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夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで  作者: 猫都299
【夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで・下】

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20 拳VS魔法


「いいよ」


 ジン君の声が明るい。彼はニマッと笑んで後方へ飛び退った。


「逃げるのか?」


 タクマ君が聞く。彼は左腕を動かして傷の具合を確かめる素振りをしつつ、一歩……ジン君の方へ足を踏み出した。


「まさか。逆だよ」


 ジン君がニッと笑って答えた。


「彼方なる常しえより」


 ジン君の口にした文言に、背筋がゾクッとする。


 呪文の一節だ!


 これまで彼が魔法を使う際……恐らく周囲に気取られにくくする為に、口の中でボソボソと小さく唱えていたのだろう。


 しかし今回は、はっきりと口に出している。まるで……余裕なのを知らしめるように。


 咄嗟に叫んだ。


「気を付けて! 魔法が……!」


「りょーかいっ!」


 タクマ君は振り向かずに、返事をしながら駆け出した。ジン君はタクマ君から距離を取りつつ、続きの文言を紡ぐ。


「黎明を息吹く導とならん」


 ジン君が呪文を完成させ、発動の合図である言葉を繰り出す……直前だった。タクマ君がジン君へ、右の拳を打ち込んだ。息を呑んで二人を見守る。


「くっ……!」


 声を上げたのはタクマ君の方だった。よく見ると、タクマ君の右手がジン君の頬の手前で止まっている。


 考え至る。ジン君は「ブレイク」の効果を、タクマ君の拳を受け止める防御に使ったのだ。


「はははっ」


 ジン君が、感情の読めない声で笑う。


「いつも詠唱を呟いて、合図を声に出してたんだけど。今回は詠唱を大きく、合図を小さく唱えてみた。このやり方でも通用するんだな」


 愕然とした。タクマ君の右の拳や腕に薄く切り付けられたみたいに傷が入り、血が出ている。


 それでも彼は、拳を下ろそうとはしなかった。逆に力を込めているように見える。


「タクマ君!」


 居ても立ってもいられずに呼んだ。


「もうやめて! このままじゃタクマ君が……!」


 やはり魔法には太刀打ちできないのだろうと、悔しくなって下唇を噛む。

 ジン君が私の方を見て微笑んだ。


「そうだね。さっさと諦めないと、体ごとバラバラになるかもよ?」


 ジン君の物言いに血の気が引く。震えた。


 更に力を込めているのかもしれない。タクマ君の右腕が僅かに揺れている。


「残念だったね……」


 ジン君が小さく言った。次の呪文を唱えようとしている如く……再び、彼の口が開かれる。その時。



「うおおおおお!」



 タクマ君が吼えた。お腹の底に響くような凄みのある呻りが場を支配する。


「くっ……!」


 ジン君の漏らした息遣いに、彼も焦っている気配を感じる。

 タクマ君の拳がジン君へ届こうとしている。


「彼方なる常しえ……」


 ジン君が早口に唱え始めた。


 ズチッ!


 鈍い音を聞いた。タクマ君の頭突きが、ジン君の額に入った音だった。

 ジン君は白目をむいて倒れた。



「ふーっ」


 タクマ君が息を吐いた。


「手足は警戒されていたが、頭はノーマークだったみたいだな」


 彼は少し振り向き、私へ笑って見せた。

 私も安堵して息を吐く。


 タクマ君がジン君の側へ近付いた。


「気絶してる。……こいつ、どーする? 目を覚ました時、また魔法を使われても厄介だから…………口を何かで縛っとくか?」


 提案されハッとする。そうだ。ジン君の意識が戻れば、再び命を狙われたり危ない状況に陥るかもしれない。


 少し考えて思い付いた。できるのかは、やってみないと分からないけど。


「あの……私、ちょっと試してみたい事があって……」


 言い掛けていた。途中に、耳にする。


 ――微かな詠の一片を。


「ブレイク」


「よけて!」


 タクマ君へ叫ぶ。ジン君が魔法を発動するタイミングと重なった。間に合わない!


「くっ……!」


 タクマ君が脇腹を押さえ、膝をついた。


 私とタクマ君がジン君への対応を相談している間に、ジン君の意識が戻っていた?

 さっき……魔法が発動する一瞬、タクマ君も気付いていたように見えた。だから直撃を避けられたんだと思う。


「見直したよ」


 身を起こしたジン君が、ニコリとした顔で言った。彼はふらりと立ち上がり……しゃがんでいるタクマ君の側へ歩むと、ゾッとするくらい冷たい目で見下ろしている。


「君は後で嬲ってやる。先に……」


 普段のジン君の様子からは到底……想像できない台詞を聞く。信じたくない。


 彼と目が合った。

 一歩ずつ、こちらへ近付いて来る。


 ――ゲームで玻璃ちゃんが言ってた。「魔法」についての一口メモ。

 「呪文」の大凡は、魔法を使う上での安全装置の役割を果たしている。例えば「ブレイク」という言葉だけで発動するなら、日常生活で意図せず放ってしまう恐れがあるから。だから、魔法を使うには呪文がいる。これから魔法を使うと宣言するのだ。「世界」に。この世界へ干渉しうる「神」や「精霊」に。


 できるかできないかの問題じゃない。やり遂げるしか道はない。



「星の満ち欠けに呼応して」


 中二病だとか恥ずかしいなどと……考える余地もなかった。

 間違いのないように、慎重に詠う。


「万物を導く力を授けたまえ」


 私を見るジン君の目が大きく開かれた。相手も呪文を唱え始める。

 だが、私の方が僅かに早い。


「我に忠誠を誓え」


 あと少し。ジン君が合図を放つよりも先に、完成させる……!


 結びの詠を成す。


追記2025.10.9

「ジン君は「ブレイク」の効果を、タクマ君の拳を受け止める防御に使ったのだと気付いた」を「考え至る。ジン君は「ブレイク」の効果を、タクマ君の拳を受け止める防御に使ったのだ」に修正しました。

改行を追加しました。

「二マッ」を「ニマッ」、「わからない」を「分からない」に修正しました。

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