4 屋上にて
翌日はすっかり晴れていた。タイチ君とはクラスが同じで、登校した直後に尋ねられた。昨日していた話の詳細を。
「私たちは夫婦だったの」
意を決して伝える。タイチ君は目を見開いて、暫く無言だった。
「……そっか」
小さく聞こえた。口を右手で覆った彼は私から視線を逸らした。
「澄蓮月さん!」
休み時間中、同じクラスの女子に呼び止められた。別のクラスの男子から私を屋上に呼び出してほしいと頼まれたそうだ。前の人生ではなかった出来事だと思う。
伝えてくれた子に相手の名前を教えてもらった。口の中で反芻する。
「『タクマ』……?」
どこかで耳にした覚えがある。誰だっけ?
首を傾げつつ屋上へ足を運んだ。
屋上の中央に人がいる。私を待ち構える如く腕組みし、こちらへ鋭い視線を注いでくる。
短い赤茶色の髪。中学生にしては背が高くがっちりした体躯で、大人だと偽られても信じてしまいそうな容姿の人だ。彼の片耳にピアスの輪が光っていた。
何の話をするんだろう?
これまで一度も喋った事のない人物だったので緊張でドキドキしていた。
彼が口を開いた。
「オレは未来から来た」
…………えっ?
余りに驚き過ぎてしまって、瞼を大きく開けたまま「タクマ」君へ視線を返した。
聞き間違い? ……じゃないよね。
「未来から来た」って……まさか。私の境遇と一緒でタイムリープしたって事?
尋ねようとした。
しかし。次に放たれた一言によって気圧される事態となる。
「オレと付き合え」
絶句した。
えっ? 何が起きてるの?
酷く困惑して震えがくる。
「オレの言う通りにしないと悪い噂をばら撒く事になる」
彼が口にしたのは要求というか……脅し? 鋭利な眼差しに身が竦んだ。
『タクマ』……まさかあの『タクマ』さん?
思い至ってハッとした。
前時間軸でタイチ君が何度か彼の話をしているのを聞いた覚えがある。未来のタクマ君は金髪で、彼に影響されたタイチ君も髪を似た色に染めていた。
はっきり言って怖い。もしかしたら同じタイムリープ仲間なのかもしれないけど。この人は何の目的で私と付き合おうとしているの?
自分の恋愛レベルが低いせいなのか。相手の思考が計り知れなくて、まともに応対すらできない。震えが酷くなる。
そんな時、ふっと閃きが湧いた。
この人を逆ハーレムに引き込めばいいのでは? 味方になってもらい詳しく話を聞き出す。何で彼は私に付き合えと言ってきたのか。タイムリープの事も。
そうしようと思っていても抵抗がある。未来で夫になる人……タイチ君にはすんなり告白までしてしまったのに。今、目の前にいるこの人には言えそうもない。これも純愛信者だった弊害なの……?
「えっと、あの……」
漸く口をもごもごと動かし、逆ハーレムへ勧誘する文言を紡ごうとした。
咳払いが聞こえた。
驚いて後方を見た。屋上の端にある出入口近くにタイチ君がいる。
ほっとした。彼の傍へ駆け寄る。
「そうかよ。それがアンタの答えかよ」
後ろから掛けられた不機嫌な声に「あっ」と思った。しまった。ずっと緊張していたからタイチ君が来てくれた安堵で気が緩んだ。タクマ君にちゃんと返事をしていなかった。
タクマ君へ視線を戻す。彼は苦い物を食べた時のように顔をしかめていた。
だけど、どうしても逆ハーレムに誘う言葉が出てくれない。喉元に滞っている。
タクマ君は私たちを睨んだ後、屋上から去った。
追記2025.5.14
「出て行った」を「去った」に修正しました。