてもいい事でしょ?」
るりちゃんがタイチ君の腕をペチペチと叩いている。そんな二人の様子を呆然と眺めていた。私の入れない世界が、この時には既にあったんだと打ちひしがれていた。下唇を噛む。
「玻璃?」
タイチ君に気付かれたかもしれない。呼ばれたけど目を合わせられなかった。言い訳する。
「ごめん。ちょっと考え事してて」
話題を戻そう。
「ダックス君は私には優しくて可愛いのに、何でタイチ君は吠えられるんだろうね?」
迷いを払い何事もなかったフリで笑った。
自分の選択した道程の景色とはいえ、心の底にいた「理想を夢見ていた私」は更なる深手を負った。
私たちの住む地区より手前で、るりちゃんと別れた。私とタイチ君は会話も少なく家路についた。
「なあ」
後ろを歩く彼から話し掛けられた。けれど、どうしても振り向く事ができなかった。何故なのか自分でもよく分からない。
「怒ってんの?」
実家の近所まで来ていた。石垣の側で立ち止まった。指摘されてやっと、不満を持っているのだと自覚した。
いくら彼に合わせると考えていたとしても。長年……理想を夢見ていた本来の自分を納得させるのは難しかった。
俯いて目を閉じた時、タイチ君の声が響いた。
「オレたち……今、付き合ってるよね?」
思いがけない件を確認された。体が軋む。恐る恐る振り向いた。
家々の建ち並ぶ細い坂道の途中で、暖かな黄金色の光を背景にタイチ君が真剣な目を向けてくる。
「は……い」
彼の眼差しの強さに圧倒されて返事を口にした。
昨日、告白してしまったけど……お兄ちゃんも話に入ってきたしタイチ君の答えをハッキリ聞いていなかった。
タイチ君は、私と付き合っている認識だったの?
思い至って顔が熱くなるのを感じた。
「どういう事か分かってる?」
問われて小首をかしげた。手招きされたので近くへ寄った。何だろう。付き合うと私の知らない何かがあるのかな? 耳打ちされる。
違った。耳にキスされた。びっくりして左耳を押さえた。タイチ君を見る。
彼の口元は笑っているのに瞳が昏い。確認してくる。
「つまり……玻璃の『手伝い』とかじゃなく正式に、こういう事をしてもいいって事だよな?」
追記2025.4.17
「に」を「のイメージと」に修正、「夕方の」を削除しました。
追記2025.5.14
「だけど過去の私が心の奥で、まだ泣いている」を「だけどまだ心の奥で……過去の私が泣いている」に修正しました。
「横」を「側」に修正しました。