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【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで  作者: 猫都299
【夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで・下】

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22 純愛の最期


 あと少しで、ジン君を消し去るところだった。怒りを抑える。

 相手を滅ぼす、禁忌の魔法を発動させなかった。


 死神の衣装をまとった女神様は踵を返して、見えなくなる。周囲の暗さも晴れ、ジン君に絡められていた鎖も薄れていく。雨も止んだ。


 「ジェイル」の呪文は解呪するまで効力が続くと、以前ゲームの説明で読んだ覚えがある。この世界でも適用されるなら……彼は、これからも魔法を使えない。


「くっ……! あの力が使えなくても……」


 魔法を封じられて苛立っているのだろう。ジン君が吐き捨てるように言った。血走った目で、こっちを見てくる。


 私の命に代えても……これ以上、兄を傷付けさせない!


 ジン君を睨んだ時、誰かが私の背を叩いた。驚いて見上げる。負傷した筈のタクマ君が、横に立っている。尋ねた。


「怪我はっ?」


「掠っただけ。油断させて後ろから、どうにかしようと思ってたら……アンタが呪文を唱え出したから様子を見てた」


 彼はジン君から視線を逸らさないまま、快活に答える。



 タクマ君がジン君の方へ歩んで行く。


「おう、ジン。よくもやってくれたな?」


 手の指を、ポキポキ鳴らしながら。


 間近で凄まれたジン君の顔色が悪い。笑顔なのに……悲愴な色を帯びている。

 彼は助けを乞う如く、こちらを見たけど。私は思い切り無視する。


 ジン君の事は、タクマ君に任せよう。


 それより先に、お兄ちゃんを――!


「今、救急車を呼ぶから……」


 スマホを取り出そうと動かした手を、兄に掴まれる。


 雨の上がった世界に、光が差す。私の一番、好きな輝きが兄の顔に映る。


「大丈夫だから。オレが死んでも……貯金は、そこそこしてあるから」


「…………あんなに節約が好きだったのは、私の為だったの?」


「ふはは……」


 無理して笑っているだろう兄の表情が、歪んで滲む。目元が沁みる。


 兄はピンチの時、助けてくれる。怪我をしていても、私を一番に案じてくれる。彼は私を進学させる為に、高卒できつい仕事を選んだ。お金も親も友達も全部なくても、私だけいればいいと言う。本当に変な人だ。


 涙が伝う。


 いつかどこかで聴いた兄の独り言が、ここに至って胸に落ちる。


「始めから、こうなるように仕組んだんでしょ? お兄ちゃんが意味もなく遠出するなんて、あり得ないもの! シナリオに沿って、ジン君を誘き寄せたの? 「魔術師」だって言ってたよね? あれも……この世界では魔法が使える事を、私に気付かせようとしたんじゃないの?」


 兄は微笑むだけで、答えてくれない。


「オレ……バカだから……何の事でお前が泣いてんのか見当付かなくて……ごめん……」


「嘘つき」


「お前を悲しませるのは、分かってたけど……大丈夫だ。何とかなる」


 押さえているパーカーの染みが拡がる。


「お前は……生きてくれよ。タイチは案外、一途な奴だ。認める。お前が幸せならいい」


「お兄ちゃんがいないと、幸せになれないよ!」


 感情のままに訴える。兄がハッとしたように瞼を開く。


「もしかして。オレって結構、愛されてた? 家族愛の方? それとも……」


 窺う雰囲気で見上げてくる。


「私、振られたよね?」


「お前……あの時、六歳だったじゃん。躱して待ってただけだよ」


「……っ」


 嘘……。嘘だよね? お兄ちゃんと両想いだったって……今頃に知ったって。何もかも遅いよ……。


 「兄が、救急車を呼ぼうとした私を止めたのは――残りの時間を、私と過ごしたかったからでは」という思考が、未来で待つだろう絶望の予感に思える。


 唾を呑み込む。


 彼の領域へ踏み込もうと、覚悟を決める。


「純愛が好きなんでしょ?」


 確認する。兄の手を自分の頬に当てる。


「私……お兄ちゃんの理想とは程遠いよ?」


「いいよ」


 兄が笑う。


「最初から、お前しか見てなかったから。やっと……オレを見てくれた」


 バカなのは私だった。前の人生でも、今の人生でも。私が生きている内にしなきゃいけなかったのは、両想いになれなかった復讐じゃなくて……想いを寄せてくれる人を大切にする事だったんだ。


 頬に当てていた兄の手が動いて、頭を引き寄せられる。


 キスした。眼差しを向けられる。



 僅かに生きていた、純愛を信じていた私は…………今、死んだ。



 涙が溢れてくる。「私」の半分を奪われたように、心は混乱している。

 私はタイチ君が好き。……でも。お兄ちゃんの手も、放せない。


 泣きながら、兄の頬に触る。

 彼の想いを受け入れる。


「ずっと、お前の名前を呼べなくて寂しかった。――紫織」


 目を見開く。悔しくて顔を歪める。

 やっぱり。さっき呼ばれたと思ったのは、幻覚じゃなかったんだ。


「嘘つき。七並べしてた時も、記憶力悪いって言ってたのに。悪くないじゃん。私の名前……覚えててくれた……!」


 胸に縋って涙を零す。遠い日に口にした名前を呼ぶ。


「花織お兄ちゃん……!」


 瞬間、前の人生での記憶を思い出した。

 クリスマスイブの公園で……通りの向こう側の歩道にタイチ君と、るりちゃんらしき女性を見掛けた場面だ。


 二人を見失ってしまう――!

 走り出した際に転んで、頭をぶつけた。


 意識が朦朧としている。薄く目を開く。

 兄がどこかを見ている。


 私が倒れた後、来てくれたのだろうか。

 上半身を抱き起こされている。兄の腕の温かさに、ほっと安堵する。


 呟きが聴こえる。


「妹は渡さない……!」


 彼は誰かと喋っている。誰だろう。懐かしい気もする。


「オレは、この為に今まで……生きてたんだな」


 再び薄れていく意識の中、兄の声を聴いていた。


「人生をリセットする。妹を手に入れる為に」


 最後に見た兄は、涙を流しながらも微笑んでいた。初めて目にする表情に、凄く心配になる。


 兄が……壊れてしまうんじゃないかと思った。


追記2025.12.10

「、」を追加しました。

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