3 幼馴染と兄
ドキドキと鳴る胸を手で押さえた。私の肩を掴み見下ろしているタイチ君の瞳を覗いた。
何でタイチ君は私を仰向けに……?
「はっ!」と思い至った。もしかして。もう手伝ってくれてる? 私が喪女を脱却する為に、これから何か男女の接触を行うのかもしれない。……多分!
私は大いに焦っていた。
手伝ってもらえるよう了承を得たけど、それは逆ハーレムメンバーに加わってくれるって事なのかな? 言質を取っておかないと! 何て確認すればいいかな? 逆ハーレムメンバーに、逆ハーレムメンバーに……。
尋ねる文言を考えていた。なのに何故なのか。別ものの意思を吐き出していた。
「付き合ってください」
はぁあうぁあっ!
純愛信者だった頃の意識を捨て切れず、口が勝手に告白してしまった!
こんな……恐らくR18だろう行為をするのなら絶対に結婚後じゃないとダメという呪いのような固定観念が私を暴走させている。
「違うっ! 違くてっ!」
否定しながら僅かに下唇を噛む。内心とても慌てていた。きっと振られる。私のこういうところ、彼の好みじゃないの知ってるもの。……分かってる。
打ち明けた。
「あなたの築くハーレムの一員になりたいんです。私も入れてくれませんか?」
言い切って視線を外した。凄く顔が熱い。
「オレのハーレム?」
タイチ君が困惑している雰囲気の声で聞き返してくる。そりゃあ困惑するよね。自分でも「何言ってるんだろう私」って思ってるよ。
「えっと……それってもしかして……違ってたら本当にゴメン……えっと……オレの事が好きって事?」
彼の疑問へ頷いて答えを示した。未来で私の「夫」になる「タイチ君」は口をあんぐりと開けている。
メンバーが揃ってタイチ君と同じ土俵に立ってから言おうと考えていたけど。想いが零れる。
「ずっと……ずっとあなたの事が好きでした」
真剣に相手へと視線を定めた。
「私もあなたのハーレムに入れてください」
タイチ君からの返事がない。大きく開いた目で見られているのに耐えられなくて口走る。
「本当は逆ハーレムのメンバーが揃ってから言うつもりだったけど」
「提案なんだけど」
私の発言の後、間髪入れずに彼は言った。
「たくさん交友関係を広げるだけじゃなくて、一人ともっと深めるっていうのはどうかな?」
「え……?」
タイチ君の言動の意図を察せず戸惑った。彼は微笑み、私から手を離した。
「詳しい話は明日聞かせて。そろそろ帰るよ」
「えっ」
驚いて声が出た。
まさか私、何かタイチ君の気に障る事をしていた? 嫌われたのではないかと不安になる。
落胆に気付かれたようだ。彼は私に苦笑して見せた。
「お兄さんが怖いし」
タイチ君に言われ、やっと思い至った。
雨音に交じって雷が轟く。廊下へのドアが少しだけ開いている。その隙間の暗がりから淀んだ目がこっちを見ている。
「ひゃっ!」
お化けを見付けてしまった人のように声を上げたせいだろうか。ドアを開け部屋に入って来た兄の顔は不機嫌そうに歪んでいた。けれどそれも僅かな間だけで、すぐに普段の表情に戻っていた。
兄は私に指示を出してきた。
「玻璃、悪い。下の階から持って来てもらいたい物があるんだ。オレのマグカップにドリップでコーヒーを淹れてきてほしい。タイチ君の分もよろしく。ちょっとこの機会に男同士で話をしたくて。玻璃がいつも世話になってるし気になってた。前々からタイチ君と、一度じっくり話をしてみたかったんだ」
「奇遇ですね」
タイチ君が静かに笑みを浮かべた。
「オレもです。じっくり、お兄さんと喋ってみたかったんです」
私だけ会話から追い出された心持ちになる。渋々階段を下り、コーヒーを準備していた。
この時、二階にいる二人が私にとって重大な約束を交わしていたなんて知りもしなかった。